幕間 新米教師田中の憂鬱1

「俺あの時現場にいたけど、いや凄いのなんの」

「ベルゼブブだぜベルゼブブ」

「学園長マジやばかった」


 竹崎がベルゼブブを打倒した次の日、勿論学園でもその話題で持ちきりだった。その時現場に出動していた最上級生たちを中心に、竹崎の武勇伝はあっという間に広まったのだ。


(ああ胃が……)


 だがそんな学園の中で、その話題どころでない教師が一人いた。


 男の名は田中健介。この学園を卒業したOBで、教員免許を所得して帰って来た教師である。生まれは中の下辺りの名家、卒業時の成績は中の下。特技は四系統を中の下だが何とか全て使える事。だが藤宮雄一の様に、四系統一致など夢のまた夢。


 ではそんな彼がどうして胃痛を覚えているかと言うと、


『田中。私が帰ってくるまで、一年A組の臨時教員を任せる』


(なんで僕が急に推薦組の臨時教師だなんて……)


 なんと竹崎に、一年A組の臨時教員を任されてしまったのだ! 邪神がいるわ、学園の単独者に未だにケンカを売ろうとしているその妻はいるわ、扱いがとんでもなく難しいゾンビたちがいるわ、はっきり言って罰ゲームとしか言いようがない一年A組のである!


 勿論田中は邪神云々な事は知らないが、それでも新米教師が推薦組、しかも異能の東西南北と言われる名家は揃い踏みで、今は姓が違うが名家の事実上のトップ、桔梗までいているクラスなのだ。臨時とはいえ担当なんてあまりにも難易度が高かった。


 これには当然訳があり、竹崎の懸念は、まあ幾つもあるのだが、最大の懸念が、中途半端に実力があって気位のある教師が、貴明にちょっかいを掛けないかという懸念である。残念ながら、マンモス校である異能学園で、しかも異能の教師となると非常に数が限られるため、竹崎としてもある程度教員の質については妥協せざるを得なかったのだ。なお、最近竹崎が人事で最も頭を悩ませている、一神教系の教師は全く見つかっていない。匙を投げる寸前である。


 ともあれ貴明は普段の実技がてんで駄目で、訳ありだと念を押したとしても、その懸念は完全に無くなりはしない。しかも、ベテランは小夜子が喧嘩を売るので誰もやりたがらないし、貴明もどう反応するか分からないので、竹崎もまずいと思っていた。


 ではどうするか。一日で絶対に、絶対に色々終わらせるので、その一日だけ自分が釘を刺したら深々と突き刺さり、かつ変な意識がない者、そして小夜子が特に興味を抱かない存在。つまり、新人の田中が適切だったのだ。


 漢竹崎重吾。騒動の芽は根っこから穿り返し、例え成長しようとしても、その阿修羅の拳で圧し折りまくる事であろう。まさに教育者長の鏡。学園の平穏の維持に余念がない。絶対に騒動は起こさせないという鋼の意志を感じる。あまりにも有能と言わざるを得ないだろう。


 1人の犠牲者を出してしまったが、まあ致し方ない犠牲と言う奴である。


(うう……)


 その犠牲者にとってはたまったのもではなかったが……。


 ◆


「やっぱり機転とか判断って言うのは大事だよ。ボクら、貴明マネが逃げろって言っても、全然反応できなかったじゃん」


「確かにその通りね」


「ああ」


 そんな哀れな犠牲者が来る少し前の一年A組では、チーム花弁の壁の面々による昨夜の反省会が行われていた。なお四葉夫妻は少しロシアに旅行に行っていたので、かなりギリギリな起床時間になってしまい、まだ来ていない。


「だがこれについては実戦あるのみ。経験を積むしかない」


「そうなんだけどねえ」


 なお貴明の見せた必殺技、ゴリラが必ず殺す技については、彼が訳ありで、今まで見たことも聞いたこともない結界術であったため、三人とも暗黙の了解として他言していなかった。


「ぎ、ギリギリセーフ!」


「ゆっくり行ってもよかったのに」


「いやあ、僕主席ですし、学園長からも不在の間は頼んだって言われましたからね!」


 もう予鈴が鳴るというタイミングで、貴明が両手を広げながら、その後ろから小夜子が教室に入って来た。


 眠たいからサボるという選択肢があったのだが、根が変に真面目な貴明は、何とか目を擦りながらやって来たのだ。もし竹崎がいれば、普段なら感心だと頷くのだが、今日だけは別にサボっても、いや、教師とあろうものがそれではいかんだろう。いやだが……と、大いに悩むに違いない。だって人間だもの。


 その上貴明は、竹崎から不在の間は、主席としてクラスを頼むと言われたからには、遅刻なんてもってのほか。まさに竹崎の自業自得である。


 だが実際のところ竹崎は、戦いにおいて殆ど主義主張思想思考が同じ貴明がクラスにいてくれるなら、新米教師を十分サポートしてくれるだろうと、確かな信頼も寄せていた。やはり結局は仲良し。ツーカーの仲。親子論もむべなるかな。


「やあお二人さん。貴明マネは大丈夫かい?」


 飛鳥が貴明に声を掛ける。栞と雄一も心配そうだ。昨夜、謎の結界術を使った貴明は疲労困憊と言った様子で、かなりの無茶をしたことが分かっていた。


 勿論ここでも彼らは結界術の事は口に出さない。訳ありの訳とは、学園内で非常に重いものなのだ。まあ、邪神の息子と言う訳は、とびっきり重たいのに間違いないが……。


「勿論元気一杯ですとも!」


 そんな彼らに、今にもサイドチェストしそうなほど元気に返事をする貴明。実際怨念パワーと言うほぼ無限のエネルギーを動力としている邪神ジュニアは、これっぽっちも疲れていなかった。なお邪神パパの方はその無限エネルギーそのものと言っていい。そんなものにうっかり触ってしまった学園長を可哀想と言わずなんと表現するのだ。


「そりゃよかった」


「本当にかしら?」


「ああ。貴明はやせ我慢するタイプだ」


 だが三人とも半信半疑である。短い付き合いだが、まさに貴明がやせ我慢するタイプと見抜いており、今も平気な振りをしているのではないかと疑っていた。が、今回は全く杞憂。


「み、皆さんそろそろ席についてください」


「あれ?」

「ん?」

「誰?」


 その時クラスに入って来た者こそ、哀れな犠牲者、生贄の羊、致し方ない犠牲こと、田中健介であった。が、クラスの生徒にすれば、誰だお前? となるのは当然である。


「あ、学園長が忙しいので、一日だけ臨時で先生が来るみたいです。田中先生よろしくお願いします!」


「は、はいよろしくお願いします」


 貴明は事前に竹崎から電話があったため、戸惑っているクラスメイト達に説明しながら、率先して田中を先生としてよろしくお願いしますと挨拶する。慣れていない新米の、先生としての立場、権威を確立するためである。


 主席としてまさに竹崎の期待通りの行動。裏でコソコソするのが好きな事を除けば、まさに模範的主席。


(な、なんていい生徒なんだ)


 これには田中も感動した。が、忘れてはいけない。田中が急にこの名家オンパレード、厄ネタ満載の面白パンドラボックスのクラス、バンドラボックラスを任されたのは、ほぼほぼそのいい子ちゃんに原因があるという事を……なお残りの原因の全ては竹崎である。


 こうして、田中のとんでもない一日が始まろうとしていた。


 最初の…………

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