青春の一幕 放課後
うーんおかしいな。学園長へ度々親父に電話を掛けさせたから、親父が単なる中年なのは分かっているはず。興奮するのは野球中継見ている時くらいで、農作業が終われば後はぐうたらしてるだけだ。ああ分かったぞ。顔を変えて来る事を伝え忘れたから、名家の皆さんが親父に会ってパニックになる事を心配したんだな。
「今日はありがとう。心底助かるわ」
「いいえ! 橘お姉様のお役に立てるなら本望であります!」
おっといけない。ゴリラの事なんてどうでもいいわ。それより今は、橘お姉様のお部屋に現れたという世界の敵、ゴキブリ退治の事だ。
ゴリラに親父が来ることを告げた後、向かうは橘お姉様が借りられているというマンションの一室! よく考えたら余所の女性の部屋に入るとか初めてじゃね? ど、ドキドキしてきた。
「ふふ。飛鳥と一緒に頑張ったらどう? 学園長もそう言っていたじゃない」
「退治は出来るでしょうね。部屋ごと消し炭で」
お姉様に揶揄われる橘お姉様だが……今日の授業を見ているとその可能性はある……。中途半端に小さなゴキブリだと佐伯お姉様は逃げるのではなく、プッツンしてその火の魔法を炸裂させる恐れがあるのだ。
「じゃあ馬鹿の方は?」
「馬鹿言わないで。明日には私があれを一人で退治できないって学園中に広まるわ」
訓練を通して橘お姉様が付き合いのある、もう片方の助っ人になりそうなおばはんメンタルこと、馬鹿の紅一点こと如月優子だが、奴は助っ人どころか、ねえ聞いてよ。橘ってばクマさんのぬいぐるみを一杯置いた部屋でゴキブリにキャーキャー言いながら逃げ回ってたの。と、話に尾ひれを付けまくって話回るだろう。つまりユダだ。
それにしても橘お姉様はどこにお住みなんだろうか?
「着いたわここよ」
はて? ここ? すっごいビルだけどなんだここ?
「あら。中々いい所に住んでるわね」
「推薦組は上級生も合わせて結構ここにいるわよ」
へー。皆ここに住んでるんだー。
え、ここ!? どう見ても超高級タワーマンションなんですけど!? ここに名家の皆さん住んでるんすか!? 首どころか背も仰け反らないと上が見えないんっすけど!
「ゴキブリはどこにでも沸くって事ね」
「本当よ。全く忌々しい……」
いやあ、流石はお姉様だ。お姉様のご実家もご実家で、すっごい和のお家だったから平然とされている。
「さあ入って」
入ってと言われましても、ここ俺みたいな田舎者が入っていい場所なんですかね? 入り口でブザーとか鳴ったりしません? 田舎者センサーとか。
入り口に入ると……ここほんとにマンション? なんかの高級ホテルのロビーとかじゃないっすか? 床とかピカピカつるつるで足を踏み入れるのも恐れ多いんですが……。
「今更だけど、お願いだから私の部屋の事については何も言わないでね……本当は片付けたかったんだけど、急な事だったから……」
「勿論です! 帰ったら何も見てませんし聞いてません!」
エレベータに入りながら橘お姉様にお願いをされた。当然女性の部屋にお邪魔するのだ。俺が帰りに一歩外へ出たら、記憶喪失になる予定である。
「ここよ」
すっげえ。部屋に入り口、鍵じゃなくてカードキーなんだ。しかも静脈認証もついてる。ついでに僕が色々呪っておきましょうか? ストーカーが裸踊りで外に飛び出すのとか。バレない様にこっそりやるか? やっちゃうか? やっちゃった。何かあったら遅いからな。うんうん。
「それじゃあ……お願いね」
ドラッグストアで買った防ゴキブリグッズを持ってお邪魔する。ついに開けられた橘お姉様のお部屋にドキドキだ! といっても橘お姉様の事だから、きっと妖異の資料で一杯な資料室ううううううう!?
「なるほどね。これじゃあ馬鹿は呼べないわ」
お姉様が面白げに呟いた。
玄関から出迎えてくれたのはでっかいクマさん人形! リビングで迎えてくれたのもジャンボクマさん人形! ソファに座っているのもジャイアントクマさん人形! ついでに至る所にフリフリな可愛らしい装飾!
た、た、橘お姉様は!
可愛らしい女の子だったんだああああああああああ!
って当然だな。だって女の子だもん。
むむむ! 本題を忘れていた! この気配確かに感じるぞ! 人類の天敵にして絶対悪! ゴキブリの存在を!
おっと、先にベランダの窓を開けてっと。
そこだ! これまた豪華な台所の隅!
(キッモ!? なんやなんやサブいぼ立つわ! こんなとこおらへん! 退散!)
(おえええええええ!)
(くっさ! なんやこの臭い!? ヤニすっとる中年より臭いやん!)
(ゲロゲロゲロ!)
こ、このゴキブリ共があああああ! 精一杯生きてるだけだから見逃してやろうと思ってたけど呪うぞコラ! つうかお前らの話方って皆そうなのか!? 大阪出身なのか!?
カサカサと開けた窓から空中へ飛び立つゴキブリ共。下から見てる人がいたら阿鼻叫喚だろう……。卵の気配は……奇跡的に無いな。
「橘お姉様! 任務完了であります! ってあれ?」
「ぷふ。一瞬でトイレに逃げたわよ。ぷふふふ。私でも見失うくらい早かったわね。ぷふ」
振り返ると橘お姉様がいないが、お姉様がくすくす笑ってトイレの方を指差している。
ど、どうやら橘お姉様は、現れたゴキブリ共に耐えかねて逃げ出してしまったらしい。
「橘お姉様もう大丈夫です!」
「本当に? 本当の本当?」
「本当の本当に本当です!」
ドア越しに橘お姉様に報告する。間違いなくゴキブリ共の気配はない。我ながら完璧な仕事ぶりだ。過程はあれだけど……。
「……ありがとう貴明君」
顔を真っ赤にした橘お姉様が出てこられた。ふっお安い御用ですとも。
「少し待ってて。お茶を出すわ」
「ありがとうございます!」
本当は長居しない方がいいんだろうけど、橘お姉様も何かしないと面子があるだろう。決して橘お姉様のお部屋でお茶を飲みたいから、と言うわけではない。うむ。間違いない。
「しまったわ……たまに飛鳥が来るくらいだから何もない……」
冷蔵庫を覗いた橘お姉様がそう呟かれた。た、橘お姉様……。
「ぷふ」
あ、お姉様マズいですよ! そんな思ったよりポンコツねって笑い方は!
いえ、あなたもそう思ったでしょって目を向けられても、僕何のことだかさっぱり分かりません。ええはい。
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