幕間 この世の地獄
この世で最も地獄というに相応しい場所。逆カバラの住処? ノーである。現世に存在している邪神の住処? これまたノーである。
ではどこか。
それは……
プルルルルルルルルルルルルル
プルルルルルル
プルルルル
プルルルルルルル
「いえ、日本で起こっている事に関しては何も情報を持っていません」
「現在担当者が留守でして」
「目下調査中です」
「きっと神のご加護が」
「分かりません分かりません分かりません分かりません」
「はいはいはいはいはいはいはいはいはい」
「いいえいいえいいえいいえいいえいいえ」
「調査中調査中調査中」
「あははははははははははは!」
「邪神だあああ! これはきっと、バチカンを混乱させるために邪神が企んだ奸計だああ!」
そう! それは地球上最大の聖域であり、最も地獄とは縁遠い場所の筈だったバチカンである!!!!!
何を隠そうこのバチカン、奇跡の日だなんて言われている、ヒュドラ事件で死んだ筈の人達の里帰りが、唯一神によるものだと大々的に宣伝してしまったものだからさあ大変! お上の判断はこれを機に勢力を拡大して、自分達の少し下にいる異能研究所を突き放そうというものだったが、そんなものは電話係にとっては知ったこっちゃない。
あの奇跡の日から毎日毎日、来る日も来る日も電話電話電話。ノイローゼになって電話線を引き抜く者から、シンプルにぶっ倒れる者まで、まさにこの世の地獄としか表現できない場所と化していたのだ!。
だが流石に一月ほど経てばマシになり、
「死ぬかと思った……」
「もう20個以上の電話の音は聞きたくない……」
「自由だああああ!」
こんな事を言えるだけの余裕も出来始めていた。
が!
しかし!
まさかの!
『臨時のニュースです。現在日本で死者が蘇り、まるで奇跡の日の様な出来事が起こっています』
バタン
このニュースを聞いた複数名が倒れたと言うから、彼らはこれから何が待ち受けているか察してしまったのだろう。まあ、預言者でなくても分かるというものであるが。
だが、今回は前回と違う事があった。それは首謀者が誰かはっきり分かっている事だった。
『気が付いたら閻魔大王様の前で皆さんと並びましてね。するとですね、閻魔様がね、お婆ちゃん善人でよし、来てほしい曾孫さん子供でよし。お婆ちゃん、はいこれお盆のパスポートって紙を渡されましてね。曾孫さんには来年もいい子にしてたら、お婆ちゃんが帰って来るって言っておいてって言われましてね。そしたらまた気が付くと家の前にいたんですよ』
これはインタビューに答えてくれた、蘇った老婆の証言だが、この他全員が閻魔大王に会ったと証言しており、閻魔大王の関与は疑いようがなかった。
なお一部の証言として
『時折、閻魔大王が盆踊りを踊っていた』
『妙に若い声だった』
『鬼達がとても忙しそうに書類を持って走っていたが、一体いつ振りの正式な仕事だろうと言って喜んでいた』
と言った証言もあったようだ。
後々極限の混乱の中調査を進めると、蘇ったものは生前に善人と区別できる者、そして迎えた方もそう呼べるか、もしくは子供であるという事が分かったが、それは異能研究所、通称異の剣、もしくは胃に剣が過労死しそうになりながら纏めた情報であり、まだバチカンの彼らは掴んでいない情報であった。
そう、異能研究所! 彼らも勿論死にそうになっていた!
プルルルルルル
ってもういいだろう。バチカンと何ら変わりない。鳴りやまない電話に、一体何が起こっているかさっぱり分からない職員達の阿鼻叫喚。
詳しく語ると可哀想なので話をバチカンに戻そう。
ともかく甦った者達全員が閻魔大王の仕業であると証言したため、バチカンには関係ない様に思えた。が、ニュースで知った一神教圏の者達にとっては、閻魔大王など聞いたこともない東洋のローカルな神に過ぎない。ではどう考えたかというと、勿論奇跡の日で大々的にぶち上げたバチカンなら何か知っているのではないかと考えたのだ。
その結果が再び生まれてしまったこの世の地獄!
だが、混乱しきっているのは現場だけではなかった!
「この混乱をどう収めるつもりだ!」
「貴様とて最終的には納得したはずだ!」
「事後報告を納得と言うならそうなのだろうよ!」
「カバラまで持ち出しておきながら世鬼には負けた挙句この様だ!」
まさに三人寄れば文殊の知恵、にはならず、三人いれば喧しい閥が出来る。
唯一神に仕える彼らは、その唯一神こそ至高であるという考えは同じでも、大まかに、比較的他の存在と歩調を合わせようとする穏健派から、他の存在を許せない過激派の派閥の二つが存在していると言っていい。ここからさらに、別々の長だったり出身だったりで細かく分かれていき、ややこしい事極まりないのだが、人間とはそんなもんである。
そんな二大派閥が言い争っているのは当然最近の騒動である。大きな会議室に集まった、表の存在はもちろん、公に出来ない裏の存在のトップも集まって、事務方が殆ど死んでいる程の混乱について、仲良く議論していたと言う訳である。
「入信者も、改めて礼拝に訪れる者たちも例年とは比較にならんだろう!」
「ああそうだな! 代わりにこのバチカンが電話で陥落しそうだ! いいか!? 数々の危機や悪魔共の襲撃を乗り越えたバチカンが、本当に電話で陥落する寸前なんだぞ!」
そしてその議題は、鳴りやまない電話にどうするかである。馬鹿げた様に聞こえるが、彼らは本気も本気だった。一つの例としては、今も彼らが持っている通信端末が、全員一人残らず通知を知らせている程だ。
「そもそもどうしてこんな奇跡が起こっているんだ!?」
「それを逸って神の御業と宣伝した奴等の言うことかよ!」
そう、全ては奇跡の日が神の御業であると宣伝してしまった事から始まる。
間違いではなかった。間違いでは……。
ただ正確に言うと、神は神でも
邪神であった。
◆
「よし、一番大事な地獄送りの基準に関する書類は正式に処理できた。実質もう有名無実化されてるけど、流石に蚊を殺して等活地獄送りなんかを文に残してるのはいけないからな。現代に合わんのだよ。それと賽の河原の石積も廃止だ。あ、こいつは刑期開けで判子がいるの? 了解、判子ポンっと。うんどうしたの? うーむこいつは確かに難しくて判例通りとはいかないね……うん、ちょっとキツめにお説教したらそれでいいよ。あ、この書類だけどここ間違ってるから修正しておいて。お願いね」
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