幕間 この世の地獄ぱ~と2! 胃に剣

 アメリカで行われた閻魔大王による裁判は、お盆で甦った者達の証言以外で、この世界から消えたはずの神の一柱が復活している証明となり、アジア圏一帯で犯罪率が激減したりと影響があったのだが、では最も影響があったのはどこかというと、それは日本……


「いえ、こちらでは全く情報はありません」

「調査中です」

「はいはいはいはいはいはい」

「いいえいいえいいえいいえ」

「えーーーーーーっとですね」

「アイキャンノットスピークイングリッシュ」

「ソーリーソーリソーリーソーリー」

「ひひひひひひひひひひひ!」

「邪神だあああ! これは異能研究所を機能不全させるための邪神の奸計だああああ!」


 もっと言えば異能研究所であった! 通称異の剣、ある主席だけが使う通称、胃に剣であった!


 まあ早い話バチカンと同じで、職員がお電話の嵐に巻き込まれて死にそうになっていたのだ。


 本来の閻魔大王の由来を考えれば、中国などにも質問のお電話がある様なものだが、中国は異能研究所ほど権威のある機関が存在せず、かつ対外発信にも非常に消極的なため、必然的に日本の異能研究所にお電話が掛かって来るという事情であった。


 だが、日本のお盆で掛かって来た電話は、その多くが国内からのものであったのに対して、今回の騒ぎはなぜか閻魔大王が、アメリカ、それも首都ワシントンD.C.なんかに現れたものだからさあ大変。国際機関の一つである異能研究所では英語が堪能な者も多かったが、閻魔大王がアジア由来の存在だと知った海外の者達が一斉に電話を掛けて来たため、電話窓口で対応出来る者が完全にパンクし、限られている人材にとんでもない負担が掛かっていた。そのため彼らが邪神の企みを疑うのも無理はない事であった。尤も、彼らの様な末端の者に、邪神が実在しているとは知らされていなかったが。


 だがそんな彼らのトップ、異能研究所所長、源道房が手をこまねいている訳がなかった!


 では彼が何をしているかというと!


『やあやあ源さん! この間ぶりですな!』


「は、はい……その、今日はどういったご用件でしょう? あ、ひょっとして閻魔大王に心当たりが?」


 彼もお電話していたのだ! 邪神と!


『え!? いやいや、閻魔大王とは面識も関りも無いですよ!』


「あ、そうだったんですね」


 心底怯えていた源だったため気が回らなかったが、契約の隙をついて悪さをしようとするのが悪魔だ。ましてや大邪神。矛盾するが、言っている事は間違いないが本当でもなかった。確かに閻魔大王とは関りも面識も無かった。閻魔大王とは。ただその中身は、関りどころかその息子である。


『奇跡の日の時も言ったけど、死者の蘇生は邪神のルールの外ですからね!』


「そうですよね」


 これも間違いではない。大体どこの神話でも死者の蘇生は禁忌であり、この邪神もそのルールの中にいた。実際に行った者は半神半人であるからセーフである。


『それで本題なんですけど、いやあ、実は都会に必要な物を買いに行ったらナヘマーの契約者と会っちゃってですね!』


 確かに都会で必要な物を買ったし、会ったといえば会った。会いに行ったともいうが。


「ああ……なるほど……」


 突然の爆弾発言であったが、源はむしろ納得していた。逆カバラの悪徳が何の音沙汰もないのに死んでいて、閻魔大王の前にしょっ引かれていたのだ。最有力は悪徳同士の潰し合いでの暗闘、次点はそれこそこの邪神が有無を言わさず一瞬で殺害した事だったからだ。それならば騒ぎが起こる筈もない。


『どうも源さんのところに、それでご迷惑を掛けてるみたいだから電話させてもらいました!』


 自分のやったことで知り合いに迷惑を掛けていることを詫びるための電話であったが、目下一番迷惑を掛けているのはその息子である。が、人間では理解不能な邪神の思考回路では、源と息子は直接面識もないし、まあいっか。となっているのだ。


『という事で何かありましたらお詫びに頑張るので! それじゃあ失礼します!』


「はい、はい……失礼します」


 一方的に用件を捲し立てた邪神に対して、源は電話でありながら腰を何度も折って受話器を置く。


(お詫びに頑張るって言われても……困る……)


 大邪神が頑張る出来事など呪殺以外何があるというのだ。だが口には出さない。万が一にも聞こえていた場合を考えると恐ろしすぎるから……。


(なんであの時声を掛けてしまったんだ……)


『じゃーん! 拝み屋やるならそれっぽい怪しい恰好じゃないとね! どうどう洋子?』


『神様似合ってます』


『でしょでしょ!』


『失礼。少しお話を聞かせて貰ってもよろしいですかな?』


 源が思い出すのはもう何十年も前。大規模な神気の正体を確認するべく、調査のため平日に少女を連れて、手作り感満載の怪しげな服を着ていた男に声を掛けたのが運の尽き。いや、明らかにおかしな男であったため、何度考えてもそりゃ声を掛けるだろうという結論になるのだが、調べてみたら男の正体はなんと大邪神。しかも、何故か今でも関りがあると来た。源の運はあの日に尽き、胃薬の量は尽きることがない。


(だが表に公表することは出来ん。絶対に)


 百戦錬磨の自分でこれなのだ。世界に、全人類の生殺与奪の権を握っている邪神が存在するなどと公表すれば、どうなるか馬鹿でなくても分かる。パニック、介入、核による飽和攻撃、それでも効かない存在と、それによる終末思想の蔓延。核による地球環境の激変。だからこそ、邪神と関わった名家も口を固く閉ざすのだ。いや、口を閉ざすことであれは夢と、いない存在と思い込みたいのだ。


(触らぬ神に祟りなし、か。先人は偉大だ)


 つまり邪神とは……まさにこの言葉に尽きるのだ。


(うっ胃薬を……)


 ついでにやっぱり胃薬も尽きない!

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