青春の一幕 夏休み

「【ストンスタンプ】!」


 佐伯お姉様が電気タイプには土タイプだと言わんばかりに、直径一メートルほどの岩を複数降らせるが、雷獣は落下点を見極めてすり抜けていく。このイタチ、目が良すぎる。


「くそっ早すぎる!」


 藤宮君の言う通り、何もかもが早い。雷という攻撃も早ければ、反応も速度もだ。


「でもそれだけね」


「そうですねお姉様」


 だがかなり大きな弱点もある。


『がああっ!』


「目くらましにしかならんぞ!」


 雷獣から放たれた雷が、藤宮君の四力結界にぶち当たって霧散する。一見すると派手なのだが、どうも能力のリソースを速さに割り当てているためか、四力結界でなくとも一年の推薦組なら防げる程度の威力しかないようだ。


「強みと弱みの両方がある。訓練札としては正道ね。その分面白みに欠けるけど」


「犬君の顔とかですね!」


「ぷふ」


「あいてっ。でへへ」


 ゲームで言うところの、プレイヤーを全く楽しませるつもりがなく、容赦なしに殺しにかかって来るAIではなく、明確な強みと弱みがありプレイヤーを楽しませる、この場合は訓練するタイプの作りの様だ。


 そしてお姉様的には容赦なく殺しに掛かって来る方が好みだろうけど、犬君の豆柴フェイスも面白みがあったのでそれを言うと、お姉様は思い出し笑いをしながら、俺に霊力デコピンした。でへへ。


「ああまた飛んだ!」


「当てにくい!」


 そしてイタチ最大の強みは、空中で飛び跳ねられることだろう。なにせ人間という種は空中からの攻撃なんて想定していない上、攻撃を当てる際も距離だけではなく、高さまで計算しないといけなくなるのだ。そのため素早さも相まって、2メートル近くあるくせに攻撃が当て難いことこの上ないのだ。


 と言っても苦戦しているのは我がチームだけではない。というか全部だ。


「大鬼の訓練札だけど、本当に大きな鬼を作る奴があるかごばあっ!?」


 10メートルくらいの金棒を持った赤鬼にぶっ飛ばされている先輩。


「ちょっと待て!? 炎の精霊みたいな外見して氷を出すなあああああ!?」


 外見に完全に騙されて対応を誤った先輩。


「幻覚か? いや、幻覚? まさか幻覚? また幻覚なのか?」


 なんかよく分からない幻覚ループに陥ってる先輩など、スキルアップのため当然なのだが、ちょっとだけ自分達より強い相手を選んでいるため、どこもかしこもボコボコにされている。


「ま、うちは何とかなるでしょ」


「そうですねお姉様!」


 しかし我がチーム花弁の壁はそこらのチームではない。必ずあのイタチを打倒する事だろう。


 そして後で確認しなくちゃけない事は……訓練後に行われるパーティーのお菓子とジュースだ!


 ◆


 ◆


 


「えーそれでは、少し遅れたけどテスト終了の打ち上げと、チーム花弁の壁集合を祝いまして、打ち上げだ!」


 少し早めに訓練を切り上げたチーム花弁の壁は現在、教室でお菓子とジュースを前にしていた。そう、打ち上げである!


「いええええい!」


「ふっ貴明マネは分かってるね。それに比べ他のはノリが悪いったらないよ」


「ほっとけ」


 テストが終わっても、帰省するために時間的な余裕が皆になかったため、その打ち上げは強化訓練で再集結した時にしようという事になっていた。そのためそれを宣言した佐伯お姉様に拍手を送るが、橘お姉様と藤宮君はクールなので、特にリアクションすることはなかった。


「いえええい」

「どんどんぱふぱふー」

「地獄から解放されたあああ!」

「お肌が荒れに荒れたわ!」

「点数が荒れてたせいよ……」


 そして教室にはもう一組打ち上げをしていた。


 気のない祝福をしているのは、どうやら中性先輩と戦い終わったマッスルと、突っ込み役の狭間君、ネクロマンサー東郷さんだ。そう、補習の補習が終わった馬鹿の中の馬鹿、木村君と如月さんの打ち上げをしているのだ。


「補習が終わって打ち上げとかいらないだろう」

「言えてる。テスト終わりの打ち上げはしてるし」

「本当よね……」


「頑張ったんやから……!」

「苦労した分飲み食いするのよ!」


 が、比較的常識組は全く気乗りしていなかった。それもそうだろう。殆ど自業自得の二人の打ち上げなのだ。


 おっと、馬鹿共の方はいい。


「それでは乾杯!」


「かんぱああい!」


「乾杯」


「乾杯」


「ふふ。乾杯」


 ジュースの入った紙コップを掲げる。打ち上げの最初は炭酸飲料。異論は認めない。


「ぷはあっ! いやあ、久しぶりに体を動かしたから疲れたね」


 その炭酸飲料を男前に一気飲みした佐伯お姉様だが、何故か、そう、何故かお姉様がその様子をいつもの素晴らしいニタニタ笑いで見ている。やっぱりおっさん臭いとは決して思っていない筈だ。俺もそんな事は微塵も思っていない。


「俺もだ。少し休みすぎた」


「私も少し忙しかったけど、運動はしていなかったわね」


 のんびりしていたのは佐伯お姉様だけではなく、藤宮君も同じの様だ。橘お姉様は、多分ご両親の事で色々して忙しかったのだろう。


「駄目ね。私達は農作業してたのに」


「え!? 小夜子が!?」


「そう。彼の実家でね」


「いやあ、自分も申し訳なかったんですけど」


「ふふ。楽しかったわよ」


 それと比べたら、俺とお姉様は比較的体を動かしてただろう。なにせ親父に付き合って農作業をする羽目になったのだ。しかも俺に、畑仕事が楽しくなるという暗示まで掛けて。そうでないと、俺が一時とはいえ畑仕事に熱中するはずがないっぺ。うんうん。


「ほへえ。小夜子が農作業ねえ。ボクは家の仕事が面倒だから全部パスしたけど」


「俺もだ。親孝行をするために帰ったのであって、仕事をしに帰ったのではないからな」


「私はそんな時間なかったわ」


 実家が大企業の佐伯お姉様は、家で少し仕事があったようだが、面倒だからとしなかったようだ。理由を付けてるが藤宮君もそうに違いない。彼は意外というか、休むときは休むという信条があるのだ。


「ああそういえば聞いたかい? 駅前のスイーツ店の新商品」


「異能者用のカロリー爆弾だろう?」


「見ただけで胸焼けしたわ」


「橘お姉様、早速見に行かれたんですね」


「ち、ちが!?」


「ふふ」


 楽しい時間が過ぎるのはあっという間であった。

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