観戦3

「【粉々名残雪】!」


(ほげええええ!? 姉ちゃん浄力ってのはそういうのじゃないやろおお!)


 ゴキブリ野郎が橘お姉様の浄力で駆除された。まあ言いたいことは分かる。橘お姉様の浄力はかなり攻撃に振り切っているため、日本の浄力者からすると異端だ。


「腕を上げたみたいだけど、何があったのかしらねえ?」


「そそそそそうですね!」


 授業参観前に比べて、今の橘お姉様は一回り腕を上げたように思える。その原因は何かさっぱり分からないけど。うん。きっと目標を再確認とか出来たんだろうなあ。うんうん。


 いやあしかし、普鬼を真っ向から粉砕する浄力者かあ。橘お姉様ヤバくね?


 ◆


「佐伯入ります」


「大本命が来たわね」


「佐伯お姉様頑張えー」


 訓練場に入って来た佐伯お姉様を、お姉様がそれは素晴らしいニタニタ笑いで迎えている。


「ふふふ。もう顔色が悪いじゃない」


「こ、これはお助けせねば……!」


「ダメよあなた。飛鳥のテストだし、その姿じゃびっくりするわ」


「そうでした!」


 明らかに飛鳥お姉様の顔色が悪いが、理由は言うまでもなくゴキブリ野郎との戦いを確信しているためだろう。ここはチーム花弁の壁のゴキブリ係として出動するところなのだが、お姉様の言う通り、これは佐伯お姉様のテストであり、しかもボンレスハム状態の俺が出て行ったら碌な事にならないだろう。ここは我慢……!


「起動する」


「うっ!?」


(なんやまた姉ちゃんかい。びびってるーびびってるー。そんなへっぴり腰じゃあかんでー。この前のは偶然かー?)


「ぷぷ。顔色が青いっていうのはああいうことなのね」


 訓練場に現れたゴキブリ野郎が、真っ青になっている佐伯お姉様を煽る。


(ほないくで! ぶーん、れつ!)


「ふんぎゃあああ!? やっぱ無理いいいい! 貴明マネ助けてえええええ!」


「佐伯お姉様ああああ今行きまああああす!」


「だからダメって言ったでしょ」


 分裂したゴキブリに悲鳴を上げた佐伯お姉様から呼ばれたため、二階から飛び降りようとしたが、お姉様の霊力に取り押さえられてしまった。いや、冷静になるんだ俺。これは佐伯お姉様が実戦で危機に陥らないための試練なんだ。だが御呼ばれしたからには……むぐぐ我慢んん!


(へーへーい男の名前呼んじゃってー。婚期を逃すタイプだと思ってたんやけどすみにおけんのう)


「あ」


「あ」


「あ゛?」


 お姉様と一緒に声を出してしまう。


 おいおいあのゴキブリ死んだな。佐伯お姉様の眉間に青筋が浮かんでるもん。っていうか佐伯お姉様、ゴキブリの声がマジで聞こえてるんですね。極限状態で意識が拡大しているのかもしれない。


「こおおぉぉのムシケラがああああ!【インッッフェルノオォォオオッ】!」


(ぎゃあああああああああ!?)


 出た佐伯お姉様の【インフェルノ】だ! 指向性のある火炎放射器が【ボルケーノ】なら、インフェルノは佐伯お姉様を中心にした全方位放射型の魔法攻撃! 個々は大したことのないゴキブリ野郎は、その炎で焼かれるどころか蒸発してしまった!


「ぷふ。ぷぷぷ。ゴキブリにまで。ぷぷ」


 お姉様がツボに嵌っているが、いやあ、何が佐伯お姉様を怒らせたのかなあ……。


「一皮剥けたと言うべきか悩むな」


「ふー! ふー!」


 陽炎を纏って怒っている佐伯お姉様だが、全く詠唱もなしにあれだけ高火力の魔法を瞬時に使えるだなんて、佐伯お姉様ヤバくね? どうも火属性にありがちな、ぷっつんしてしまうとトンデモない力を発揮出来る様だ。しかし、それはいつでも使える力でないため、ゴリラは何とも言えない表情をしている。


「下位の大鬼くらいなら通用しそうな火力だったわね。ぷすう」


「そうですね!」


 だがその精神状態に左右されるとはいえ、大鬼にも通用しそうな火力とは……やっぱり佐伯お姉様ヤバくね?


 ◆


「木村入ります」


「来ましたね。バカ三連続が」


「ええ」


 ついにやって来てしまった、木村、北大路、如月のバカ三連続。ここからが本当の戦いだろう。


 トップバッターは馬鹿の中で、一人だけ明らかにヤバい奴こと木村君だ。なにせこの男、海外の非戦闘系女神の権能を、達人並の技量で借り受けられるという、スーパーチート野郎なのだ。が、やっぱり生まれが悪かった。代々将棋の腕前を誇って、周りの家も皆将棋将棋の世界なのに、いきなりチェスのグランドマスターが生まれてしまったのだ。まさに異端中の異端。そして異端が排斥されるのは世の常だ。


 っていうか木村君、何持ってるんだ?


「木村、それは?」


「はい! あの白い蜘蛛に対して情報収集した結果の対抗策です!」


 ははあん。どうも事前にニュー蜘蛛君に対する秘密兵器を持って来たらしい。いや、試験で使われる訓練符はゴリラの気分次第なのだが……。


「分かった」


 そう言うと思った。事前に情報収集した対抗策と強調されると、情報の大事さを口酸っぱく言っているゴリラなら、素直にその式符を出すだろう。


「起動する」


(またまた元気一杯ガンバルゾ!)


 やる気満々で現れたニュー蜘蛛君。なんて頑張り屋さんなんだ……。


「それにしても対策?」


「何かしらね?」


 見たところ木村君が持っているのは……大きな封筒? いや、またちょっと違うか? でもなーんか記憶の片隅に……。


「さあ受けるがいい!」


 木村君、他の馬鹿がいないとたまに標準語になるんだよな。さて、一体何が飛び出すか。


「むかーしむかし。おじいさんは山へ」


「ぶううううううっ!?」


「ぷふふふふふふふふふ」


 か、紙芝居だあああああああああああ! そうかどっかで見たことあると思ったら、紙芝居を入れる用の奴だ! ってそこじゃない! お前正気か!? そんなの効くわけっ


(わくわく!)


 効いたああああああ! ニュー蜘蛛君、足を折りたたんで可愛らしくちょこんと座っちゃったよ! くっそ効いてるううう!


 まさかあいつ、紙芝居を上演して、制限時間を生き延びるつもりか!?


「ぷぷふ。わ、私の目をもってしても、ぷふふふふ。これは見抜けなかぷふうううううう」


 それを見たお姉様は今週一番のツボの嵌り様だ! お姉様可愛すぎてヤバくあいてっあいてっ。でへへ。


「めでたしめでたし。えー続きまして」


(ぱちぱちぱち!)


 それにしても効いてるし聞いてる! あ、分かったぞ! 大地母神系の女神の力で、ニュー蜘蛛君が無垢で子供っぽい事を突き止めて、それでこんな事をしてるんだ! お前色々ヤバいな!


「時間終了。うむ、効果的なら何でも使うべきであり、それを正しく使用して生き延びたなら言う事は無い。見事だった」


「ありがとうございます!」


(楽しかった!)


 マジで時間一杯紙芝居で命を繋いだよあいつ。しかもゴリラは満足そうだし。こいつら両方ともヤバいな。


 しかし……ニュー蜘蛛君可愛い……。


 ◆


「ぐえええええええ!?」


 ま、マッスルー!? じゃなかった。き、北大路くーん!? どうでもいいけどやられた時の声がゴキブリそっくりだったよ!? あ、親父にもか。俺はあんな下品な声を出していないけど。


「ま、彼は予想通りだったわね」


「尖りに尖ってますからねえ」


 マッスルの尖り様は他のゾンビ共と同じく、いや、人によってはより尖っていると評するだろう。あいつ東郷さんと組んだら、世界有数で十指に入るかもしれないヤバさだからなあ。俺の見立てでは、東郷さんと組んで完全にこれ以上なくがっちり嵌ったら、カバラを全員同時に相手どれるだろう。反面、そのカバラのちょい上にいるゴリラには一対一で負けるけど。


 いや十分か。ヤバいなあいつ。


 ◆


「如月入ります」


 出たな馬鹿の中の馬鹿。馬鹿の紅一点にして弾が入っていない究極破壊兵器。絶対に市街地で、馬鹿共から精神力を吸い取って全力を出すんじゃないぞ。いいか絶対だぞ?


「如月それは?」


「対蜘蛛用の決戦兵器です」


 おいこの件木村君でやったぞ。さては組んでるな?


「太一の馬鹿とは組んでません。本当です」


 聞く前から本当ですとか言ってんじゃねえよ。もう自白してる様なもんだろ。木村君のことよく馬鹿とか言えたな。


「ふむ。確かに情報共有は大切だ。それが失敗した時に全体へ広がるリスクも含めてだが。では訓練場に上がりなさい」


 いいんすか学園長? また紙芝居聞かされ、ってあれ? 持ってるものが単なるビニール袋だな。


「ぷぷぷふ」


 お姉様は既に笑っている。どうやら木村君の時を思い出してしまったらしい。


「起動する」


(さっきのよく考えたら訓練中だった!)


 現れたニュー蜘蛛君は、ガビーンという擬音でも出て来そうな表情だ。どうも木村君に一杯食わされたことに気が付いたらしい。


(もう騙されないぞ!)


 ニュー蜘蛛君、腹を括った顔してるけどムフンと可愛らしいだけだよ。


 さてどう出るんだ如月さん……。


「ほーら美味しい飴ちゃんだよー」


「ぶうううううううううう!?」


「ぷふううううううううううう」


 ば、馬鹿かあああああああ! いや馬鹿だった! その膨れ上がったビニール袋の中、ひょっとして全部飴とかお菓子か!? そんなの訓練符に効く訳ないだろうが!


(おいしいいいいい!)


 効いたああああああああああ! 見事なコントロールでニュー蜘蛛君の小さなお口に投擲された飴だが、その味にニュー蜘蛛君の可愛いお目目が光り輝いている様だ!


 きび団子!? きび団子なのかいニュー蜘蛛君!? ひょっとして猿雉犬のほかに蜘蛛もいたのかい!? あ、そうか分かった! 木村君が桃太郎の準備をしてる時に、きび団子の逸話でこの攻略法を思い付いたんだ!


「ほーれほれ。次はあまーいチョコだよー」


(あまーい!)


 体の大きさの割に、小さなお口をもぐもぐと動かして悶えているニュー蜘蛛君。もうこれは勝負あったな……。


「も、もうだめ。ぷぷ」


 お姉様の方も負けを認められてしまった。可愛あいててててててて。でへへ。


「時間終了。うむ、古くはきび団子に始まり、口裂け女などに対するポマードやべっこう飴など、由来や逸話につられる妖異も多い。見事だった」


 そ、それでいいんすか学園長……皆必死こいて試験受けてるんすけど……いや、言いたいことも分かりますし、鬼に豆を当てたらダメージ入る事を考えると確かに意味はある。あるが……何とも言えねえ。


「やりー!」


 ガッツポーズするんじゃねえよ! この女、マジで一番ヤバい奴なんじゃ……。


 というかウチのクラス、ヤバい人達ばっかりなんじゃ……。

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