複雑な乙女心

「またやろうって約束したのに、どうして来てくれなかったの?」


 休憩も終わり、食堂から訓練場に向かっているととんでもない愁嘆場に出くわしてしまった。


「そもそもその約束をしていないのですが……」


 その愁嘆場を演じているのは何と、マッスルこと北大路友治


「うそ。次は負けないって言った」


 そしてそんなマッスルを壁ドンしているのは、昨日地下訓練場にいた中性先輩だ。そう、なんと伝説の壁ドンそしているのである。いや、どう考えても逆だろ。


「ええ……」


 すっげえレアな光景を目撃してしまった。あの脳みそ筋肉が、まともな奴の様に引いているのだ。どうもこの後天地がひっくり返るな。


「なん……だって……」


「そんな……」


「ば、馬鹿な……」


「ぷふ」


 それがどれほどとんでもない光景かは、我がチームの呆然自失な状態が表しているだろう。皆まさにあり得ないものを見た様な顔だ。お姉様は笑っているけど。


「じゃあ付き合って」


「ええ……」


「ぶうううっ!?」


「ぷふううう」


 端折り過ぎいいいい! 中性先輩端折り過ぎですよ! また訓練に付き合ってってちゃんと言わないから、ウチの皆が噴き出しちゃったじゃん! お姉様はちょっと違うけど。


 あ、マッスルと目が合った。そのすがるような目を止めろ。筋肉達磨がやったら鳥肌が立つんだよ。まあでもしょうがない助けてやるか。


「特殊ルール無しで、先輩とチームゾンビーズが戦えばいいんじゃないですかね? そうすれば全員損しないでしょ?」


「じゃあそうする」


 早い、早いよ中性先輩。即答じゃん。


 でも実際の所、ちょっと特殊なルールではマッスルに敗れたものの、普通に戦った場合中性先輩は、俺の見立てでは特鬼と戦えるレベルだ。そう考えると、頑張ったら大鬼に勝てるチームゾンビーズの相手としては丁度いい。しかし、この中性先輩二年だろ? 二年で特鬼とやりあえるレベルとか大分ヤバいだろ。


「じゃあ行く」


「ええ……」


 中性先輩に引きずられていくマッスル。じゃあな。


「ふふ、誘い方も知らないなんて初々しいわね」


 お姉様の言う通り、中性先輩は人との関りがほぼ無かったのだろう。それであんな誘い方となってしまった様だ。まあ強引だが人間なんだ。誰だって初めてならよく分からんだろう。これから知っていけばいいさ。そうとも、人間は成長するんだ。


 それに付き合うマッスルについては知らん。


 だがチームゾンビーズは特鬼相当と戦闘訓練出来る。中性先輩はマッスルとじゃれ合える。これぞウィンウィン。俺ってなんて気が利くんだろう。


 マッスル個人は知らん。


 ◆


「おいどうなってるんだ?」

「俺の筋肉は何も答えてくれない……」

「あの先輩に対して集まってくる噂がとんでもないんやけど……」

「お化粧しないであの顔……だと……?」

「優子は化粧が下手なだけじゃない……」


 だがついつい気になってしまい、猿君を介して地下訓練場の様子を盗み見してしまう。


 チームゾンビーズ全員が困惑しているな。まあいきなり地下訓練場で、二年の先輩と戦うなんて訳分からんだろう。紅一点は相変わらずだがその人無性だから。


「じゃあやる」


 あ、ちょっと待ってください中性先輩!


「【陰力解放】」


 中性先輩の右背中から全長2メートルほどの黒い翼、即ち堕天使の羽が飛び出した。うーんビリビリと力が伝わって来るな。


 ってだから待ってください!


「……ヤバくね?」

「やはりあの先輩、筋肉の付き方が妙だぞ」

「はえー綺麗やなー」

「わ、私以上に美しいですって……!?」

「ちょ、ちょっと防御!?」


「【黒死無想】」


『ぎゃあああああああ!?』


 そいつらまだ馬鹿モードって遅かったか……。


 何の備えも出来ずに場外に叩き出される馬鹿共。まさに馬鹿。


 でも中性先輩えぐい技使いますね。大分威力を落としてるから訓練場外で食らっても死なないけど、堕天使の羽を見たらそいつの思考を奪って、そのまま生物が無防備なところに死のイメージを叩きつけるだなんて。


 だが……いやいいか。モロに食らった馬鹿達が悪い。命が掛かってなかったらすーぐこれだ。ゴリラが見たらまた頭痛を起こすだろう。


「やべえよやべえよ……」

「き、筋肉の付き方を考えすぎていた……!」

「噂によると大鬼もあれで一撃だとか……がふっ」

「付けまつ毛がああああ!?」

「ああもう……」


 そして全く反省していない馬鹿共。東郷さんお疲れ様です。


 ◆


「どうなってるかしら?」


「馬鹿は馬鹿でした」


「ふふ。まさに目に見えるようね」


 俺が盗み見しているのに気が付いたお姉様が、馬鹿達の様子を聞いてくるが、馬鹿は馬鹿としか言いようが無かった。


「馬鹿達の訓練には丁度いいでしょうけど、勝てるのは大鬼までね」


「ですねえ」


 お姉様の言う通り、現時点で馬鹿達が勝てるのは大鬼までだろう。そのため特鬼相当なんて言うトンデモ先輩には、スキルアップと訓練にはよくても勝利することは出来ないのだ。


「全開でエンジンが掛かってる姿、見てみたくはあるわね」


「僕もです」


 


 いや、例え命が掛かっている実戦でも、馬鹿達は全くの普段通りに挑むだろうが、それはまだまだ本当の姿ではない。本当の彼らは特鬼だろうと勝利を収めるだろう。


 だがメンタル100が本気で覚悟を決めて戦うのは、殆ど自分のためではない。それは誰かの命のためなのだ。訓練ではとてもとても。


 しかしメンタル100の本気の戦いかあ。

 見てえなあ。

 凄いんだよなあ。

 綺麗なんだよなあ。

 美しいだよなあ。


 人間なんだよなあ。


 あっはっはははははははははははははははははははは!


















 


 でもそもそもそんな事自体、あいつらに起こって欲しくねえんだよなあ。


 友人なら尚更だ。

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