武■■犬■■■■ ■■■■■■ ■■■■■■■候

 吉川興経。大内氏と尼子氏の間で裏切りを重ねながらもその武勇を恐れられたが、今鎮西、つまり鎮西八郎こと源為朝の再来と呼ばれたのは、その無双の弓によるものであった。


 だから選ばれたのだ。忠に非ず。そして武芸十八般の内の八、その一つ弓術。


「ぎゃああああ!?」


 そしてそれは、頭蓋を叩き割られた仲間を見て逃げ出した男を、弓矢で壁に縫い付けたことで正しさを証明した。


「ああああああああ!?」


 一瞬の内に四肢全てを矢で縫い付けられた男は、涙を流しながら絶叫を上げる。ここだけ見れば哀れだろう。ここだけ。


『串刺し公の真似でもしてみるかって子供を串刺しにして、自分は昆虫標本にされた気分はどうだ!? ああ!? てめえが死んだら日本にご招待して、剣山地獄へご案内だ! それまでそこで震えてろ!』


 因果応報。かつて単なる遊び心で幼子を殺した屑は、今やただ死を待つだけの存在となり果てた。


「死ね!」


「おお!」


 その時、犬武者の左右にある扉が開き、中から挟み撃ちの格好で二人が襲い掛かって来た。


「ワン!」


 犬武者の雄叫びと共に輝いたのは信の文字。人を欺かないこと。


 に非ず。


「ぎっ!?」


「な、なんで!?」


 突如掻き消えた犬武者に、左右から襲ってきた者達は互いに刃を交えてしまう。それだけならよかった。彼らの背には、手裏剣が……。


『ご紹介しましょう! 信の字、飛加藤こと加藤段蔵!』


 八つのうちの一つ、忍術。


 その存在は武田信玄、上杉謙信を幻術で欺き、最後は密かに誅殺された忍び。


 加藤段蔵。


『しかもさっきの影潜りみたいに忍術のほかに手裏剣術だって使えちゃう!』


 そう。先ほどは影に溶けて凶刃を躱すと、再び現れて男たちの背に手裏剣を放ったのだ。


「ごぼっ」


『じゃあ犬君、じゃんじゃん行ってみよー!』


「わん!」


 致命傷、ではない。しかし放っておくと出血死は間違いない男たちを放っておいて、犬忍びは再び獲物を見つけるため城内を進撃し始めるのであった。


 ■


『おお! 今度は合流した奴らが真っ正面から挑んできたぞ! 犬君、多勢に無勢でピーンチ!』


『羽虫が群れたところで意味が無いのは蠅が証明しちゃったけどね』


『あっはっはっは! そうですねお姉様!』


 男達は全員異能者なのだ。当然早い。だが犬忍びは慌てず玉の一つを輝かせる。


 その字は義。正しい行い。


 に非ず。


「ワン!」


 たーん。と大きな炸裂音が響いた。


「え?」


 それは、たった一発の魔弾は、正面に展開されていた結界をぶち抜き、更には重なり合っていた男達を貫通し、更に更にその奥に潜んでいた者を撃ち抜いた。


『ご紹介しましょう! 義の字、八咫烏こと雑賀孫一!』


 八つのうちの一つ、砲術。


 その存在は義の対極。欲望の追求、利。傭兵として各地を転戦し、対価を貰い受けた男。そして最期があまりにも不確かな存在。


 雑賀孫一。


 その魔弾に、貫けぬモノなし。


「【超力砲】!」

「【魔狩慣手】!」

「【魔槍疾走】!」


 だがまだ獲物はいる。


 一人は飽き飽きする超力の念弾。一人は魔の力を宿した貫手。一人は邪悪な魔槍。


「ワン!」


 玉が輝く。その字は智。知識豊富。


 に非ず。


「ぎゃっ!?」


 飛来した分銅が超力者の頭蓋を粉砕した。


『ご紹介しましょう! 智の字、知識豊富を変じて知られていない者! いたのかいないのか! 宍戸某!』


 八つのうちの一つ。鎖鎌術。


 その存在は正体不明。宮本武蔵の伝記、二天記に存在する鎖鎌の使い手。ただそれだけ。そもそも実在したのかすらも不明な男。だが今この場には、間違いなく、いた。


 宍戸某。


「なあ!?」


 なぜなら男の頭蓋を粉砕した分銅は、そのまま槍の男を絡めとり引き寄せたからだ。


「ワン!」


 再び輝くは仁の字。人を思いやる事。


 に非ず。


 引き寄せられた槍の男は、槍に突き刺された。全く持って呆気なく男の体を貫通する。


『ご紹介しましょう! さっきからこればっかりだな。仁の字、鬼武蔵! 戦国で一番やべー奴! 森長可もりながよし!』


 八つのうちの一つ、槍術。


 その存在は、軍規違反は当たり前。味方の関守も門番も気に入らないとぶっ殺し、嘘か真か鉄砲の的として人間に点数を付けたと言われる始末。そして最期は戦場に散った。


 森長可。


「ワン!」


「くそがああああああああ!」


 その愛槍。人間の骨など感じない。人間無骨で突き刺した男を両断すると、最後の一人の貫手を躱しながら、玉を光らせ……



 一刀に両断した。



 その字は孝。親を敬う。


 に非ず。


『ご紹介しましょう! 孝の字、親を敬うを変じて、子を蔑ろにする! 大樹、征夷大将軍! 足利義輝!』


 八つのうちの一つ、剣術。


 その存在は、武家の棟梁。全ての武家の親同然。しかし、成したのはその逆。三好氏を排除するため幾内に混乱と戦乱を巻き起こし、最後は謀反に斃れた。だが仇名は剣豪将軍。そう、剣豪塚原卜伝から、秘剣一ノ太刀を伝授された者なのだ。


 その秘剣が煌めいた。


『いっけね!? 説明してたから見てなかった! 犬君もう一回! もう一回一ノ太刀やって! お願い! え? それより探さないと? ちょっと待って一ノ太刀ってどんなのおおおおお!?』


「ワン!」


 輝く玉に悌の字。親、兄姉、年長者を敬う。


 に非ず。


『もうそこには誰もいないけどご紹介しましょう! 悌の字、疎まれた弟! 源義経!」


「ヒヒーン!」


 馬が現われた。


 八つのうちの一つ、馬術。


 その存在は、武将としては素晴らしかった。それは間違いない。だが、政治が出来なかった。独断専行、東国武士への配慮の無さ、無許可の官位受託、そして時の後白河法皇の暗躍。それら全てが重なり合い、最期は朝敵として討たれた。


 源義経。


 逸話は当然、一ノ谷の戦い。鹿が降りて馬が降りれぬ道理なし。犬武者はひらりと馬に跨ると、残った獲物を求めて城を疾駆するのであった。


 そしてすぐに見つけた。なにせ元は犬。人間では理解できない嗅覚で、はっきりと緊張、恐怖で発汗した汗の臭いを感じ取ったのだ。


「ひっ!?」


「ワン!」


 倉庫の扉を両断し、隅に隠れた男をそのまま膾切りにする前、最後の一つをテストしていなかったことを思い出した犬武者は、その力を発動した。


 輝く玉。その字は礼。身分階級の道徳的模範。


 に非ず。


「ひいいいいいいい! ぎゃ!?」


 怯えて逃げ去ろうとした男の足には、長刀が突き刺さっていた。


『ラストおおおおお! ご紹介しましょう! 礼の字、五条大橋の怪人! 破戒僧! 武蔵坊弁慶!』


 八つの内の一つ、長刀、もしくは薙刀術。


 その存在は、仏門、仏の道にいながら武器を持って人を殺めし破戒僧。しかし忠臣として源義経に仕えるも、最期は全身に無数の矢を受けながら、それでも倒れ伏さず仁王立ちで果てた。


「ひいいいいいい!?」


「ワン!」


「うぎゃ!?」


 その犬僧が、なおも逃げる男の足から長刀を引き抜くと、次はその胴を突き刺し地面に縫い留めた。


 これぞ、仁に非ず・義に非ず・礼に非ず・智に非ず・忠に非ず・信に非ず・孝に非ず・悌に非ず。


 そしてついにゲームは終了した。


『ゲーム終了おおおおおおおおおおおおおおお! なんていうと思ったかこの腐れ吸血鬼がああああああああああ!』


「ば、馬鹿な!?」


『霧に、靄に、闇に変わろうがこの俺が! この、この我が! 見逃す! 筈が! 無い! だろうが! 遊びで幼子を突き殺すことを提案した張本人! それを! ああ!? そうだろ!? 犬君やっちまえ! 死ね! 死んだ後は血の池地獄だ! 弥勒が来るその時まで、いや! 未来! 永劫!』


 ぎょろぎょろと動いていた城中の目が真っ赤に血走ると、自身を影に変じてこの死地を逃れようとしていた吸血鬼が、全く理解不可能な力で犬僧の元へ連れてこられた。


「ワン!」


「【血死の矢】!」


 地獄の底から響く声と、怒り狂った青年の様な声が混じり合い、それに応えて犬僧が駆け出す。


 だがこの吸血鬼は、ベルゼブブの信奉者の中でも最も腕が立ち、そのベルゼブブを除けば組織において最強とまで称された男だ。吸血鬼は素早く人差し指を己の牙で切り裂くと、犬僧に向けて指を差し、そこから大鬼さえも一撃で破裂する血の魔弾を発射した。


『い、犬くーん!?』


 何の偶然か、焦って狙いが甘かったのか、よりにもよって向う脛。


 そう


「くぅん……」


『弁慶の泣き所を撃たれたらそりゃやられちゃうよ! なんたって今の犬君は弁慶なんだから!』


『ぷふふ。ぷぷぷ。ぷふううう。べ、弁慶が、弁慶のぷふふふふ。だ、だめ。もう無理。ぷぷ』


 弁慶の泣き所にぶち当たってしまった犬僧は、哀れにも消え去ってしまったのだ。


『ぷふ。きゅ、吸血鬼、ぷぷ。興味あったから、ぷふう。私が始末、ぷ。するわね。ぷふ』


『はい行ってらっしゃいませお姉様! あいてっあいてっあいてっあいてっ。でへへ』


『な、何番か、ぷふ。リクエスト、ぷす。あるかしら? ぷぷ』


『じゃあ四葉の四で! あいてててててててててて。でへへ』


『よ、四ね。じゃあぷふうううう。火、火ね』


 それはもう我慢している笑い声が城中に響く。


「ゲームは終わった筈だぞ!」


『え? まーだそんな事言ってるんですか? 俺っちクリア条件なんて言ってないじゃないっすか。もうやだなあ』


 吸血鬼は、何処からか自分を見ているはずの存在に向かって、部屋中をぐるりと見渡しながら叫ぶが、心底不思議そうな声が返って来るだけである。


『という訳でお姉様にって、あ、犬君まだ頑張るみたいです』


『あ、あらそぷふうううううう』


「このくたばりぞこないがあああ!」


「ワン!」


 消え去った筈の犬は、最初と同じようにオリエンタルな甲冑。日本の武者甲冑を来た状態に戻り、最後の切り札を切った。


「ぐあっ!?」


 吸血鬼にとって忌むべき強い光が走り、犬武者の周りに浮かんでいた玉全てが回転し……


 一つとなって


 人


 の文字が浮かび上がる。


 そして最後に必要な認証キーが犬の口から……


「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候」


 認証された。


『最後の最後! ご紹介しましょおおおお! 人の字、武士の本分はただ勝つ事のみ! あさくぅらぁああああそぉおぉおおおおおてぇきいいいいい!』


 総勢数十万の加賀一向一揆を一万で打ち破った朝倉氏の軍神。


 しかし、武芸十八般のどれにも当てはまらない。が、敢えて言うならば、


 帥術。


 とでも言うべきか。


「ワン!」


 明らかな老犬となった犬武者の咆哮で、人の文字で輝く玉が八つに分かれる。


 当然文字は


 仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌


 そして現れたるは


 森長可

 雑賀孫一

 武蔵坊弁慶

 宍戸某

 吉川興経

 加藤段蔵

 足利義輝

 源義経


 の力を宿した犬達


 そして


 朝倉宗滴


 八つの武を統べる帥の能力。


『犬君の真の姿! 群れる犬なら当然! そう、犬君は群体型の対人式符なのだああああ!』


「ワン!」


「ああああああ!?」


 老武将がその軍配を前にする。


 槍が

 鉄砲が

 長刀が

 鎖鎌が

 弓が

 忍術が

 剣が

 馬が


 吸血鬼の体を粉砕した。


 これこそが、武芸十八般の内の八、八つの魂、それを統べる九番目


 人に


 非ず

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