模擬呪物

「諸君おはよう。昨日はすまなかった。授業参観とテストは予定通り私が担当する」


 お早いお帰りですね学園長。まあ、テストは監督官がいればそれでいいですけど、授業参観と三者面談は担任がいなければちょっと拙いですもんね。いやあ、生徒の為に一日で蠅関連を全部終わらせて帰って来るなんて、あんた教育者の鏡だよ。


「今日の呪物を解呪する授業だが、ロシア校の一部生徒も参加することになった」


 ぬあああああ匂って来たああああああ! ベルゼブブを倒して株価がストップ高のゴリラと接点を持ちたいから、何とか捻じ込もうとしたんだ!


 だがゴリラが上手で、ブラックタール帝国を代表する教材、その名も、周りの負のエネルギーを吸収して再充填できる呪物。の世界的お披露目をしようとしてるんだ!


「では今日も勉学に励んでほしい」


『はい!』


「う、うむ?」


 普段と同じようなゴリラの締めの言葉だが、異能至上主義者である西岡を筆頭に、武闘派名家と呼ばれる名家出身の生徒達から、それはもう気合の入った返事の声が上がりゴリラも困惑気だ。


 まあそりゃ、力こそパワーな考え方をしている家出身の生徒からしたら、カバラの聖人と同程度と考えられている逆カバラの悪徳。それを一対一で打倒したゴリラは、日本どころか世界ランキング一桁と言ってもいいやべーゴリラを尊敬するのは当たり前だろう。なお親父は殿堂入りである。人間で倒せるとしたら、宇宙に広がった全人類の想いを一身に受けてもぴんぴんしてる様な奴だな。ま、そんな奴おらんやろ。ガハハ。


 でも皆さん! 実は主席の俺も、蠅の懐にゴリラを送り込んだり、必殺技の邪魔をしたり、影から足を引っ張ってたんですよ! ま、俺の見立てではそんなことしなくても蠅はやられてたけど。


 ◆


「それでは解呪の授業を始める」


 やって来ました専用の解呪室。ここは解呪に必要なお札と、古今東西に存在した訓練用に使える、比較的ましな呪物が収められている。そして、実物の呪物、呪具を扱う性質上、この部屋では細心の注意が求められていいた。そう、いた。である! それはもう過去の話!


「これは模擬の呪物であるため、解呪に失敗しても呪われることは無い。安心して挑戦してくれ」


 なぜなら今この解呪室で使われているのは、俺が作成した模擬呪物だから! 安心してねクラスの皆! 解呪に失敗しても精々箪笥の角に足の小指をぶつけたくらいの痛さで済むから!


『今日はよろしくお願いします』


 ところで三人ほどのロシアの生徒さんが来てるのはいいけど、何故かプロさんも来てる。ひょっとしたらゴリラが誘ったのかもな。まあ、引率役がプロさんなら、ゴリラに対して変に政治的な行動をしないだろう。


「基本的にこういったものは浄力の専門家が対処するが、場合によっては他の異能者でも、応急対処的に札などを用いて効果を弱める、または封印することがある」


 全員の作業台の前に配置された俺特製模擬呪物。何故か東郷さんの顔が引き攣っているけど些細な問題だろう。どうも東郷さん姉妹は、俺自身の遮蔽は見破れないが、俺が作ったものはやばいと認識している様だ。清らかなタールで作られているのに解せない……。


「では訓練を始めてくれ」


「祓い給い清め給い」


「浄化せよ」


「ふん! マッスル解除!」


 橘お姉様や藤宮君など、浄力、霊力の使い手は殆ど一瞬で解呪している様だが、なんか変なの混じってなかったか? え、筋力ってそんな使い道があったんだ。


「ねえ栞、これ燃やしちゃダメ?」


「ダメに決まってるでしょ」


 反対に苦戦してるのは、繊細な作業に向かない魔法使いの佐伯お姉様だ。佐伯お姉様、不用意に壊すと余計に酷くなるのもあるから僕もお勧めしません。


「あら壊れちゃった」


 そしてお姉様は流石お姉様だ。触っただけで模擬呪物は木っ端微塵に弾け飛んだ。明らかに呪物がお姉様の霊力に耐え切れず、中の呪詛毎破壊されてしまったのだ。でも大丈夫ですよお姉様! それ器も再生するようになってるんで! あれ? その再生機能も壊れてる? 流石ですお姉様!


「あいたああああ!?」

「小指があああああ!?」

「ネイルが剥げちゃうううう!」


 マッスル以外の馬鹿達は悶えてる。ふっふっふっふ。それは精神に作用するものではないからお前達にも効くのだ!


『いったあああ!?』


 おっと、ロシア校の人たちも悶えてるな。やっぱ対人間に特化しすぎなんだって。この来ている三人、全員浄力者なのにこれだ。マジで衛生兵的な事しかやったことないんだろうな。でも大丈夫! この模擬呪物を使えば何度だって練習出来ますからね!


『うーむ素晴らしい教材だ。これらだけでも祖国から研修生を派遣するように要請せねば。ちなみにだが、最も難易度の高いものはどれ程かな?』


「って言ってます」


「ならアレを持って来よう」


 そんな授業風景を見ながら、最高難易度なモノを御所望なプロさんにうむと頷くゴリラ。そうだよな。アレだよなアレ。


「なんかヤバくね?」

「これでもかってお札貼ってるんだけど……」

「厄い予感が……」


 ゴリラが準備室から持って来たのは、お札を貼りに貼りまくった木箱。


 そう。その中身は……


「これですな。1000年モノと1500年モノを想定しています」


 現実的にギリギリ出土しそうな1000年モノと1500年モノの模擬呪物だ! なおやっぱりエジプトモノは紀元前モノが平気で出て来るから注意だ!


 プロさんもういないけど!


 何故ならプロさんは、ロシア校の生徒の首根っこを掴み、窓から飛び降りて撤退済みだ!


「厄ううううううううううううい!」


 それと東郷さんも教室から飛び出した!


 プロさん、東郷さん! まだ木箱から取り出してもいませんよ!


「うむ。自分の手に負えないと判断すれば即座に撤退して態勢を立て直す。諸君、あれが真のプロフェッショナルと言うものだ。こら東郷暴れるな」


「無理いい! あれ厄過ぎいいいいいい!」


 ゴリラが一瞬で東郷さんに追いついて連行しながら帰って来た。東郷さん、ですから僕由来の物に厄い言うの止めて欲しいです。蜘蛛君も東郷さんのお姉さんに、厄いとまだ言われ続けて落ち込んでるんですよ。


 いやしかし、プロさんマジでプロフェッショナル。全く躊躇せずに逃げ出したからな。


「感受性の強い東郷や、ロシアのプロフェッショナルは逃げたが、あれはちゃんとした訓練用のモノで触っても害はない。だがまあ、蓋を外すのは今度にしておくか」


 見せる相手がもうとっくにいないので、超難易度の教材がお披露目されることはなかった。残念。


「あれは大丈夫そうだな」

「ああ。別に害はないだろう」

「小百合ちゃん、顔がマジなんやけど」

「逃げると思ったのよねー」


 いやあ、でも模擬呪物のロシアに対するプレゼンとしては大成功だったな……だよな?

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