眷属が大変な時にまだ小休止している邪神の鑑

「皆で応援に行こう!」


「えーやだよ」


 朝食を食べていたら、朝っぱらからテンション高い親父が、贔屓の応援に行こうだなんて言いだした。


「普段からテレビ中継の応援で満足してるじゃん。甲子園に応援パワーを送り込んでるとか何とか言って」


「いやまあそうなんだけどね」


 親父によると日本中どこでも、いや、世界のどこにいても猫ちゃんズへの応援は甲子園に届くらしく、それはこの家のテレビの前でも変わりないらしい。にも関わらず応援へ行こうだなんて、どう考えても家に帰った俺とお姉様の、息子ふ、ふ、夫婦にテンション上がり切った事による思い付きに決まってる。


「貴明がはっぴ着てるから、応援に行きたいんじゃないかなーって」


「え、なに言って!? ほ、ほんとだ!?」


 そんなアホなと思ってたら、ホンマに猫ちゃんズのはっぴを着ていた! ま、まさか親父の言う通り、無意識に応援に行こうとしてるんじゃ!?


「マイサン……自分の心に素直になるのです……マイサンは猫ちゃんズの応援に行こうとしているのです……」


「邪神が囁くんじゃねえ!」


 この親父クトゥルフ系なんじゃねえだろうな!


 まあ連中は、ラブクラフトを筆頭とする作家達が仕組んだ、人類史に記される偉大にして大いなる罠に嵌り、その存在を作品に登場するキャラクターとして認知させられ力を大きく落とし、ついには次元から逃れることも出来ず、ほぼ消滅してしまったが。無貌であると定義された無貌に何の意味がある? 眠り続けている定義された存在は? はっはっはっはっはっは! ああ素晴らしくも恐ろしき人間よ! ペンは剣よりも強し! まさに至言だ!


 うーむ。だが確かに、現地での応援というものをしてみたい気はする。


「でも甲子園だろ? 遠いよ遠い。親父のワープでいけても遠い」


「そっかあ。東京でやるんだけどねえ」


「行く行く!」


 それを早く言えよ。やっぱ行くなら首都だよな! 都会! 都会!


「それにこの時期は高校野球があるから、どのみち甲子園じゃ出来ないんだよね」


「あ、そういや高校野球があったな」


「あら、どうしたのかしら?」


「お姉様!」


 しゃあない、親父孝行してやるかと俺が決めていると、お姉様がやって来られた。


「ちょっと親父と猫ちゃんズの応援に行くことになったんですよ」


「あら面白そうね。私も行きますわ義父様」


「ほんと!? いやあ嬉しいなあ!」


 親父め。ルンルン気分でスキップしながら準備をしに行った。しかし……。


「いいんですかお姉様?」


 お姉様も参加を表明したが、あんまりスポーツに興味無さそうなのにいいのだろうか?


「家族でお出かけするのが楽しいのよ」


「お、お姉様ああああああ!」


 僕は、ぼくはああああああああ!


 ◆


 そんなこんなで、お袋も合わせて俺達親子は当然ながら、お姉様までも猫ちゃんズのはっぴを着て観客席に座る事となった。なお親父は、この前の授業参観で使った偽顔だ。


「義母様も慣れてらっしゃるんですね」


「おほほ。昔はよくこうやってデートしたものよ」


 慣れた感じで座っているお袋だが昔っていつだよ。白黒テレビの頃か?


 ひょえ! ぎょろって見られた! 助けてパパ!


「……ぐう」


 さっきまでハイテンションで体振ってたのに、なんで寝たふりしてんだよ! ん? いや、大邪神復活の供物が見えた。


「親父、ビールのお姉さんが来たぞ」


「えっどこどこ!?」


 即反応しやがった。まあ安心しろ。嘘じゃねえからよ。


「あそこあそこ」


「あ、お姉さんビールひとつ!」


「はーい!」


 しかしこの馬鹿親父、痛風で苦しんでた癖に全く反省せずプリン体を取るつもりだ。画像検索で出て来た尿酸結晶に、え、この針の塊が……? 暫くプリン体は控えよう……とか言いながら引いてた癖にである。まあその時も、暫くとか、控えようとか、後々飲む気満々な本音が漏れ出ていたが。


 あ、選手達がウォーミングアップを終えたな。そうだ確認したいことがあったんだ!


 じー。無いな。


「なんだ。本当にあの呪いは無かったんだな」


「ないない。パパは何度も確認したからね。それはもう何度も」


 野球界に伝わる、世界二大呪いの片方は実在するか目を凝らしてみたが、どうやら迷信だったようだ。そんな気配は微塵も感じない。しかし……親父の言葉のニュアンス的に、試合に負ける度に確認したのだろうか……。


「いやあしかし、スポーツ全体が一時はどうなるかと思ったけどねえ」


 ビールを飲みながらしみじみと呟く親父。


 俺が生まれる前後に異能者の数が爆増して、世の中が大混乱したが、それはスポーツ界も例外ではなかった。なにせ異能の力で身体を強化すれば、一般人とは全く別生物と言うに相応しい身体能力になるのだ。


 もし異能者が混じれば、バットを振れば動体視力と筋力で確実にホームラン。ボールを投げれば軽く200km以上の剛速球。走ればあっという間にホームインだ。子供の草野球にメジャートップ選手が混ざる様な物で全くお話にならない。


 早い話、今までのスポーツが子供のお遊びになるという事態に直面し、普通の人間全員が首になるかどうかの瀬戸際だったらしい。


「普通の人と異能者を分けようとは思わなかったの?」


「そういう話もあったみたいだけど、特別製のバットとボールにお金掛かるし、その上一番の問題は、打球がスタンドに飛び込んできたら、お客さん下手しなくても死んじゃうからね。防ごうと思ったら壁だけど、そしたら今度は観戦できないし」


「ああね」


 異能者のブン回しに耐えられるバッドと球はそりゃ高価になるだろうが、何よりマズいのは、その圧倒的な筋力で打たれたボールの威力だろう。そんなもんが当たったら、普通の人間は間違いなく死ぬ。


「だから異能を使わない事と、会場には異能が発動しているかをチェックする機械を置く事で決着したのさ」


「なるほどねえ」


 確かにそっちの方が慰謝料やら賠償を払うより安上がりで、余計なリスクもない。しかし、大雑把に異能が発動しているかを判定するだけの機械でも安くなかっただろうに。それだけスポーツ界が追い詰められていたのかもしれんな。


「ふふ。でも高位能力者の身体能力は、異能を使わなくても常人を遥かに凌駕してるのにね」


「そうですねお姉様!」


 だがそれは、学園で言うところの一般組の話だ。推薦組の一部になると、異能を使わなくてもオリンピックで金メダルを量産出来る。


「まあ、そういうのはスポーツ界でも、ドラフトに参加するより、妖異を倒してくれってなるから、スポーツ界に混ざることはないさ」


「本当の本当に?」


「……多分!」


 親父の言う通り、普通に考えたらそんなことは起きない。が、ドラフトでは数々の事件が起こっており、異能を使ってないんだから、そこそこ高位能力者でもセーフとして、どこかの球団に潜り込んでいる気がする。実際親父も完全に否定出来ないみたいだし。


「お、始まった始まった」


 親父がビールの泡を口に引っ付けながら、待ってましたとニコニコ顔だ。


「あっ!?」


「やった!?」


『おおおおおおおおおおおおおお!』


 ね、猫ちゃんズの、せ、先頭打者ホームランだあああああああああ!


「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」


「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」


「ふふふ」


「おほほ」


 親父と一緒に万歳三唱してしまう。それを見てお姉様とお袋はニコニコだ。


 もうこれは勝ったも同然や! ガハハ!


 ◆


 本当に勝ったあああああ!


 このはっぴのお陰か!? チーム花弁の壁の応援にも着るか!?

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