可哀想な田中健介

現場

 マッスルを見捨てて、じゃなかった。見送って、やる事をやらねばならない。だが今日と明日の訓練はお休みなのだ。


「やあご両人」


「おはよう」


「悲鳴が聞こえたが何かあったか?」


「北大路君がちょっとね!」


「ぷふ」


 しかしチーム花弁の壁は全員集結している。いや、今日明日が休みなのは我々だけではなく、夏休み中に学園に来ているすべての学生がそうだ。だがそんな彼らも同じく学園に来ている。では明日明後日何があるかというと……。


「明日の満月だが、前回の実戦はベルゼブブなんて大物が出たからな、今回はそんな事が無いといいんだが」


「確かに言えてるね。あれは一回だけでいいよ」


 そう、明日の夜は満月。つまり、妖異達が非常に活発になる日であるため、もし大量に出現した場合、チーム花弁の壁にも召集が掛かる可能性があるのだ。それは他のチームも例外ではなく、全てのチームが明日の為に訓練を休んでいた。


 そして藤宮君と佐伯お姉様の言う通り、チーム花弁の壁が初実戦のデビューをした時は、よりにもよって逆カバラの悪徳であるベルゼブブなんて大物と遭遇してしまい、とんでもない目に会ってしまった。


「外部からある程度の戦力は来ているのよね?」


「その筈です橘お姉様」


 実戦に招集される可能性がある以上、準備をするのは当然なため学園にやって来ているのだが、普段と違うところは、上級生の推薦組もかなり多くの数が帰省しており、戦力が足りない可能性が大きくなっている事だ。そのためそれを補填する様に、ある程度の数の異能者が国から要請されて派遣されることとなっている。


「現役の単独者が来てくれると楽しいのだけれどどう思う飛鳥?」


「いやあ、あんまり動かせないんじゃないかい? そもそもウチの学園に結構いるし」


「まあそうでしょうね」


 だが流石に単独者レベルは派遣されないだろう。なにせ学園にも数人いるため、あまり集中しすぎると、他の地域で何か起こったときに対処できなくなる。まあでも、お姉様は面白いのが来ないかと期待しているみたいだ。


「おや話をすればだ。あれがその外部の人かな?」


「そうっぽいですね」


 明日の事について話しながら移動していると、辺りをきょろきょろと見ながら移動している人に出くわした。どう見ても俺が伊能市に初めて出て来たばかりの様子にそっくりだ。つまり、土地勘が全くなくて困っている。


「すまんそこの学生達」


「はいなんでしょう!」


 やっぱり声を掛けられたが、見ると50歳は過ぎているだろうか? その顔は傷だらけで、体型もヒグマと言っていい様な筋骨隆々だ。プロさんはホッキョクグマだったが、ゴリラ園に今度はヒグマがやって来るとは、いよいよここの名前も異能動物園に変更かな?


「第一会議室はこの道で合っているか?」


「はいそうです! ここの突き当りがそうなります!」


「そうか礼を言う」


「いいえ! お仕事ご苦労様です!」


「ああ、そちらもな。しかし、いくらなんでも広すぎるぞ……」


 やはり道に迷っていたようだ。ヒグマさんはこの学園のバカでかさにぶつくさ言いながら去っていった。しかし、なんと言うか古強者だったな。力の強さは単独者ほどではないが、力の安定感が学生では出せないどっしりとした、大地にしっかりと根を張っている巨木の様な感じだった。


「言っちゃあ悪いけど、礼儀正しかったね」


「確かに。俺達なんかひよっこもひよっこだろうに」


 しかし佐伯お姉様と藤宮君の言う通り、ちゃんとした大人だったな。人相が悪いは体はデカいはで、外見からは想像しにくいタイプだったな。


「変なのが来たら学園長が修正するでしょ。もう前にしてるかもしれないけど」


「確かそうですねお姉様」


 確かにここはゴリラ園なのだ。余所の動物が妙な事をしたら、ボスゴリラがきちんと礼儀というものを叩きこんでくれるだろう。というか、現状日本の現場組は、余程の奴でない限りまともなのが多い。そもそも命がけの現場だから、その余程は死んでるか、命を預けられる相手ではないと爪弾きにされているか。


 末期戦じゃないんだから、死んだ経験豊富な指揮官に代わって、急に無能が沸いて出るなんてのは今のところないし、何かの間違いで無能が指揮を執る立場になっても、現場がすぐにそいつを丸めるので今の日本の現場はかなり、というか非常にまともだろう。いや、ほぼ反乱だけど。


 実際、たまに名家の訳の分からん奴が、政治力学でその立場に収まりそうになっても、軍隊みたいな徹底的な階級社会ではないし、神仏みたいなやつらの力と付き合ってる霊力者は我が強い為、命が掛かってるのに馬鹿と付き合えるかと、言うこと聞かないそいつをボコって送り返したことが昔に何度かあったらしい。そんなことしても指揮系統がある程度確立されて動けるのは、流石は村社会の日本と言うべきなのか判断に困るが。


「ま、人がいるようで何よりだわ」


「言えてるね」


「ええ」


「確かに」


「そうですねお姉様!」


 まあともかく、無能がポコポコ湧く環境じゃないのは大助かりだ。これが海外の一部だったら、マジで生まれと金が全てだったりするからな。そんな奴の下に付くなんてノーサンキューだ。ま、とにかくそんな環境なんだから、今回も勝ったなガハハ!



 ◆


 ◆


「え、えーっと、その、学園長は外部からの人員と調整しているので、一年A組の臨時教員として自分、田中健介がチーム花弁の壁と、チームゾンビーズの調整を担当します。よ、よろしくお願いします」


 終わったな……


 いや、学園長が寄越したんだから問題ないんだろうけど、この人頼りないんだよな……

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