幕間 小休止出来ない
さて、世間は夏休みだが、貴明、小夜子夫妻が田舎でのんびりしていても、勿論世間の全員がのんびりできる訳ではない。それは社会人だったり、学生でもそうだ。
現にここでもそんな存在が……。
「呪詛を防げ!」
「ううっ!?」
「【聖域よ】!」
異能学園の特別な訓練場の一つで、最後の追い込みをかけているロシア校の生徒達のこと、ではない。
『キイイイイイイイイイ!』
そう。自称ワールドプロデューサーにプロデュースされてしまった哀れな犠牲者の一人、彼曰く蜘蛛君の事である。
『キヤアアアアアア!』
蜘蛛の悲痛な叫びが木霊する。ふざけたことに、プロデューサーは呑気に休暇を満喫しているくせに、ある意味最初のアイドルである蜘蛛には休みが無いのだ。
「心を強く持て! ダイアモンドに力を込めるんだ!」
「おう!」
プロフェッショナルの檄に応え、蜘蛛の発する呪詛に耐えるロシア校の生徒達は、学園に来た当初と比べて見違えるほど、しっかりと大地に足を付けていた。
『キキキキイイイ!』
しかもそのプロデューサーときたら、困ったことにプロデュース能力は間違いなく一級品であった。現に蜘蛛は、昭和のアイドル並みの労働時間を強いられており、今後の予定もびっしりというありさまなのだ。
「呪詛のガスだ!」
「【神の息吹きよ】!」
蜘蛛の全身から噴き出した呪詛ガスに対して、ロシア校は神の聖なる息吹きで相殺する。
適切なタイミングで、適切な方法を持って対処する。最早呪詛特化型への対処を知らない、この学園に来たばかりの彼らではないのだ。
そう、それこそ来たばかりの時は、切り札であるダイアモンドの装備が効かず、一体どうすればいいのかと思ったこともあった。しかし、今は心技体、そして仲間達。全てを持って蜘蛛と対峙できるまでになっているのだ。
もう彼らに不安は無かった。
『キャキャキャキャ!』
蜘蛛にはある不安があった。それはプロデューサが、自分の願いを勘違いしているのではないか? という不安である。確かに自分が願ったのは休みである筈なのに、ひょっとして自分をボコった現在の四年生達にやり返したい。に間違っているのではないか、と。
蜘蛛の不安はほぼ当たっていた。そもそも貴明が蜘蛛を強化したきっかけは、あまりにもボロボロだった蜘蛛の式符を綺麗な物に交換した際の、本人も想定していなかった副産物であり、猿や猫、犬などの様に、願いを叶える為の強化ではなかったのだ。
そのため、猿は弱い自分が許せない、もっと強くなりたいと願い大幅な強化を、猫は仕事を、犬は凶相という、望み通りの願いを叶えられたにも関わらず、偶然の結果であった蜘蛛は、願いを叶えられていなかったのだ。
そのため貴明は何をどう勘違いしたのか、先輩達をボコって蜘蛛君も満足しただろうなあ。と勝手に思い込んでいた。休みをくれと言った蜘蛛の嘆きを聞いていたのにである。
いや、若干蜘蛛が悪いところもある。強化された直後の蜘蛛も、これで自分をボコった奴らに目にもの見せてくれると、四年生達をそれは念入りに叩き伏せていたのだ。その有様を貴明も見ていたため、ついつい勘違いしてしまったという訳なのだ。
『キアアアアアアアア!』
そんな蜘蛛は……どうか後輩達が同じ目に会いません様にという、まるで聖人の様な思いを抱いていた。
特に、一番新しい後輩の……
ニュー白蜘蛛君は……。
◆
(今日もガンバルゾ!)
だが全くの杞憂だった!
(わーい勝ったー!)
(やられちゃったー!)
一年生の推薦組相手に今日も頑張っている、頑張り屋さんの白蜘蛛は、ブラック勤務で嘆いている先輩の黒蜘蛛なんぞよりも、よっぽど仕事に対して楽しんでおり、やって来るものを千切っては投げ、時にやられながら満喫していたのだ!
では他の後輩達、猿はどうかというと……。
◆
「【阿修羅六道輪廻武道転生】おおおおおおおお!」
『オオオオオオオ!』
全くの杞憂だった!
地下訓練場で、学園長竹崎重吾に体の半分を消し飛ばされながら、なお戦意に目をぎらつかせて、欠損した部位を阿修羅の炎で補完し、その手に持った槍で反撃する猿。
強くなることに余念がない猿としては、学園どころか日本最強の来訪など願ってもない事で、それがほぼ毎日となると、まさにこれ以上ない労働環境だったのだ。
しかもである。今後はプロデューサの見事な仕事ぶりのお陰で、世界各地から強者がやって来るのは確実であり、猿は現在の労働環境に非常に満足していたのだ。
では他の後輩達、猫はどうかというと……。
◆
『仕事出来て最高。にゃあ』
全くの杞憂だった!
そもそも猫の願いは働きたい。であり、蜘蛛とは真逆も真逆。しかもその仕事内容が、若人に対する教えと、生き甲斐になるほどの職に就けたのだ。そのためプロデューサーには大きな感謝を寄せていた。
ただ一つ問題があるとすれば、猫の戦い方が厭らしすぎるせいで、全く人気がない事であろう。
では他の後輩達、犬はどうかというと……。
◆
『バウバウバウ!』
「ぐうっ鋭い太刀筋!?」
全くの杞憂だった!
元より武器を扱う豆柴だったころから、武芸者として技を磨くのに余念がなく、それが望んでいた凶相までマネージャーに整形して貰ったのだ。ちょっと法外な請求書を突き付けられたが、御恩は奉公で返すと武者らしく考えており、職場に対する不安は無かったのだ。
つまり後輩達は、先輩の心配を余所に充実して仕事をしており、ある意味仲間外れなのは蜘蛛だけという有様だった。
◆
『キッキアアアアアアアアア!』
対処を誤れば、カバラの聖人達でさえ封殺されるというのに、哀れ、恐ろしき悍ましき黒き呪蜘蛛……。
彼は今日も仕事、明日も仕事の運命を呪うであろう…………。
なお余談であるが、ゴキブリに対してはつい餌と認識してしまっている様である。
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