邪神流柔術

 ウォーミングアップのため、異能の強化無しで藤宮君と相対する。ありなら俺が太刀打ち出来ないから仕方ない。呪力ってのは自分の強化をほとんど出来ないが、相手を超遠距離から一方的に攻撃する性根のねじ曲がった技術なのだ。


「行くぞ貴明」


 藤宮君の構えはボクシングの構えに近いだろうか。若干前足に重心を乗せ、両手は頭部を守るよう持ち上がり、藤宮君らしく前へと圧力をかけている。


「おう!」


 一方で、一子相伝の邪神流柔術の使い手である俺は自然体。というか棒立ち。足の左右は揃ってるし、両手はだらんと下がっている。だがこれこそが構えなのだ。例え茶を飲んでいようが、腹を壊してトイレに籠っていようが、お姉様とイチャイチャ、はそっちが優先だ。とにかく、いつ如何なる時でも相手の攻撃を迎え撃つ。


 それが邪神流柔術なのだっっっっっっっっ!!!!!


「しっ」


 藤宮君の左ストレートが腹に飛んでくる。


 邪心眼発動! 邪神的観の目を用いて間合いを完璧に把握する!


「は!」


 その左ストレートに合わせるよう、そっと藤宮君の拳に手を添えて外側へ受け流す。邪神流柔術は、単に受けて防御したり回避するのではなく流すのだ!


「ふ、流石だな」


「なんの」


 俺を称賛してくれる藤宮君だが、あくまでウォーミングアップであるため、彼もまだまだ本気ではない。


「はっ!」


 再び藤宮君が放つ右ストレート。


 見切った!


「そりゃあ!」


 俺は半歩だけ後ろに下がると、俺の服に触るか触らないかの距離で藤宮君の拳は止まり、そのまま俺は藤宮君の手首を握って外側へ捻じって彼を地面に投げる。


 これぞ邪神流柔術【捻じれ】!


 これは邪神流柔術開祖、唯一名も無き神の一柱の理念、末端からの捻じれに人体は対処できない。きっと。恐らく。メイビー。の考えに基づいて編み出された業だ。


「なんのおおお!」


「どえええ!?」


 そのまま藤宮君を投げようと思ったら、なんと藤宮君は俺が加えた捻じりに逆らうどころか、体ごと回転して道連れ的に俺を投げようとしたのだ!


 まさかこれは、親父の宿敵、村離れで隠遁している謎の武術家の濱田さんが親父に掛けた、【捻じれ返し】!?


 じ、地面が近づいてくる!?


『いいかいマイサン』


 はっ!? 胴着を身に付けた昔の親父!? この光景に覚えがあるぞ、これはまさか走馬灯!?


『相手に何もさせずに倒すのは、戦いにおける奥義と言ってもいい。でもそれはあくまで理想論。だからこそパパは後の後。相手の攻撃を受け流し、それを返す技を編み出したんだ。それこそが邪神流柔術なんだよ』


 まさに邪神的発想から生み出された邪神流柔術だが、よもや更にその後を取られるとは!


『でも父ちゃん、濱田さんにはその後を取られたんだろ?』


 いいぞ昔の俺よく聞いた! 開祖の言葉ならこの状況を打破できるかもしれん!


『うん。いやはやまさか【捻じれ】を返されるとは、流石裏闘技場の覇者、"破壊神"濱田さんだ。あれこそまさに【捻じれ返し】。8をひっくり返したら8だったとは……』


 え? 濱田さんってそんなヤバかったんか? この会話すっかり忘れてたな。いやでも、確かに濱田さんは何やっても勝ちゃあいいって考えの人だけど、見た目はドロップアウトしたサラリーマンだぞ。そういや俺もガキの頃はよく投げ飛ばされたなあ。というか、邪神と破壊神が戦ってたのか。勝敗は五分五分だけど、マジの邪神相手に五分とかやっぱり濱田さんヤバくね? というか親父の最後の発言もなんか微妙にヤバい様な……。


『まあそれは置いといて、その時はね』


『その時は?』


 その時は?


『根性だよ!』


『精神論かよ!』


 理合の業を編み出しておいて、結局最後は昭和の精神論かよこの馬鹿親父があああああああああ! せめて戦神論とまではいかんでも、神の論理って言うのを見せやがれ!


 だが根性と言うならやってやんよ!


「どりゃああああ!」


「なんだと!?」


 0.1秒にも満たない走馬灯から意識を取り戻すと、ほんの少しだけ足を地面に引っ掛けて軸とし、そこから回転して藤宮君を下にする!


 8をひっくり返されたら8ならば、それを更にひっくり返して8にする!


 これぞ邪神流柔術【捻じれ返し返し】だっ!


「ぐお!?」


 一本!


 背中から地面に落下した藤宮君。誰がどう見たってこれは俺の一本勝ちだろう。


 見てるか天国の、いや邪神なら地獄か。地獄の親父、邪神流柔術は更なる一歩を踏み出したぞ。走馬灯とはいえ久しぶりに会えてよかったよ。安らかに眠ってくれ。


「ふう! ふう!」


 し、しかし勝利の代償は大きい。俺も走馬灯が見えるほど極限まで集中してたため、つい地面に座り込んでしまった。


「やるな貴明」


「ふ、藤宮君こそ!」


 藤宮君は入学するまで、殆ど武術なんて縁のなかった筈なのに、まさか邪神流柔術伝承者の俺が敗れかけるとは……まさに天才と言うに相応しい!


「これが男の子の友情と言う奴かな?」


「多分そうでしょう」


「ふふ」


 佐伯お姉様の言う通り、これぞ男の友情である。


「二人ともウォーミングアップってこと忘れてるみたいだけど」


 あれ? そういやこれ藤宮君のウォーミングアップ……あああああああしまったああああ!?

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