マジカル飛鳥大回転
「それじゃあとりあえず飛んでみましょうか」
「こ、この気楽さ……!」
お姉様がいつもの素晴らしい笑みで佐伯お姉様に提案した。それに対して佐伯お姉様の顔は……何も考えないでおこう……
だが実際、佐伯お姉様が空中飛行すれば、敵は地上にいる藤宮君と橘お姉様に気を付けながら、頭上にも注意しないといけなくなる。これははっきり言って面倒極まりないだろう。ただでさえ藤宮君の攻撃は回転率がよく、目を離すことが出来ないのに、高火力な佐伯お姉様が視界の外にいるとなると、相手は上下に翻弄されることになる。
「おっほん。えーとやり方は単純だったっけ。確か足に魔力を流して……【飛翔】ううううう!?」
単純に飛ぶだけなら魔法使いにとって簡単らしい。呪文もいたってシンプルだ。だがなぜ空中戦をする魔法使いの話が少ないかと言うと、今の佐伯お姉様がそれを表している。
「ほわっとっとっとっと!?」
「話には聞いていたけど、やはり難しいのね」
まるで初めてスケートリングに立ったかのようにバランスをとる佐伯姉様。
そう、理由もこれまた簡単。橘お姉様の言う通り、魔法使いたちにとって飛行することは、というか人類が単体で空中でどうこうするのは、当然ながら非常に難しいのだ。
「ぬあああああ!?」
悲鳴を上げながら、まるで溺れているかのような佐伯お姉様。
しかもこの魔法、重力に逆らって浮かんでいるのだが、明確に上下が決まっている訳ではないようで、時にはその場で逆立ちの様になったり、独楽の様にグルグルと回転したりしてしまう。
「俺もやってみるか。【飛翔】おおおおおおおああああああああああ!?」
「ふ、藤宮くーん!?」
物は試しだと自分も挑戦した藤宮君だが、少し浮かぶと鉄棒の大車輪の様に回転してしまう。しかも残像が出そうなほど超高速でだ。
「ぷふ、飛鳥には才能あるんじゃない?」
「そ、そうですよねお姉様!」
「ふぬぬぬぬ!? 小夜子今笑ったなああああ!?」
そんな藤宮君と比べたら、何とか姿勢を保っている佐伯お姉様はかなり凄いんだろう。もっともその佐伯お姉様は、歯を食いしばって耐えながらお姉様を睨みつけているが。
「ふげっ!?」
「僕は何も見てません!」
だが、恐らく佐伯お姉様がこの練習に消極的だった原因が起こったので、慌てて後ろを振り向く。
なんと両足の踏ん張りが効かず、足を大きく広げながら回転してしまったのだ!
「ふぎゃああああ!?」
顔を真っ赤にしながら、小声で絶叫する佐伯お姉様。多分、周りで訓練している先輩達に知られたくないからだろうが、それでも声が出てしまったようだ。そう、この魔法が妙齢の女性に嫌われている原因がこれだ。そして大股を開いて高速回転してしまうなど、女性なら誰もが嫌だろうが、なんとよくこれが起こってしまうようなのだ。そりゃ女性は皆嫌がる。馬鹿の紅一点を除く。
「止まってええええ!?」
「ぬおおおおおお!?」
そしてこの単純な術の最大の欠陥が、一度発動すれば10分間ずっとこれが続くことだ。だから佐伯お姉様も藤宮君も、止まることなくずっと回転を続けている。
「ぷふ」
「魔力に適性が無くてよかったわ……」
「ええ。ぷふふ」
その様子に、一応笑いを我慢しているお姉様と、橘お姉様がしみじみと呟くのであった。いや、佐伯お姉様親衛隊がいればギャーギャー喜ぶことだろう。
◆
「ふっ。要練習だね」
「だな」
ようやく魔法が解けて空中大回転から解放された二人だが、佐伯お姉様は顎に手を当ててニヤリと笑い、藤宮君は腕を組んで目を閉じ頷いている。普段なら様になっているんだけど、どう考えてもさっきの事を無かったようにしているとしか思えない。
「一応練習はするのね」
「ふふふ。何とでも言うがいいさ。言っておくけど今のボクには怖いモノなしだからね。はは、ははははは」
戦術的に空を飛ぶことは理にかなっているのだ。純粋に合理的な考えをするなら、佐伯お姉様の考えは正しいだろう。しかし……佐伯お姉様の目は俺のタールよりも真っ黒になっている。やべえよやべえよ……瞳に光なんて全くないし、笑い声なんか虚無も虚無じゃん……。
「ふひ、ふひひ。そしてボクは空を飛び回り、魔法少女マジカル飛鳥としてデビューを」
「佐伯お姉様あああしっかりしてくださあああい!」
「ふひひ。何言ってるんだい貴明マネ。ボクは正気さ。ふひひひひ」
明らかにヤバい佐伯お姉様の肩を揺さぶるが、佐伯お姉様は壊れた笑い声を上げている。
ならばこれしかない!
本来なら一子相伝で門外不出の技だが、佐伯お姉様をお救いするために使うしかあるまい。
邪神流呪術、じゃなかった邪神流柔術活法!
「とりゃ!」
「ぐあばら!?」
佐伯お姉様の後ろに回り背中を強く押す。
「はっ!? ボクは正気に戻った!」
佐伯お姉様の目に光が戻った。
ふう成功したようだ。流石は親父が編み出した邪神流柔術の活法だ。一発で佐伯お姉様を正気に戻すことが出来たぞ。
「ちょっと頭がおかしくなってたみたいだ。いやでも練習することはしないとね。有利に立ち回れる手段を捨てることはない。こっそりとだけど……ふひひ」
最後にぼそりと呟いた佐伯お姉様の目は、再び真っ黒なタール色だ。もう一回活法やるか? やっちゃうか?
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