それぞれの戦い 【天の理】

「いきなり殴り掛かるだなんて、ティーターン神族のイメージにピッタリなんだけど、みんな脳筋なのかしら?」


『不敬いいいいいいい!』


 殴り掛かって来たヘーリオスの拳を、愛用の童子切り安綱でいなす。スピードもパワーも、まあ霊力使いの単独者よりかはあるけれど、猿ちゃんや学園長と比べたら、もう少し頑張りましょうと言ったところかしら?


「あんまり直接戦ったことないでしょう?」


『人ごときがあああああ!』


 技がない、業がない、技術がない、研鑽がない。これぽっちもない。ただ単に力任せに殴るだけ。そういえばゼウス達とティーターンが戦ったティタノマキアで、へーリオスがどうしてたか知らないわね。やはり戦闘系ではないのかしら?


 あら……


 ……この感じ、またあの人は無理をして……多分、敢えて人間のまま権能を使ったのだろう。夫の力がガクンと減ったのが分かった。


「【ライトフライヤーイカロス】!」


 夫が生み出した、あれは複葉機? が空へと羽ばたいている。あの複葉機から、神秘を、世界の秘密を暴き、消し去る力を感じる。夫の言葉からして、ライト兄弟が作り出した複葉機だ。彼は存在こそ邪神だが、心の底から人間という種族に敬意と少しの憧れ、そして自分もその一員である事に対して誇りを抱いている。そしてライト兄弟は、彼が尊敬する人間達の二人だ。


 そして彼は純粋な神が、必要以上に人間に介入することを嫌う。イカロスを落としたアポロンなんて存在は、彼が一番嫌うタイプだ。だからこそ人として戦ったのだろう。尤も彼は彼でその神でもあるのだが、俺っちハーフだからケースバイケースですと、かなり都合よく使い分けている。邪な考えだとツッコミを入れるのは野暮だろう。


「お姉様がんばえー!」


 早速イカロスを片付けた夫が応援してくれる、してくれるが。んもう、人が心配しているのに気楽に応援してくれちゃって。


『おおおお!』


「ああごめんなさいね。すっかり忘れちゃってたわ」


『ふっ不敬イイイイイイイイイ!』


 ほとんど無意識の私にあしらわれていたのが分かったのか、へーリオスが怒り狂う。ふふ、彼に喧嘩を売るのが上手いと言ったけど、私も負けていなかった。やっぱり似たもの夫婦ね。


「思ったよりずっとつまらないから、もう終わらしちゃいましょうか」


『てててて【天瓶】!』


「くす、くすくすくす。ば、馬車は? くすすす。馬鹿とは言うけど、鹿も呼べないの? くすすす」


『不敬がああああああああああ!』


 さっき消え去ったアポロンと同じ権能。空と偽ったガラス瓶が落ちて来る。あまりにも馬鹿らしい、いや事実馬鹿になっているのだろう。へーリオスが本来持っているはずの、太陽そのものたる四頭の馬が引く馬車すら呼び出せないなんて。


『はは這い蹲れえええええ!』


「貴方がね」


 さあやりましょうか。




【第七の理 天】解放




『ごああああああ!?』


「あら、どうしたのかしら? そんなに地面にめり込んで」


 まるで巨人に踏まれているかのように、地面にめり込んでいるへーリオスをから見下ろす。


『な、なぜええええええ!?』


「自分に何が起こっているかもわからないの? くすくす」


 空に浮かぶべき太陽神が、五体投地で地面に縛り付けられている。空にいる私と、這い蹲っているへーリオス。へーリオスの言う這い蹲るはこう言う意味だったのね。くすくす。


「私が天にいると決めたのよ? じゃあそっちは地面にいないと」


『そそそそそんな事があああああ!?』


 世界の道理を、理を塗り替える。上書きする。私のモノにする。それが私の理。そして【第七の理 天】は、文字通り天を我がモノとする。


「人間に天を奪われた感想はどう?」


『こ、ここここんな!? ここここれではまるでウ!?』


「残念そっちとは関係ないわ。それじゃあさようなら【天空天落てんくうてんらく】」


 瓶詰を圧縮して空を落とすと見せかける真似事なんてしない。文字通り周囲の天の理を掌握し、比喩や単なる表現でなく



 をへーリオスだけに叩きつける。



 断末魔は聞こえなかった。ただ、何か潰れたような音は聞こえた気がする。くすくす。


「お姉様お疲れ様です!」


「ふふ、疲れるくらいの相手ならよかったのだけどね」


「お姉様に掛かれば雑魚でしたもんね!」


 夫の言う通り雑魚だった。完全復活をしていたならともかく、あの程度で私の相手は務まらない。本当にちょっとだけ運動した、いや、運動にも入らなかったかもしれない程度だ。


「そういえばよく考えたら、年度的に今年もそうでしたけど、来年もかなりお姉様強くなられますよね?」


「ふふ、どうかしら?」


 確かに自分も今年完成したと思っていたけど、年度的に来年は来年でもう一段上がるかもしれない。


「それじゃあ帰りましょうか!」


「ええそうね」


 さて、一応楽しむは楽しめたから帰るとしましょう。


 でも、はて?


「なんか忘れてる様な……」


「私も……」


 なにか忘れてる様な気がする。まあ、思い出せないという事はその程度でしょう。


 ◆


 ◆


 ◆


 家に帰ってベッドに横になり、さあ寝ようとしたときに思い出した。


「羽を見に行ってたんだったわ……」


「あっ!?」


 隣にいる夫も完全に忘れていたらしい。そう、本来の目的は、空港に神の遺物と思わしき羽を見に行ってたんだった。

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