幕間 漢学園長竹崎重吾

『伊能異能学園学園長、竹崎重吾が逆カバラの悪徳、ベルゼブブを打倒する!』


 極一部の例外を除いて、次の日の朝刊に踊った言葉を要約すると大体このような事になる。


 逆カバラの悪徳。長らく都市伝説の域を出なかったが、カバラの聖人が実在したため、一気にその信憑性が増してきたところ、伊能市内で、それも大勢の目撃者がいる中ベルゼブブを打倒したのだ。新聞に載るのは当然であった。


 余談だが、貴明の父親が愛読しているスポーツ新聞はそのごく一部の例外で、今日も贔屓の野球チームの事情を見て唸ったり喜んだりしていた。


『いや、やはりというか、まさかと言うか。逆カバラ、実在していましたか』


『はい。仰る通り、その存在はバチカンが言っているだけでしたからね。しかし、実際の映像が無いのはなんとも悔やまれます』


『そうですね。怖いもの見たさですが、見てみたかったです。では話を移して、今回の主役、伊能学園学園長、竹崎重吾さんについておさらいして貰いましょう。お願いします』


『はい。今から遡る事四十年ほど前、竹崎氏が十代前半の頃、一般の生まれながら偶然出くわした妖異を撃退。ですがその時竹崎氏は異能の事について全く知らず、無意識に霊力を扱っていたようで、後に一部から神童、麒麟児などと呼ばれるようになります』


『はあ、普通の中学生だったんだ』


『当時はまだ異能が公表されておらず、また異能社会とも殆ど繋がりが無かった竹崎氏は、ほぼ独学で異能を習得し、これまた一部から、仏教用語で一人で悟りを開いたもの、独覚と呼ばれるようになります』


『凄い人なんですねえ』


 なおテレビでは、ずっと竹崎の事ばっかりやっている。プライバシーも何もあったもんじゃない。なおなお、この紹介の大体十年後、竹崎が20歳代の頃に、匙を投げる寸前の異能研究所に招集され、唯一名も無き神の一柱と運命的な出会いを果たしている。学園長可哀想。


『【阿修羅塵壊尽】!?』


『おお! まさか俺の体をぶち抜けるとはやるね竹崎君!』


 しかも相手は何やっても死なない上、なまじ竹崎に実力があったせいでぶち抜いてしまったのだ。唯一名も無き神の一柱の体、この世どころか別世界含めてありとあらゆる怨念呪詛を直に腕で触ってしまい、しかも隙間から深淵なんて生ぬるいナニカがじっと竹崎を覗いてる始末である。そりゃトラウマになるってもんである。


 やっぱり学園長可哀想。


 さて当然だが、逆カバラの悪徳の討伐に成功した異能学園学園長、竹崎重吾に暇が出来るはずがない。目撃者が大勢いたこともあり、隠し通すことも不可能だった。そのため異能研究所だけでなく、関係各所への報告や、政府関係者との面会もあったりと、それはもう多忙であった。


(ええい! 早く学園に戻らねばならんと言うのに!)


 その竹崎の脳裏に思い浮かぶのは、勿論学園の事。もっと言うなら自分のクラスの生徒2名。主席四葉貴明と、その妻四葉小夜子の事である。


(貴明には主席として私が不在の間、クラスを頼んだと言っておいたから大丈夫のはずだが、小夜子が退屈になり始めると、どんな化学反応を起こすか分からん!)


 流石はクラス担当。生徒である四葉夫婦の事をよく分かっている。実際貴明は、へっ。仕方ないっすね。まあ任せてくださいよ。何といっても主席ですからね。しゅ!せ!き!とばかりにいたのだが、お姉様事、小夜子が退屈ねと言いだしたら、その懸念通り何を仕出かすか分からなかった。例えば……学園の式符が勝手に改造されていたり。まあこれはよくある事なのだが。


 そのため竹崎としては、一刻も早く学園に戻る必要があった。


 pipipipipipi


(ぬお!?)


 何故か、そう、何故か電話の音に敏感になっている竹崎。だが今回はメールであった。


(今度はこれか! 元より興味はないし、今それどころか!)


 メールの内容は付き合いのある名家からの縁談の内容であった。元々、特鬼である強き猿と相打ちになってから名家の縁談攻勢は強かったのだが、カバラの悪徳、それもベルゼブブなんて分かりやすい超越存在を打倒したものだから、最早名家たちはなりふり構わずお見合い写真を送りまくっていた。もしうっかりお邪魔しようものなら、そのまま布団の敷かれている部屋に案内されることだろう。


 だが竹崎にしてみれば、とんでもなく大きなお世話な上、実際に会ってみれば非常に優等生であったが、それでも全人類を呪殺できる唯一名もなき神の一柱、その息子である貴明のクラス担任をしているのだ。それどころではないというのは、まさにその通りだろう。世界の命運の一部を握っていると言っても過言ではないのだ。


「竹崎様、記者会見の準備が整いました」


「分かりました」

(猿と戦う方が余程ましだ……)


 漢竹崎重吾。今度の敵は書類だの記者だので、果ては勲章まで授与することがほぼ内定していたが、そんなものを相手にするくらいなら、学園地下で特鬼の中の特鬼。いや、更に進化した阿修羅状態では、最早別のカテゴリー、世鬼の下、特鬼の上の新たな危険度を設けなければいけない程危険な存在と戦う方がましであった。


 そしてこの超が付くほどの忙しさの中、竹崎はほんの一瞬だけ忘れてしまった。


 ロシア校が帰ればテスト期間。もっと言うならその手前に…………


「うーん。この顔とかどう? 名家の人たちをびっくりさせない様変装しなくちゃいけないんだ」


「私はあなたを好きになったんですから、顔なんか気にしたことないですよ」


「洋子……」


「あなた……」


 田舎でイチャイチャしている夫婦。


 そう。大邪神がやって来る授業参観があったのだ!!!!!!!!!!


 やっぱり学園長可哀想。

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