それぞれの戦い 【空への翼】
『速報です。ギリシャでカバラの聖人と、逆カバラの悪徳が戦闘を行った模様です』
「ぶうううう!?」
訓練の終わりに、晩御飯は学園の食堂で食べようと佐伯お姉様が提案したので、チーム皆で晩御飯を食べていたのだが、テレビから流れて来た速報に、飲んでた水を噴き出してしまう。
「こりゃ大事だね」
「ベルゼブブと同じ、逆カバラの悪徳……」
「どちらが勝ったんだ?」
「あら、私もその場にいたかったわ」
食事を止めてテレビに集中しているチームメンバー。
「おい最近どうなってるんだ?」
「そんなの怪獣大決戦だろ」
「ええ……」
いや、食堂にいる全ての生徒がざわついている。それもそうだろう。今年一番話題に上ったのは、間違いなくカバラと逆カバラについてだ。しかしこの両者は、今まで一度も戦ったことが無かったのだ。それが遠くギリシャの地とはいえ直接対決したとなれば、興味が沸かない筈がなかった。
「おい友治、カバラと逆カバラだってよ」
「今食べるのに忙しい」
「減量期からカーボアップとか、ボディービルダーの大会に出るんかな?」
「はっ!? そいつは私より美人な可能性が!?」
「優子……しっかりして……」
馬鹿は馬鹿だ。
「お楽しみが増えたわね」
俺に向かって意味あり気にニタリと笑うお姉様。恐らく怪獣達が戦った原因は、空港で見つかった神の遺物だ。となると、今晩調査に向かう俺達が、その逆カバラに遭遇する可能性があるのだが、若干バトルジャンキーの気質があるお姉様にとって、それはまさにお楽しみが増えた状況なのだ。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした!」
そして夕飯も終わり、これからはお姉様との深夜デートだ!
◆
「ここかしら?」
「多分そうですね」
日本国際空港には行った事がなかったため、お姉様の転移や俺の第一形態で移動するのは無理だった。そのためお姉様特製の式神に乗って、地図を片手に目的地にやって来た。
「あ、あそこのテントがそうじゃないですかね?」
「きっとそうね。さて、気が付かれない様に忍び込んで、何か痕跡が無いか調べましょう」
「はい!」
空から見ると、滑走路の脇にいかにも封鎖中ですと言ったテントが見えた。きっとあそこに例の羽があったのだろう。あ、なんか対化学兵器装備みたいなのを付けてる人が出て来た。間違いなくあそこだな。
うーん、やっぱり空中からは色々見えるな。そう空中から、正確には式神の背中から。でも飛行機とぶつかったら怖いから早く降りないとおおおおおお!?
こ、これは!?
「へ、閉鎖空間!?」
「あらあら、閉じ込められちゃったわ」
突如周囲から生物の気配が消えた。いや、異変はそれだけじゃない。周囲の景色もどこかぼんやりとしたものに変わっている。そう、ここは現世のどこでもない場所。
「しかもこの強度は!?」
「神仏関係かしら?」
その上更に、もっと言えば上位の精霊や神、悪魔達が展開する、自分が有利に戦うためのテリトリーだ。
「あら、飛べなくなっちゃった」
「ぬああああああ!?」
そういった世界では、そこを支配する主に対して有利に働く作用が働いているが、ここにも独自のルールがあるらしく、式神が空を飛べなくなってしまった! という事は紐なしバンジイイイイイイ!?
だが関係ない! お姉様はこんな高さ程度から着地しても怪我一つしないし、俺にはこれがある!
「邪神流五点着地!」
足先から着地した後、体を丸めながら脛、すね、お尻、背中、肩で接地して衝撃を分散させるのだ!
「何奴!?」
すぐさま体勢を立て直して辺りを見渡す。当然こんなことを仕出かした奴が近くにいる筈だ! さあ姿を現せ!
「あれ?」
いや、どこにもいない?
「あなた、上よ」
「上ですか? 上……」
『『不敬不敬不敬不敬不敬ふけいいいいいいいいいいいいい!』』
「……見なかった事にして帰りませんかお姉様?」
「あら、折角会えたんだからお話ししないと」
上、というか空にいたのは何というか……西欧の成人男性二人をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたかのようなキメラだ。いや、もう本当にグチャグチャで、え、そこ腕? なんで足がそんなところに? って感じになっているくせに、二つの頭とその口からは、不敬と口を揃えて叫んでいるのだ。お姉様の言う、お話出来るような雰囲気には全くなりそうにない。
そして何より面倒なのが、力はそれほどでもないが、残り香というか感じ取れる雰囲気が、こいつ明らかに主神級、もしくはそれよりちょっとだけ下の感じなのだ。どうやってそんな大物が現代に現れたんだ? いや、力の無さと様相を見るにかなり不完全なのか?
「名前を教えてくれないかしら?」
『『人が空に飛ぶなど不敬いいいいいいいいいいいい!』』
め、目眩がして来た。そうか、それでこいつ世界中の飛行機を壊しまわってたんだな。そしてこの病的な言葉……俺の予想が正しければ、こいつ多分……いや間違いない。
へーリオスと……
恐るべきオリュンポス12神。ゼウスの息子にして太陽神。そして蝋で固めた翼で空を飛んだ人、イカロスを落としたもの。
アポロンだ。
「あのーアポロンさん? へ―リオスさん?」
『『人が我が名を呼ぶなど不敬いいいいいい!』』
「あ、人って言ってくれてありがとうございます」
やっぱりへーリオスとアポロンか。しかし……
「お姉様、こいつらなんか合体事故起こしてますよ……」
「ふふ、そうみたいねえ」
オリュンポスのアポロンと、ティーターン神族のへーリオスは元は別々の神だったが、いつしか同一視されるようになり、太陽神アポロンとして崇められたのだが、どうも今のこいつら、何があったのか分からんけど、別々が無理矢理固められた様な感じで、理性なんか殆どないようだ。
「えーっと、とりあえずお茶にしませんか? 何か困っているようでしたらお力になれるかもしれませんし。ね? とりあえず空港の
『『ふっふっふっ』』
急にふっふって言いだしたぞ。ひっひっふー?
「ラマーズ呼吸かしら? まだ予定だけど、私も今のうちに練習しといたほうがいいわね」
「ふおおおおおおお姉様!?」
「ふふ」
すいませんちょっとだけ待ってくださいアポロン様にへーリオス様! 今ちょっと僕心拍数がヤバくて倒れそうなんです!
『『不敬いいいいいいいいいいいいいあああああああああやあがあああ!』』
「どわあっ!?」
「貴方って喧嘩売るの得意よね」
「えっ!? 僕喧嘩なんて売りました!?」
全く心当たりがないのだが、お姉様によると俺が喧嘩を吹っ掛けたらしい! でも本当に何でごちゃまぜが切れてるのか分からねえ!
『ぐおおおおおおお!』
『がああああああああ!』
うおまぶしっ!? ってええええ!?
「ぶ、分裂したああああ!?」
「あらあら」
しかもなんか光ったと思ったら、ごちゃまぜった筈の塊が、二人の成人男性に分かれたのだ!
それにしても芸術の大理石がそのまま動き出したみたいな面しやがって、イケメン死ね。
いや、イケメンとは言い難いな。目の焦点はあってないし、口から涎が垂れている。日本でならどう見ても荒魂と表現されるだろう。
って!?
「ぬあああ!? あぶねえっ!」
多分空にいるアポロンの方が、俺に向かって銀の矢を撃ってきやがった! 今の殆ど音速超えてたんじゃねえか!? 俺が邪神じゃなかったら死んでるぞテメエ! 頭が吹っ飛んで無くなったんだぞコラ! すぐ再生したけど。
「組み合わせは決まったわね」
『ぬうううううう!』
そしてお姉様の方にはヘーリオスが殴り掛かるも、お姉様の刀に防がれて歯軋りしている。そして俺はどうやらアポロン担当らしい。
「それじゃあ遊びましょうか」
『ふぅけぇえええいいいいいいいいいいい!』
お姉様がニタリと笑ってへーリオスを挑発する。こりゃお姉様の方は遊んで長引くかもなあ。
『ひひひひ人は地にはははは這い蹲ってててていればばばいいいのだああああああ!』
「アポロンさん、不敬以外話せたんですね」
『不敬いいいいいい!』
「なんで切れるの!?」
急にアポロンさんが話し始めたから、単なる疑問を口にしただけなのに、何故かプッツンされてしまった。解せん。
『ひひひひひ平伏せ人間んんん!【てんびん】!』
ビシっ
「なぬ!?」
なんだ? 閉鎖空間全体がビシリと音を立てた……
『さささささあ潰れろおおおおおお!』
邪神アイ発動! 今現在何が起こっているか解析する!!
判明! 空港周辺の空が落ちてきている!
意味が分からんがそうとしか表現できない! 空が質量を持って落ちてきているのだ!
いや待て、てんびん? 天秤じゃないのか? そうか分かったぞ"天瓶"か! あいつに言わせると天は自分達の領域、そして俺達がいる場所は地という名の瓶詰め! その瓶詰を圧縮して俺とお姉様を圧し潰そうとしてるんだ!
……そこから、その瓶の中から出るな? そう言いたいのか? なんの成長もするなと? 翼が必要ないと? 人が? 人類が? 人間が?
「ふざけるんじゃねぞてめえええええええ!」
こんの時代遅れがああああああああああああああ! 見るがいい!
「【
「【
第二形態のもう一つの裏技! 人の想いに成るのではなく、人の想いを造り出す! エクスカリバーを造り出したように!
「【翼よ飛べ】!」
それこそが!
全長6.4m! 全幅12.3m! 全高2.7m!
最大速度たったの時速48km! 最大高度たったの9.15m! 航続距離たったの0.26km!
しかし!
ああなんと偉大であることか!
人類が! 人間が! 人が!
翼に乗せた想いを知るがいい!
現れたるは二つの翼、対となる二つの羽! そしてさらに、その上更に! 先駆けた男の翼を加えたこれこそが!
「【
偉大なりしライト兄弟が組み立てた空への翼に、空へと挑み散ったイカロスの翼を携えた人の想い! 人の願いの結晶!
「はぁばたけええええぇぇええええ!」
パリンと音が響く。俺の元から飛び上がった複葉機は、人類の翼は、落ちて来た空、いや、空のふりをした瓶を容易く突き破る。
『お、お、おおおおおおおおおおお!?』
そして遅かろうが低かろうが関係ない!
天空神が、太陽神がこれに、人類の翼に敵う道理なし!
『がああああああ!?』
神からすればあまりにも遅すぎる。だが人類の翼は、天に浮かび空を我がものとする傲慢の体にぶち当たり、その霊核霊魂に突き刺さった。
そして消滅しながら地へと落ちていくアポロン。だがもう何の関係もない。
なおも止まらぬ複葉機は、彼らの想いのその更に先、夜空に輝く月へと向かっていく。
見てるかライト兄弟、そしてイカロス。あんたらの想いはアポロンすら乗り越えて、空へ宙へ羽ばたいていったよ。
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