青春の一幕 早朝

「どうも本当だったらしいですね」


「そうみたいね」


 どこのチームも強化合宿は朝一番から始まるため、学園に早めにやって来た俺とお姉様だが、その先には金剛力士像の見事さにポカンとしている一団がいた。そしてよく観察すると、止まっている車の中には機材がぎっしりで、それはどう見たってテレビの撮影に使うようなものばかりだ。間違いない。ゴリラのドキュメンタリー番組を撮るというのは本当だったらしい。


「おはようございます!」


「え? あ、おはようございます。異能学園の学生さんですか?」


「はいそうです!」


 そんな取材クルーに礼儀正しく挨拶するのは主席として当然だ。尤も向こうさんは、我が学園の正門警備員に気が取られていたため、ちょっと反応が遅れていたが。


「今にも動き出しそうですよね!」


「いや本当に。少し前にもお邪魔したんですが、その時はありませんでしたからね。これは今年からですか?」


「はい! 春の終わり? 夏の初め頃だったかな? その時期です!」


「ははあ。国宝の方も何度か見ましたけど、これは勝るとも劣らない、いや、鬼気という面では凌いでいますよ」


「ですよね! 小鬼くらいならこれを見ただけでぶっ飛びますよ!」


 物腰柔らかな人だな。一年坊主の俺にも敬語とは。そして言ってる事は実は正解ですよ。動くんです。マジで。


 うげふんさんと、かげふんさんが作った渾身の作に、俺が強化を施した一品なのだ。睨まれただけで小鬼はぶっ飛ぶし、大鬼が現れても仕留められるだけの戦闘力を保持している。しかもちょっとでも対応が遅れると、同僚でお姉様謹製の朱雀君がすっ飛んできて加勢に加わるのだ。並大抵の存在では正門の突破は困難だろう。尤もそんな事は知らないで言ってるだろうが。


「ディレクター、準備出来ました!」


「分かりました。そろそろ正門も開く頃かな?」


 おっと、この人ディレクターだったのか。それにしても正門が開く前からご苦労ですね。まあ俺とお姉様もだけど。


 ん? 正門の向こうから来てるのゴリラじゃね?


「お待たせしました。ん? 貴明と小夜子か。朝早くから感心だ」


「本日はお世話になります」


「おはようございます学園長!」


「ふふ。おはようございます」


 このゴリラ合理的にもほどがある。普通正門を開けるのは職員じゃね? 撮影クルーを出迎えるんだからってトップが直接来やがった。


「む、他の生徒達もやって来ているな。うむ」


 そして遠くからポツポツとやって来ている生徒達を見てうんうんと頷いている。よかったですね学園長。あんたに感化されてる奴がそこそこいて。


「それではこちらへどうぞ」


「よろしくお願いします」


 満足顔のゴリラが撮影クルーを連れて校舎の方へ歩き出す。しかしある意味意外だったな。


「もっとガツガツした人が撮影班を率いると思ってました」


「ふふそうね。胃の剣に釘を刺されてまともなのを送って来たんじゃない?」


「ああなるほど」


 とにかく視聴率! みたいなタイプが来るかと思ってたけど、お姉様の言う通り胃に剣が圧力掛けた可能性が高いな。なにせ最盛期かそれ以上の強さを持ったゴリラは、日本の霊的国防を司っている胃に剣からすれば切り札なのだ。変なイメージやレッテルを張られるのは迷惑千万だろう。


「親父からちょろっと聞いたんですけど、昔大分やっちゃったらしいですよね」


「ふふ、参加したかったわ」


 平成初期のメディアが視聴率第一主義で、やらせもなんでもやったもん勝ちの時代に、面白おかしく口裂け女を筆頭とした都市伝説系の妖異をはやし立てたせいで、そいつらが下手すりゃ特鬼レベルまで強化されたためプッツンした胃に剣は、そりゃもうメディアに圧力を加えまくったらしい。古代から蓄えて来た資金で株を買い占めたりなんて穏当で、なんと比較的まともな呪術師まで動員して、メディアの重役や社長を呪ったりまでしたらしい。古き良き時代か悪き時代か分からんけど、バレると今なら絶対に問題になるな。


 まあそのお陰? かどうか知らんけど、やって来た人達は至極まともな人達の様だ。まともじゃなかったら……まあ仮定の話はいいか。はは!


 さて、普鬼の訓練符を取りにいかないと。


 ◆


「うっし! さてやろうかね!」


「いつでもいいわ」


「ああ」


「皆頑張れー!」


「ふふ」


 訓練場で集結した我がチーム花弁の壁。今日も式符を用いての訓練だ。しかしイタチは昨日使ったので他のグループに優先権があり、今日使うのは別のモノだ。


「では起動します!」


『LAAAAAAAAAA』


「こりゃまた奇抜な」


「でも私達に必要なタイプね」


「ああ」


 佐伯お姉様の言う通り、出現した訓練妖異は奇抜というほかない。なにせ横幅4メートルの白い羽だ。そう、真ん中に何らかの胴体なんて存在しない、左右の羽がそのままくっ付いただけの奇抜な姿をしているのだ。


『LAAAAAA!』


「【四力結界】」


「【雪乱浮雲せきらんうきぐも】」


「えーっと【絡めろ 絡ませ 被せろ 被らせ】………」


 その羽は見た目通り、対空中、対速度を考慮して作られており、藤宮君の四力結界の頭上で複雑な軌道を描いて、炎の雨を降らしていく。だがそれは橘お姉様が昨日思いついた対空中用の技、【雪乱浮雲】を用いて防ぎながら、その浄力を含んだ雲であわよくば羽にダメージを与えようとしている。


 そして佐伯お姉様は、多分面での攻撃を行うつもりなんだろうけど、使ったことのない呪文の様で、何か思い出すようにしながら呪文を唱えている。


 しかし、屋外訓練場での使用を推奨されていたためそこで戦っているが、その理由が分かった。訓練符が白く素早い為、羽が空の雲に被ると若干迷彩の様な形となり、狙いが付けにくいのだ。そして昨日のイタチよりも空中での移動は複雑で、まさに対空中戦を学ぶにはもってこいの相手だ。


「時間がある時は、訓練場にいる生徒の指導に時間を当てています」


 あら? ゴリラが撮影クルーを引き連れてやって来た。

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