あの世の地獄

「えー皆さんのお仕事、賽の河原の石積崩しは、本日現時点を持って廃止になりました。はい。地蔵菩薩様のお救いは全く関係なしに、石積崩し自体が廃止されます」


 拡声器を使って、賽の河原の石積崩しの職務を担っていた鬼さん達に説明する。親より先に亡くなってしまった子供が賽の河原で石を積まされ、それを鬼達が崩す。これを地蔵菩薩が子供を救うまで繰り返されるのだが、んなもんは廃止だ廃止。親不孝だからってあること自体おかしいんだよ。


 いや、これも地獄行きの基準と同じく、温和な鬼さん達によって有名無実化していたのだが、それでも法律として明文化されていたので、ある程度石積と崩しのサイクルを得てから、地蔵菩薩もいないのでこれまた鬼さん達が輪廻だったり浄土へ子供を連れて行っていたようだ。悪いな前に俺が蹴飛ばした鬼さん。


「この後ですが、各地獄での責め苦役へ配置転換します」


 いきなり仕事がなくなってざわついていた鬼さん達だが、単に配置転換と部署が変わるだけを知って、頷いて納得している。


 いや、なんで俺がこんな事してるんだ?


 現在俺は、あの世で溜まった書類の処理と、時代に合わなくなった法律の改正を務めている。訳分からん。


 いや、お盆でげふん。したため、鬼さん達に負担を掛けたのでお返しに頑張ろうと思ったら、あれよあれよとあの世の運営にまで口を出す結果になってしまった。どうして?


 そのため俺と隣にいるお姉様は、安全ヘルメットと反射ベストを装備し、俺に至っては責任者の腕章を付けているのだ。


「それと三途の川の渡し賃は、六文銭から200円に変更します」


 今更六文銭なんて誰も持ってないんだって。こういうところも現代に合わないから改正だ。


 そして布告係の鬼さんが、俺が正式に処理して判も押した紙を掲げている。これを布告板に貼り付けたらここは終了だ。


 ◆


「お婆ちゃん、今日はありがとうございます」


「いえいえ。お礼が出来て嬉しいです」


 閻魔がこの世界から消える寸前、裁判所を現代風に改装したようで、少し古めかしいが現代風な室内に、善人のお婆ちゃんへ頼み込んで来て貰った。このお婆ちゃん、お盆に家に帰った人でもあり、そのお礼が出来るならと快く引き受けてくれたのだ。


 そんで何をするかというと、鬼さん達がどうしてもやって欲しいと言って来た事の一つ、裁判所を使っての正式な裁判をする事となったのだ。


 ただ完全に正式な裁判をするとなると二年掛かるので略式でだ。


「準備は大丈夫?」


「はっ!」


 壇の上から座って周りの鬼さん達に確認する。記録係の書記官二人、そしてその他諸々の鬼さん達はきびきびしている。地獄時間でくっそ久しぶりの正式裁判だから気合が入っている様だ。俺も彼らを尊重して法衣だ。


「では裁判を開始します」


 第二形態、アバターの力で俺に宿すのは、最初の裁判官である秦広大王だ。


「はいお願いします」


 お婆ちゃんには事前に、元の浄土行きだから安心してほしいと言ってある。


「弁護人」


「はい!」


 弁護席にいる弁護人、四葉貴明に声を掛ける。うん。元気があって大変よろしい。地獄の裁判も弁護人が付くのだが、不動明王や薬師如来、釈迦如来などビッグネームばっかりだ。


しかし、彼らも閻魔大王と同じく、ガリレオ・ガリレイ、トーマス・エジソン、ライト兄弟、ロバート・オッペンハイマー達の活躍、そして顕微鏡、天体望遠鏡、電気、内燃機関、飛行機、原子力の発明で力を大幅に落として、今やこの世界には存在していない。これに関しては総合的にプラスだろう。面倒なギリシャ系や悪神、悪魔共も纏めて消え去ったのだから。


とにかく、本来の弁護人がいないため第一形態と第二形態の応用で、その力をほんの僅かだけ宿した俺の分身が弁護人として立っているのだ。


「浄玻璃鏡を」


「はっ!」


 鬼さんが綺麗な布を取って浄玻璃鏡を顕にする。これは生前の行いを映して人間に罪を見せたり反省を促すものだが、善人のお婆ちゃんには無用の長物だろう。


「では殺生の罪について調べます」


「はい」


 同じく人間がした生前の行いが書かれている閻魔帳を見る。ふむふむ。


「弁護人」


「はい! お婆ちゃんは食とその命に感謝をして食事を行い、蚊や蠅などの殺生は現代に合っているとは言い難いです! よって罪は犯していません!」


 まさに古き良きお婆ちゃん。弁護人の言う通り完全に罪なし。


「判決。無罪!」


 判決を言うと、書記官の鬼さん二人が達筆でさらさらと書き込み、俺は正式な書類にまるで中国の玉璽な様な押し印で判を押す。


 この押し印、地獄の運営に関する権能を持つ者にしか持ち上げられない、いわば資格証明の様な役割を持っている。そのため鬼さん達も俺に従っているのだ。しかも俺は、第二形態である化身の力を使って閻魔や他の裁判官である十王に変身せずとも、第三形態の素の力でこれを持ち上げられるわ、それこそかつての上司たちの力を宿せるわで、鬼さん達は非常に俺を敬ってくれているのだ。


「第二審。盗みの罪」


 第二審の担当官、初江大王の力を宿す。


 む、これはちょっと浄玻璃鏡を使うか。


「お婆ちゃん、若い娘さん時代に少しやんちゃをしましたね?」


「はて……やんちゃですか?」


 お婆ちゃんとは言えお姉さんでもあるのだ。具体的な歳は言えない。


「浄玻璃鏡を使います」


「はっ!」


 鏡担当の鬼さんに言って、お婆ちゃんに見やすいよう調整して貰う。


 そこに映し出されていたのは……


『うーん。お隣さんの柿はあまり甘くないなー』


「あ、これは、その……」


 お婆ちゃんが恥ずかし気に俯いている。そう、ちょっとお腹のすいたお婆ちゃんは、お隣さんの家に生えていた柿を失敬していたのだ。それが浄玻璃鏡に映し出されていた。


「弁護人」


「地面に落ちる寸前の柿ですし、バレて後でこっぴどくお隣さんに叱られていますので、この件については解決しています!」


 うむ。お婆ちゃんもそれを思い出して反省しているな。


「判決。無罪!」


「その、ありがとうございます」


 柿一つだし時効だよ時効。それに一体何十年前の話だよ。おっと、歳の話はしないと言ったばかりなのに。だがお婆ちゃんにちょっと恥ずかしい思いをさせてしまったな。しかし、青春の甘酸っぱい思い出だろう。


 次は不倫と虚言だが全くなし。無罪無罪。


 おっと、閻魔大王は俺の方が頑張る必要があるな。


「お茶を」


「はっ!」


「ごめんなさいお婆ちゃん。ちょっと小休止しましょう!」


「ありがとうございます」


 お婆ちゃんは椅子に座って疲労も感じない霊体だが、お付き合い頂いている以上気遣いは大事だ。


 鬼さん達が持って来たのはお婆ちゃん用の上等な羊羹と、


「あの、本当によろしいのですか?」


「いいのいいの!」


 鬼さんが恐る恐る持って来たのは、俺用の湯呑に入ってる煮えたぎって溶けた銅だ。人を裁くという罪を犯している閻魔大王は、その罪の為にこれを一日三回飲んでいたのだ。そして今回はあくまで略式かつ様式美なので一回だけ飲む。


 ごっくん。


「あっちいい!」


 だが俺も別に苦しみたくて飲む訳じゃないので、タールで体中を強化しまくっているが、それでもガキの頃に腐れ縁とやったゲームで負けた罰ゲーム、タバスコをちょこっと舐めた時に匹敵する熱さを舌に感じた。


 ふう、体温が一気に上がって顔が真っ赤になっているのが分かる。今の俺はまさに閻魔大王の顔色になっているだろう。


 さて、お婆ちゃんが一息ついたら続きをお願いしよう。


 ◆


 ◆


 よし、七回全部の裁判終わり! そんでもって三回の再審はお婆ちゃんには必要なし! 俺も十王の裁判全部するのは面倒だしな!


「お姉様! 審議の結果お婆ちゃんは極楽行きです!」


「認めます」


「はい!」


「ありがとうございます」


 最後は面白いわねと参加していたお姉様が最終認証だ。


 お婆ちゃんが極楽行きという正式な文章を筆でさらさら書いて押し印をポンッと。


「案内官、これを」


「はっ!」


 それを傍で控えていた鬼さんに渡す。


「お婆ちゃん、態々お付き合い頂いてありがとうございました!」


『ありがとうございました!』


「いえいえそんな。私こそひ孫に合わせて下さってありがとうございました」


 裁判所にいた鬼さん達と一緒にお婆ちゃんにお礼を言う。


「こちらへどうぞ」


「ありがとうございます」


 そして案内係の鬼さんが、丁重にお婆ちゃんを案内して裁判は終了した。


 ふう、終わった終わった。


「あなた、お疲れ様」


「お姉様もお疲れ様です!」


 俺の隣に座っていたお姉様が労わってくれる。僕それだけで元気一杯ですよ。でへへ。


 ん? 片付けようとした閻魔帳が気になった。なんだ? は? ナヘマーの契約者? え、なんで閻魔が管轄してるここに? 日本人だったの? 死因は……なんだこりゃ。墨で塗りつぶ……これ親父のタールじゃねえか? ちょっと集中してタールを"視て"みるか……うーん……あーあ、親父を見た瞬間即死かあ。極悪人なんざそりゃ親父を見た瞬間死ぬよ。そうか、日本で死んだからここに名前があるのか。


 えー罪状はっと……


 ブチッ

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