橘栞
『おかあさまー! みてみてちょうちょー!』
『可愛らしいわねえ。まあ、栞の頭に止まったわ。あなたー写真を撮ってあげてー』
『む、ちょっと待って……うん? 何処にしまった?』
『箪笥の一番上にありますよ』
『ああ、あった。ほら栞こっちを向くんだ』
『ぴーす!』
『はははは』
『おほほほ』
◆
◆
◆
……懐かしい夢を見た。まだ父が特鬼との戦いで命を落とすことは無く、母が病気になる前の夢だ。あの時の写真はアルバムに納まっている。
そろそろ起きないと。三者面談はないが、進路相談はあるのだから。
台所から音が? 飛鳥ね。鍵を渡しているから時折入って来る。それにしても貴明君に頼んで本当に正解だった。あれ以来ゴ、あれを見ることがなくなった。もし飛鳥が、そう、飛鳥が見たら、台所が火事になるだろう。
「飛鳥、早いわね」
「あなたが遅いのよお寝坊さん」
「もう食事の準備は出来ているぞ」
え?
「ほら見ろ。急に現れたら固まるに決まってる」
「手紙を枕元に置いても、何の事だか分からないに決まってるじゃないですか」
「お、お母様? お、お父様?」
台所からこちらへやって来る母と、椅子に座っている父の姿があった。最後の記憶から何ら変わりがない、両親が。
「大きくなったわね栞」
「ああ。だが中身は変わっておらん様だ。流石にソファより大きいこのクマのぬいぐるみは……」
「あら、女の子なんですもの。可愛らしいじゃないですか」
「うーむよく分からん」
記憶と、記憶と何ら変わりない。変わりない父と母のやり取り。
いや! ドッペルゲンガー!
もう父も母もとっくに!
「惑わすな! 【祓い給い清め給い】!」
「また言うがほら見ろ。浄力を当てて来るに決まってる。まあ、橘の娘だからこれくらいはして貰わんとな」
「おほほ。嬉しそうですわね」
浄力が効かない!? 妖異じゃない!?
「ふん。テレビを見てみなさい」
テレビ?
『現在日本各地では、亡くなられた筈の人達が出現しており、現地では大混乱が起こっています!』
『彼らの共通点は全く分かっておらず』
『異能研究所は現在原因を調査中としています』
『バチカンは沈黙を保っており』
『各国が奇跡の日の再来かとバチカンに連絡をしており』
『バチカンには現在電話が繋がらず』
『バチカンの声明が待たれます
『バチカン』
『バチカン』
ニュースキャスターが唾を飛ばしそうな勢いで何かを喚いている。日本地図には赤い点が無数に貼り付けられているが、あれはいったいどういう意味?
「そろそろ盆なのだ。こういう事だってある」
「そうですわね。あらあら、相変わらず甘えん坊さんね」
あれ? どうして私はドッペルゲンガーに抱き付いて?
「あああああああああああ!」
「それに泣き虫さん」
「やっぱり中身は変わってないな」
◆
◆
「……頂きます」
「はいどうぞ」
母が必ず朝食に作っていた卵焼き……味は……味は変わらない……記憶にある母の味だ……。
「その……どうして?」
「盆だからだ」
「お盆だからよ」
自分でもよく分からない質問をしたが、両親から帰って来たのはお盆だからという返事だ。よく分からない。
いや、心当たりがある。ついこの前の奇跡だ。それにテレビでもあれだけバチカンと連呼していた。
「一神教が?」
そう、ヒュドラ事件の30年。その三日後に起きた奇跡の日だ。
「いや違う。何でもその奇跡の日は一神教だが、これも一緒にするとバチカンに殺されるとか何とか言っていた」
「おほほ。電話がーとか言ってたわよ。何のことか分からなかったけど、テレビを見たら納得しちゃったわ」
「ああ。まあ、控えめに言っても修羅場だろうな」
全くよく分からない。いや、直接会って話した?
「会ったの?」
「ああ。閻魔の姿をしていたが、あれは違うだろうな。威厳なんかこれぽっちも無かった」
「おほほ。それはもう親しみやすそうだったわよ」
何がおかしいのか母が笑っている。威厳がない閻魔? 閻魔ってあの閻魔大王?
「我々は列に並んでいたから声も聞こえたが、パスポートの発給めんどくせええええと、机に座って判を押しながら叫んでいたな。体が見上げるほど大きかったから声も大きかったぞ。それに時折盆踊りを踊っていた」
「デジタル化しようぜとか言っていたし、声もどこか子供っぽかったわね」
「はあ……盆踊り……パスポート?」
味噌汁をすすりながら話す父だが、今日は起きているか……何が何だか分からない。
「玄関に置いてある精霊馬と精霊牛だ」
「お盆の?」
「だからお盆だ」
「お盆なのよ」
「判を押した紙が、ナスとキュウリの両方になってな。それがパスポートらしい」
両親からお盆と言われても、はいそうですかと納得出来る訳がない。
「その閻魔はそれぞれ一人一人に話していたが、我々には、娘さんが参観日だからと送り出された」
私の参観日? そうだ、今日は両親がいないから授業参観ではなく、学園長との進路相談だった。え、参観?
「という訳で、今日は授業参観だ」
「おほほほ。いつ振りかしら?」
「え?」
どうしよう。理数が壊滅的な事がばれてしまう。いや大丈夫だ。父と同じ単独者を目指していると言えば許してくれる筈。
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