橘栞2

「ふむ。少し浦島太郎の様な気分だ」


「そうですね」


 学園への道中、和装の両親が物珍しそうに街を見回している。しかしおかしい。あの服は実家で大切に保管しているのに。お盆で人が帰ってくるとそういうものなのだろうか?


 そしてその街中だが、心なしか普段よりも家族の姿が多いように思える。目が真っ赤な人達と……きっと今の私も。


「今の訓練符はどの程度だ?」


「普鬼です」


 父に聞かれた。今の相手はゴ、を含めて普鬼の訓練符で実技をしている。


「なに? 一年で普鬼? そうか……」


「そうかで終わらさないでくださいよ。凄いじゃない栞。普鬼だなんて」


「まあ歳の割によくやってるな。うむ」


「あ、ありがとう……ございます」


 笑って私を褒める母と、少し顔を横にしている父。これも、記憶と同じだ……なにより両親に褒めらるだなんて一体いつぶりだろうか……。


「そう言えば私達はもう故人だけれど、先生はびっくりしないかしら?」


「多分大丈夫……担任は学園長の竹崎重吾先生だから」


 母の心配事も可能性としてない事もないだろうが、あの学園長なら、そうか。そういうこともある。と言って済ましてしまう気がする。


「なに? 独覚のか?」


「はい」


 父と母は遅くに自分を授かったから学園長とは同年代で、その世代の学園長の呼び方である独覚の方が馴染みがある様だ。


「凄いじゃない。独覚の彼に直々に教えて貰っているだなんて。何か特別な事があったの?」


「よつ、桔梗小夜子がいるからだと思います」


 いけない。いまではすっかり四葉小夜子に慣れた、というかしっくりくるから四葉と言いかけたけど、父と母には四葉と言っても分からない。


「桔梗の鬼子か。まだ10にもならない内からその名は聞いていたが、独覚が態々担任をしているとなるとよっぽどか?」


「はい。ひょっとしたら学園長と同じくらいです」


 あのベルゼブブと出会ったとき、そして話しかけられた時も彼女は超然としていた。いや、全く興味がないかの様だった。まさか、ひょっとしてあのベルゼブブを倒した学園長よりも上? いや、そんな事は流石に無いはず。


「独覚と言えどももう50は過ぎているだろう?」


「つい先日ですけど、実在した逆カバラの悪徳、ベルゼブブを打倒しています。ひょっとしたら今こそが最盛期なのではと学園でも噂になっています」


「まあ、実在したのね」


「何? 逆カバラの悪徳を? うーむ流石は独覚だ。しかし、なら尚の事、鬼子がそれと同じ程度とは信じられんな」


「小夜子ともう一人、貴明君に対して学園長は明らかに別の扱いをしています」


 父の代では、竹崎重吾の名は非常に重かった。そして恐らく、今では当時よりも。だがそんな学園長が、明らかに気を付けている生徒が二人いる。それが小夜子。そして貴明君だ。


「あら珍しい。栞の口から男の子の下の名前が出るなんて」


「そ……!?」


 そんな事は無いと言おうとしたが、よくよく考えるとそれこそそんな事は無かった。


「チ、チームメイトとして頼りになる人だから!」


「あらそうぅ?」


「おっほん!」


「あら、お父様が妬いちゃうからこの辺りにしときましょうか」


「な、何を言う!? まだ栞には早いと思っただけだ!」


「そ、そうです! それにそもそも誰かと交際するつもりはないです! その方がいいですよねお父様!」


 いけない母に遊ばれている。ここは父を味方につけて逃げなければ!


「それはまた違う話だ。橘の家の事もあるが、何より孫の顔を見せろ」


「そうですわね。おほほ」


 ち、父に裏切られてしまった! 私の気持ちを裏切ったんだ!


 ◆


「これはまた立派ね」


「えらく同じ壁が続くと思ったら……呆れてしまいそうだ。それにこの金剛仁王像の迫力ときたら」


 学園の正門に到着すると両親が感想を言った。確かに今でもこの学園の大きさには圧倒され、そして実際に過ごすと面倒に感じる。この前貴明君が、学園にレンタル自転車サービスを行うよう訴えるための署名活動をしていたが、私を含めて結構な数の署名が集まっていたほどだ。だがその願いは、学園長の体が資本の異能者が楽をしようとするな。歩くんだ。という言葉と共に打ち砕かれた。そして彼は、全面敗訴と書かれた紙を持って走っていたが、その姿に思わず笑ってしまった。


「こっちです」


 両親を案内して訓練場まで向かう。普通に考えたら進路相談だけの私は教室の筈だが、学園長が訓練場で全て行おうとした合理主義がいい方に働いた。急な両親の参加だが、そのお陰で模擬式符との戦いも見て貰うことが出来る。


「あ、橘お姉様おはようございます!」


「おはよう栞」


「ええおはよう」


 訓練場に向かっていると、前の組だった貴明君と小夜子、そして多分貴明君の両親と出会った。そういえば二人は私の両親が故人なのは知っている。だが、今日の騒ぎを考えるとこの二人の事だ。それほど騒ぐことはない筈。


「これは貴明と小夜子ちゃんがお世話になっているようで!」


「いえいえ、こちらこそ栞がお世話になっているようで」


 父が挨拶をしている。こちらはいい。問題は母だ。


「貴女が栞さんなのね。貴明から、仲間思いの素敵なお嬢さんだって聞いていますよ」


「こちらこそ、貴明君は頼れる男の子だって聞いてます」


 やっぱり! 学園に来る前の会話で貴明君の事を話したから言うと思った! しかもその本人がいるのになんて事を、顔が赤くなるのが自分でも分かる!


「いやあ、お話ししたいんですが、授業参観のお邪魔になりますからな! どうぞお嬢さんとごゆっくり!」


「これはすいません。ではお言葉に甘えて」


「橘お姉様、また学園で!」


「え、ええ」


 駄目だ。全く直視することが出来ない……これも全部母のせいだ……。


「うーむ。信じ難い……信じ難いが……声が……いや、例え出来たとして、態々このためだけに?」


「あら、優しそうな子でしたからあり得ると思いますよ」


「とは言ってもだな」


「あの?」


「いや何でもない……しかし、父親の方もどこかで聞いた声の様な……」


 何やら考え込んでいる父と、面白そうにしている母。何かあったのだろうか?


「うちの橘の意味は覚えてる?」


「現世と常世の楔……」


「あの声……あれはどこだったか……」


 目を閉じて何かを思い出そうとしている父を余所に、母がこっそり話しかけてきた。橘家は、常世と現世に存在している橘を、その両方が離れすぎない様に、そしてそこを行き交う神が迷わないための楔として捉えている。


「そうそう。何かあったら思い出してごらんなさい。ふふ」


 なにやら意味深に笑っている母だが、一体何のことだかさっぱり分からない。昔の母はこうやって私を揶揄うことがあったから、特に深い意味は無いのだろう。


「まあいい。それよりも行くとしよう」


 父が歩を進める。結局思い出せなかったらしい。


「それよりも彼同級生よね? どうしてお姉様?」


 母が首を傾げているが、それについては自分もさっぱりだ。


「彼は、その、ちょっと独特だから……」


「あーそうなのね」


 ごめんなさい貴明君。でも私の呼び方に関しては、これ以上何と言えばいいか分からない。


 それよりそろそろ訓練場についてしまう……学園長。理数はあれだけど、その分他の分野で頑張っているとフォロー入れてください。どうかお願いします。

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