だだだだいいいいいいににににににに ■■の皇■■ド■

「あ、ヨボヨボになってますね。大丈夫ですかベルゼブブ様?」


「なんだと!?」


「あら本当。随分萎れちゃってるわね」


 どっかの山の中で、ぜーはー言いながらも、何とか生きてる事を喜んでいたベルゼブブ様が、親切に話しかけられて驚いている。いや、ほんとに皺くちゃになってるな。まあ一遍死んだようなものなんだ。そりゃ萎れるか。


「いやあ、生き汚い悪魔でしかも群体型のベルゼブブ様が、どこかに核となる予備の虫を準備してない訳ないと思って、こうやって様子を見に来てあげたんですよ」


 案の定だ。普通群体型と言ってもそんなことは出来ないが、極まった群体型のベルゼブブには、別の核の虫をどこか安全な場所に保管して、万が一自分がやられたら、またその虫を使って復活する事が出来るのだろう。


「どうやってここに!?」


「え、今聞くことそれですか?」


 感覚的にはロシアのどっかだと思うんだけど、俺達がここにいることが余程気になるらしい。いやあ、空が綺麗だなあ。冷たい空気だと気のせいか星も澄んで見える。


「いやだって、ベルゼブブ様、僕の事を見たじゃないですか」


「なに!?」


「だーかーら、そんだけ恨みもつれで僕の事を認識したんですから、もうどこにいようが僕はベルゼブブ様の事分かるんですよ。まあ見てなくても僕が認識したら同じなんですけどね。これが日本で言うところの、袖振り合うも他生の縁。と言う奴です」


 お互い知ったからお邪魔した。うむ。実に分かりやすい。


「何を訳の分からんことを!」


 でも理解してもらえなかったらしい。あれえ?


「お姉様、分かりにくかったですかね?」


「ボケちゃったのよきっと」


「ははあなるほど」


 お姉様もこう言っている事だし、悪いのはベルゼブブ様の方だな。うんうん。


「いやしかし、見た時から言おうと思ってたんですけど、見事な恨まれっぷりですね! ふむふむ。生きながら食われて。あなたも? あなたもあなたも? あなたもあなたもあなたもあなたもあなたも? しかも真っ黒だ。みーんな正当性ある恨み。ただの普通の人たち。はっはっはっは! あっはっはっはっは! どうして!どうしてだ!? ああ!? 六日も七日もあって光あれと呟く暇があったら、ついでに正しき報いあれと言えばよかったんだ! そうすりゃ俺も親父も必要なかったのに!」


「あら、私はあなたに会えたからよかったわよ?」


「ありがとうございますお姉様! 僕もです! でへへ」


 これがおしどり夫婦って奴なんだな! そうに違いない! でへへ。


「まさかまた竹崎重吾を呼ぶつもりか!」


 え、ゴリラ? なんでここでゴリラの話になる?


「ちょっとお疲れですかね、話に脈絡がないですよ? あ、はっはーん。時間稼ぎですね。学園長にボコられてお疲れですもんね。あ、まさかのそのせいで、学園長の事が頭から離れられなくなったとか?」


 あんだけドギつく殴られたんだ。そりゃお疲れだろう。ついでに何か目覚めちゃいけないものに目覚めてそう。ぷぷぷ。


「貴様っ! よかろう! 今度は油断も何もない! 竹崎重吾を貪りつくしてくれるわ!」


 ぷぷぷ。油断も何も、普通にやられてた上に、それを含めてゴリラならしゃべってる暇があるなら殴れって呆れるぞ。


 しかし、俺がゴリラを呼ぶと思ってたのか。


「いやあ、学園長との約束は果たしましたし、お悩み相談係としてはやっぱり自分でもお仕事しないとなあって思いましてですね。はい」


「【覇翅の蠅王】! 今度はあの小癪な結界など通用せんぞ!」


 最初から変身して空へ飛び立つベルゼブブ様。全く話を聞いてくれない。


 しかし、どうやらプロレスリングに放り込まれて、ゴリラにスリーカウント食らわされたことを根に持ってる様だ。今度こそ自分の得意な距離で戦うという強い意志を感じる。


「考えたんですよね! 群体型の極みであるベルゼブブ様と戦うならどうしたらいいかなって!」


「ごちゃごちゃと! 死ね!」


 視界を埋め尽くす羽虫の群れ。


 美味しそう美味しそう美味しそう美味し食べたいな食べたいな食食食食飢飢飢飢飢飢飢飢飢飢飢


「そして思いつきました! ならその上、極みすら霞む、頂点! それが相応しいって! そう! 群体型の頂!」


 だだだだだだだああああああああいいいいいいいいいにににににににに


「実は第二形態の本来の使い方じゃない裏技なんですけどお見せしましょう! 我が身こそ人の想い! 人の願い! その依り代! その化身!」


 第二形態封印変身解除


 札と紙垂が、その封をした筈の下から零れ出た呪詛によって燃え尽きる。


 封が解ける。


 注連縄が解ける。


 結びが溶ける。


「コケ脅しの草人形がああああああ!」


 しかし草人形とは。


 貧相な蠅には分からんか。


 注連縄の下から現れたるは。


 手あり足あり肘あり膝あり、顔は無し。眼だけが燃ゆる深紅。


 編まれた隙間から漆黒の呪詛が溢れる藁人形の依り代。


 これこそ我が第二形態




  化身アバター




『人の想像空想概念思念を束ね我が身を持って依り代となす』


 第五のラッパなど不要。その想像は食う。空想は食う。概念は食う。思念は食う。食う食う食う食う食う食う。


『変身』


 現れた。





 蝗として






「あ?」


 まさしく呆けた声を出す蠅の王、その契約者。


『"破壊の場"、"滅ぼす者"、"奈落の底"。さて、貴様は私を何と呼ぶ?』


 最早我が体は藁人形に非ず。


 第二形態の裏技。全人類の想いを形作る。


 群生相の黒と、孤独相の緑が混じり合った色合いの蝗人間。そして頭には冠。それが今の我が姿。


 その名は虫の皇。


「まさかああ!? "アバドン"かあああああああああああああ!」


『いかにも。我が名はアバドン。奈落の皇也』


 羽虫の集合体、群体型など笑止千万。真なる群体型はアバドンにこそ相応しい。


『【蝗皇こうおう洪水こうずい】』


「お、お、おおおおおおおおお!?」


 我が体から飛び立つ。


 一が


 十が


 百が


 千が万が億が。


 蝗が、天地を埋め尽くす蝗が、夜空に相応しくない蠅とその眷属の羽虫共に飛び立つ。


『キイイイイイイイイイイイイイイイ!』


 毒の針など必要ない。ただその口でもって食らうのみ。食って食って食い尽くせ。さあ、食うのだ。


「アバドンの契約者なぞ聞いたこともない! 貴様一体!?」


 一方的に眷属が食われるどころか、既にその身にすら危ういというのにまだ話す気があるのか。ゴリラがいればやはり無言で殴り掛かるだろう。


『邪神だよ紛い物』


 貴様の様な嫌々堕天したものとは違う。真の邪神。


「もう。私の夫でしょ?」


『はいそうですお姉様!』


 いっけね順番間違えちった! でへへ。はい。ついでに邪神やっとります。本業はお姉様のお、お、夫です!


『あ、ベルゼブブ様落ちちゃいましたね』


「やっぱり面白みがないわね」


『そうですね!』


 蝗たちに食い散らかされた蠅が落ちてきた。ざっこ。ヨーロッパ全土を蝗で覆いつくす、アバドン黙示録フォームすら必要なかったぞ。


「あの蠅どうするの?」


『お姉様何かに使います? ほら、殺虫スプレーのテストとか』


「気持ち悪いしいらないわ」


『じゃあ僕が食べて永遠に蝗に食われるコースですね!』


 お姉様が肩をすくめられた。確かにあんなキモイ蠅で何かする気にはならない。という訳でベルゼブブ様、もうええわ。蠅は俺が食って異空間に収納。そのまま蝗のご飯コースだ。


『あ、いましたいました』


「あのゴキブリとどっちがしぶといかしらね。ふふふふ」


『奴は明日か明後日には燃えるんで……あ、戻りましたね』


 ピクピクしてる蠅野郎が人間形態に戻った。


「た、助けてくれ……」


 俺達に手を伸ばしてくる老人。


 なんて……


 哀れなんだ……。


「……分かりました。もう二度と罪なき人を傷つけないと約束してくれるなら……今回は……見逃します」


 俺も姿を人間形態に戻して彼に最後のチャンスを与える。


 人は……過ちをやり直すことは出来なくても、悔いることは出来るのだ……。


「ち、誓う! もうそんなことはしない!」


『あ、でもお腹減っちゃって。では頂きます』


「え?」


 ぱくり


 三大欲求は気分で変えられないから仕方ないね!


 おっと、足首から下が残ってる。もぐもぐごっくん。うーん。いまいち。


「帰ったら口直しに何食べたいかしら?」


『か「からあげ?」!?』


 さ、流石はお姉様だ! 俺の食べたいものが完全に筒抜けだった!


 でもお姉様の唐揚げ。かーらーあーげー! いえーい!


「ふふ。マヨネーズとポン酢とレモン。どうする?」


「………ちょーっとだけ!」


「ふふふ」


 塩コショウ教徒に変わりはない。でもちょっとだけ、ちょっとだけなら……!

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