それぞれの戦い 【人間】
「彼の事がよく分からない……」
「ハロー無性の天使ちゃん? 堕天使ちゃん?」
「誰!?」
「ちょっと体をくれないかしら?」
「な、あああああああああ!?」
「あら、天使だか堕天使だかよく分からない奴の精神ってどんなものかと思ったけど、ちょっと複雑で手間が掛かりそうね。あら、あらあらあら? ははーんこの男が妙に精神に絡まってるわね。あ、いい事思いついちゃった! 目の前でこの男を殺しちゃいましょうそうしましょう! きっと楽しくなるわよー!」
◆
「あああああ!? に、逃げてええええええ!」
「ハ」
伊能山ランニングコース、そこでリリスが口に出そうとした言葉は、ハロー人間さん。であった。この次の依り代が耐えている、最後の一線を壊して自我を崩壊させる前に、小さな力しか感じないムシケラを揶揄おうとしたのである。
そう、出そうとした。である。
「ぐぶぶうううっ!?」
続いて出た言葉は口から洩れた空気だ。
拳がリリスの顔を塞いでいるのだ。当然話せるわけがない。
「があ!?」
慌てて宙をに浮かび上がるリリスだが、既に上空にいたナニカに地面へ叩き落される。
「な゛ぐっだわ゛ね゛え゛え゛!?」
それが辛うじて殴られた事だと気が付いたリリスは勝利を確信する。リリスの権能【婦侵犯】は、自分を攻撃しようとした男相手に、生命活動に影響するほどの罪悪感を与えるのだ。
「ぐぎゃっ!?」
しかし、リリスの顔に再び拳が突き刺さる。
(か、顔なのに!?)
リリスの【婦侵犯】は、特に顔と子宮のある腹を攻撃しようとすると効果があり、下手をすればそれだけで相手の男は死んでしまうほどだ。しかし異常事態が起きていた。
「ぎっ!?」
今度は何も見えなかった。ただ、再び顔に起こった激痛と、吹き飛ばされる体によって、自分が再び殴られたことが分かった。
「ふ、【不安定】!」
もうなりふり構っていられないリリスは、自分のもう一つの権能、異能を外部に放出させない【不安定】を使用する。
「ぐぎっ!?」
(そんな馬鹿なああ!?)
しかし、確かに【不安定】は発動したのに、またも吹き飛ばされるリリスの体。
(ま、ま、まさか、まさか強化だけでただ早く動いているだけ!?)
間違いなく【不安定】は発動した。ならば考えられるのは一つだけである。最早姿すら見えないナニカは、ただの身体強化しか使っていない。それだけなのに、逆カバラの悪徳リリスが、認識すら出来ない動きとなっているのだ。
(ならこれを!)
攻撃する力に乏しかったリリスだが、次の依り代から力の方は奪い取っていた。必殺の力を。
リリスの背から、黒い翼が、堕天使の翼が伸びる。
「ごぶっ【黒死無双】!」
顔に突き刺さった衝撃と共に、その殆ど権能と言っていい力を発動する。そう、黒い翼を見た者に死のイメージを叩きつける必殺の力。いや、リリスの力によって増幅されたその力は、黒い翼を見ずとも彼女の辺り一帯に必さ……
「ぎいいいいい!?」
(なああぜええええ!?)
確かに決まった。確かに死のイメージをナニカに叩きつけた。それは間違いない。だが再びリリスの顔が弾ける。
(し、死ぬ!?)
リリスは気が付いた。ナニカの力が、早さが明らかに上がっている。最早それは、最初とは比べ物にならないほどに。
それはまるで、例えるならようやくエンジンが温まって来たかのような……
「あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああ!?」
業でも何でもない。彼女はリリスとしての全ての力を放出させる、自爆の様な攻撃を発動した。
だがそれは、死へ近づいたが故に、今までの彼女の権能を容易く超えるほど、全ての男の意識を完全に奪う、まさに必さ……
「天上天下唯我独戦」
業でも何でもない。呟かれた言葉は、ナニカが全ての力を出し切った訳でも、攻撃が発動した訳でもなかった。
戦いに死など当たり前なのだ。近づくなどしなくとも、そもそも隣なのだ。それなのに死へのイメージを叩きつけられるから死ぬ? 女の色香に意識を奪われる? 笑止千万。
この世全てで何か起ころうと、ただ我一人となっても戦う事を止めない。意識して呟かれたのではなく、自然と口にしていた言葉。
グシャリ
そして加速し過ぎて、逆カバラですら認識どころか、知覚さえ出来なくなったナニカは、その拳でリリスの頭部を完全に粉砕した。
◆
『え、黄金世代の2021年度生で一番強い生徒? そりゃ勿論お姉様ですよ! じゃあ二番目? そりゃあ彼ですね』
『いえいえ藤宮君じゃないです。いや、普通なら藤宮君なんですけど、それでも二番目は彼なんですよ。入学当初も、卒業した今でも。これは藤宮君もそう思ってるはず』
『何といっても彼は、異能抜きの格闘戦ならクラス一どころか、学園長なんて一部例外を除いたら、世界五指に一年の時から入ってたでしょうから。あのお姉様でも面倒だからってしないくらい、そりゃあすんごい技術と勝負勘なんですよ。自分の柔術でも組手の相手が精一杯ですしね。』
『え、異能込みの話? いやいや最初から異能込みでの話ですよ。例え彼が超力者なのに、何とか弱い超力砲を撃つのがせいぜいだったとしてもね』
『ただ、彼は条件を満たせば世界最強の人間の一人なんですよ。一つは東郷さんにバフを掛けまくってもらう事。彼、東郷さんから殆ど無限に掛けられるバフを掛けられても、体と反応、認識と意識が完全にぴったりと合わせられるんです。ええ、普通の異能者は、いや他の彼の仲間達でも、東郷さんに超最高強度なバフを掛けられると、それに振り回されますが、彼は全くそれが無い。全くです。どんなに早く、どんなに力強くなっても。ひょっとしたら、彼が見ている、知覚している世界は我々とは違うのかもしれません。普段は体が付いてこないから、普通の落ちこぼれに見えるだけで』
『そして彼はその状態なら対集団戦においても、相手が自分と同等の強さかそれ以下なら、どんなに数が多くても最強です。技量と周囲の認識力が凄すぎて、相手全員の動きを全て捉えてるんですよ。ええ、例え目で見えていなくても、本当に僅かな筋肉の動きも、術の発動も見逃さない。だからカバラを全員相手にしようが彼は負けません』
『しかも彼は、いやこれは他の仲間達もですが、精神に作用する技が通用しないどころか、死の概念を直接叩き込まれても死にません。そんな概念やイメージでどうこうできる精神じゃないんです。どうも学園の訓練場は、彼らが死んだと判断して訓練場から叩き出しますけどね』
『え、東郷さんのバフ以外のもう一つの条件? いやこっちは僕が笑い死んじゃうんで言いません。本当に面白くて。でもまあ、そっちも東郷さんのバフを掛けられた状態と同じなので、エンジンが掛かり切った状態なら、猿君と学園長がやり合ってる中に入れるでしょうね』
『ともかくエンジンが掛かった彼は、相手に何もさせず一方的に勝利する事でしょう。まあこればっかりは見ないと分かりませんね。すいません例えです。実際は動きが早すぎて見えないです。いやあ、力が強い、腕が強い、足が強い、体が強い、そして何より精神が強い。これが揃って極まったら、異能の放出とか権能とかいらないんですねえ。ただ近づいて殴ればいい。それで全てが片付いてしまう。ともかくクラスでお姉様を除けば……』
『最強なんですよ』
◆
「タイミングが良かった。減量期からカーボアップした今日で」
◆
『彼、北大路友治は』
◆
「翼先輩、大丈夫ですか?」
リリスを吹き飛ばしながら直進したため、翼からの距離は大分離れていたが、それでも今の北大路には一瞬で移動できる距離だった。
「……だました」
「はい?」
リリスに操られていた翼であったが、北大路への返事は彼が思っていなかった言葉であった。
「……今日の訓練手を抜いていた」
「いや、追いこんで減量してから、カーボアップして体調を万全にする必要があるんで」
翼が言っているのは、今日の訓練では碌に動いていなかった北大路が先程の様に戦えるなんて、自分との戦いでは手を抜いていただろうという意味だ。
本当なら礼を言うべきなのだろうが、翼の中で渦巻く何かが素直に礼を言ってくれなかった。
「……学園でこれから戦う」
「え、いや、色々報告しないとですね」
「……いいから早く」
翼はそのよく分からない何かに従うように、北大路の手を引っ張る。
『おおおおおあああああ!』
「死んでいなかったか」
その時突然、まるで亡霊のようになったリリスが襲い掛かって来た!
「はっ!? 筋肉が萎れて力が出ない!?」
しかもタイミングの悪い事に、なんと北大路のマッスルが時間切れで萎れてしまい、先程までの様な超パワーが出せなくなってしまったのだ!
「邪魔」
その時凄まじい事が起こった!
何処からともなく飛来した焦げた翼が翼に引っ付くと、まるで天使の翼の様純白の翼に生まれ変わった! そう、リリスに奪われ無くした、堕天使の翼の代わりに新たな翼が翼の翼となったのだ!
「【
翼の頭に思い浮かんだ言葉を呟く。
なんとその焦げた羽とは、アポロンとヘーリオスから逃げていた、イカロスの翼だったのだ!
そのイカロスの翼から、邪な者を消滅させる神聖な光が、例え太陽という火に堕とされようが、人類に灯された新たな火が照射された!
『ぎやああああああああああああああああ!?』
「ぐえええええええ!? 目がああああああ!?」
夜に突如現れた太陽、人類の希望の光を受けたことによって、悪の影であるリリスは完全に消滅してしまい、それを至近距離で見てしまった北大路は、視界が真っ白に染まってしまった!
「じゃあ行く」
「ちょっと待って翼先輩! 学園長に報告しないと!」
「じゃあ早く報告して」
「た、貴明助けてくれええええええ!」
北大路は超マイペースな翼に引きずられながら、こういう時なにかと気が利いて頼りになる友人の名を叫ぶが、残念ながらその声が届くことはなかった。なおチームメンバーは頼りにならないどころか、積極的に足を引っ張ることが目に見えていたので、候補に挙がりもしなかったようである。
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