かつての戦い 四葉小夜子vs北大路友治

「昨日はついつい、別のお楽しみに目が向いちゃったわね」


「いやあ不覚でした」


 学園に向かうお姉様と俺だが、昨日は最初の目的をすっかり忘れて空港から帰ってしまった。そう、神の遺物か何かと思しき羽を調べに行ったはずだったのに、現れたアポロンとヘーリオスに目が向いて、そのことをすっかり忘れていたのだ。


「調べにまた行きます?」


「どうしようかしらね。あら?」


 もう一度、今晩空港に行き直すか提案した時のことだった。学園の敷地内をフラフラ歩いている男が視界に入ったのだが……あれひょっとして……


 いや間違いない!


「き、北大路くーん!?」


 そう、フラフラしている男は我がクラスの誇るマッスルこと、北大路友治だったのだ!でも昨日もこんな事があったぞ、一体何があったんだマッスル!?


 あ、よく見たら中性先輩もいた!


「せ、先輩!? 一体何があったんですか!?」


 これは何か知ってそうな中性先輩に聞かねば。


「一晩中一緒にいた」


「ぶうううう!?」


「ぷふうううう」


 その答えに思わずお姉様と一緒に噴き出してしまった。


 どういうことですか中性先輩!? おいマッスル、先輩と一晩中一緒にいたからそんなにやつれてるのか!? ま、ま、まさか!?


「よ、夜中に翼先輩と一緒に、妖異か何かの契約者と戦ってな。それで学園長を含めた調査班と一緒に調べてたんだ……」


 へろへろなマッスルがきちんと説明してくれた。なるほどねえ。多分、燃費最悪なボディビルダー状態で戦ったから、こんなにやつれてるのか。しかし、強さ的にも厄的にもヤバい中性先輩がいて、その上マッスルがボディービルダー状態になっただって? 一体どんな奴と戦ったんだ?


「どんな奴だったの?」


「お、女だったがそれ以上分からない」


「同じく」


 情報少なっ!? 女って事しか分からないじゃん!


「な、名乗ったりは?」


「た、戦いにそんな事をする暇はないからな」


 な、なんて事だ。頭筋肉に、ゴリラ的正論を言われてしまった。マッスルとゴリラが結びつくとこうなるのか!?


 っていうか多分だけど、ちょっと語弊というか誤りがあるな。正確にはマッスルがそんな暇を与えなかった、だろう。もし相手が自己紹介しようとしても、マッスルの速さはそんな事を許さないからな。


 なにせベストコンディションを整えたマッスルが、お姉様を態々指名して挑んだことがあるが、あれはもの凄かった。


 そう、あれはチーム花弁の壁とゾンビーズが結成した後くらいだったか…………



 ◆


 ◆


 ◇


 ◇


「本日は対人訓練を行う。二人一組になりなさい」


 学園長、その言葉が死の呪文って分かってます? 下手すりゃ本当に死人が出るくらいとんでもない威力を持ってるんですよ? まあ、俺にはお姉様がいるから全く効かないんだけど。


「学園長、小夜子と戦わさせてください」


「あら、ご指名されちゃったわ」


 はい? 今言ったの誰だ?


「いいだろう北大路。小夜子もそれでいいか?」


「ありがとうございます」


「ええ勿論ですわ」


 なんとお姉様と戦うと宣言したのは、クラスの四羽烏の一人、マッスルこと北大路友治だ。いや、東郷さんもいれて五羽烏だったな。


「死んだなあいつ」

「なーむー」

「骨は拾ってあげるわね」

「えっ北大路君正気なの?」


 残りの馬鹿達がマッスルに対して合掌している。


「何言ってるんだあいつ?」

「本気か?」

「馬鹿なのか? 馬鹿だったな」


 いや、合掌しているのは馬鹿達だけではない。既にクラスメイト全員が、お姉様に一度はぶっ飛ばされているため、態々お姉様を指名して挑もうとするマッスルの正気を疑っている。


「ふん。出来損ないが血迷ったな」


 それは南條君達の様な、普段からマッスルを見下している者も同じだ。


「ねえ栞、彼、何か策があるのかな?」


「さあ?」


「どう思う貴明?」


「うーん……」


 そして困惑しているのは我がチームも同じで、マイフレンド藤宮君に尋ねられたが、まだマッスルの能力を把握しきれてないんだよなあ。


「筋肉のキレは普段より凄いんだけどね……」


「真面目な話、と言いたいのだが、俺もそれは気になってた」


 そうなのだ。マッスルの筋肉が、なんだか普段よりもずっと引き締まって、それでいてムキムキなのだ。まさに今からでも、ボディービルダーの大会に出場出来るほどの見事な仕上がりっぷり。


「前は学園長の後ろに隠れたのに、どういった風の吹き回し?」


 確かにマッスルが以前にお姉様と試合した時は、学園長の後ろに隠れたな。それもすごい速さで。


「現有戦力で最善を尽くしただけだ」


 ある意味ですっごい合理的なんだけど、言ってて恥ずかしくねえか? 最初目を疑ったぞ?


「じゃあ今度は勝てるのね?」


「いや、勝てるとは思わんが、今の状態だと訓練相手に困るんだ」


「あら、それは楽しみ」


 む? 訓練相手に困る? それでお姉様? まさかマッスルの奴、隠された真の力があるのか?


「試合開始」


 ぷっ。学園長、いきな?


 は? マッスル何処?


「あらあらあらあら。まあまあまあまあ」


 バシンバシンバシンバシン!


 断続的な破裂音と共に、お姉様がそれはそれは楽しそうにニタニタ笑っているが、マッスルの姿が何処にも無い。


 っていうか、まさかお姉様の防御結界が発動している?


「これは一体……」


 俺を含めてクラス全員が困惑している。なにせお姉様の周りでは紫電が走っているのに、その原因が何かさっぱり分からないのだ。


 邪神アイ発動! 人間では見えない動きを捉えるうううう!?


 10人のマッスルが訓練場を駆けながら、お姉様の防御結界を殴りつけている!? いや違う! 目が追えてないからそう見えるだけだ! もっと邪神アイの精度を上げないと!


 じー


 わ、分かった……


 ……人間とは、人とはこうなれるのか? こう至れるのか? 霊力を持たず、なんの神仏の力を借りずに?


「【第三の理 地】【地縛地消じばくじしょう】」


 お姉様の御業、第三の理から放たれる地縛地消は、広範囲に高重力の圧を叩きつけ、相手を地面に縛り付ける。が


 バシン!


「ふふふ。人を見る目はそれなりあったつもりだったけど、まだまだ甘かったわね」


 確かにマッスルは、地球の重力の何十倍にもなる圧力を受けた。


 だが、


 全く止まらない。いや、それはおかしい。それだけの圧を受けながら地面に縛り付けられていないどころか、全く速さが変わらないという事は、つまりそれは……速度が上がっているという事だ。俺の、邪神の目でも追うのがようやくだった速度が、まだトップギアではない?


「おおおおお!」


「ふふふふふふふふふふふ」


 ピシリ


 かろうじで聞き取れたマッスルの裂帛の声、それと共に放たれた右正拳は、お姉様のほぼ無尽蔵の霊力で編まれた防御結界にひびを入れた。


 こうできるのか?


 学園長は阿修羅を、カバラは天使を、逆カバラは悪魔達の力を借りている。


 それが単なる自分の、自前の強化で?


 あは


「ふふふふふふ。これはちょっと効くわよ?【天の理】」


「ちょ!? なんかヤバくない!?」


「そうかもしれないわね……」


「おい貴明!?」


 お姉様も楽しくなってきたのか、学園内で使える力のギリギリ、天の理を発動しようとしている。まだ発動していない。天という概念全てを支配するその力の余波に怯えるクラスメイト、勿論マッスルも


「天上天下唯我独戦」


 あははははははははははっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっははははははははははは!


 あああああああああああ! 凄いなあ! かっこいいなあ! 素敵だなあ! やっぱり人間って!


「ぐええええええええ!?」


 ………あれ?


 なんかおかしいな……マッスルが訓練場に叩き出されたぞ?


「はい?」


 ポカンとしているのは俺だけではなくお姉様もだ。という事はお姉様が何かをした感じではないらしい。


「大丈夫かい北大路君!?」


 とにかく原因がよく分からないから、近くに吹っ飛んできたマッスルを介抱する。


「ま、マッスルが萎れて力が出ない……」


 あ、アホかああああああ!? 時間制限付きなのはいいとしてなんだその代償!? っていうかなんだよマッスルが萎れて力が出ないって! あ、よく見たら確かに萎びてるぞ!?


「いったい何が!?」


「げ、減量期からカーボアップした後、短時間だけこうできるんだが、ね、燃費が……がくっ……」


「北大路くーん!?」


 馬鹿かてめえええええ! それじゃまるっきり、本番の大会が終わって力尽きたボディビルダーじゃねえか! 俺を笑い殺すつもりか!?


 俺の感動を返せえええええええええええええええええ!


 ◇


 ◇


 ◆


 ◆


 思い出さなくていいことまで思い出して、馬鹿は馬鹿だと再確認しただけだったわ。


「それで結局どんな相手か分からないんだね」


「あ、ああ……何か技の様な言葉を喋ってたが、なんの言語が全く分からなかった」


 思い出した時より、更にやつれている気がするマッスルだが、それ、力ある言葉じゃね? バベルの塔崩壊以前の様に、力ある者達は共通言語の様なものを話せるが、それは相手の精神に多少影響を与えて、無理矢理翻訳させているといった面も少なからずある。つまり、馬鹿達には基本何言ってるか分からないのだ。


「先輩の方は?」


「それどころじゃなかった」


 この中性先輩が、相手の言葉を聞く暇がない程それどころじゃなかったという事は、やっぱり相手はかなり大物なんじゃ……。


「調査の結果はどんな感じ?」


「つ、翼先輩が清めたから、痕跡になる様なものは残っていない」


「清めた?」


 はて、中性先輩は今堕天使の羽しか持っていない筈だから、清めるという言葉とは結び付きにくいんだが。


「これ」


「ぐええええええ!?」


「あら、これひょっとしてあの羽かしら?」


 中性先輩が何気なく背中から出した光り輝く羽に目を焼かれてしまう!


 実物を見て分かった! これイカロスの羽だ! そうか分かったぞ! アポロンの奴、これを追いかけてたんだ! にしても、神聖さたっぷりの発禁モノを白昼堂々出すなんて! げろげろげろ!


「じゃあ。私は彼をこうした責任を取らないといけないから」


「ちょっ!? 翼先輩それってどういうこと!? 貴明助けてくれ!」


「あっはい」


「貴明いいいい!?」


 中性先輩はその発禁モノをしまうと、マッスルを連れてどこかへ去っていった。マッスルについては、一体何の責任を取らされるか知らんけど無視だ。


「ぷぷぷぷぷ」


「いやあ変わり者どうし気が合うんですかね」


 ぷぷぷと笑っているお姉様超かわいいあいてあいて。でへへ。


「ぷぷふ。気が付いた? あの変わり種の体? ぷふ」


「いえ?」


 中性先輩の体? はて、一体何が?


「ぷふ。ま、まあいいわ。ぷふふ」


「気になるんですけどお姉様」


「ちょ、ちょっとまって。お、お腹痛いから。ぷぷぷぷぷぷぷ」


 い、一体何があったんだ……それにしてもお姉様プリチーあいてあいてあいてあいて。でへへへへ。

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