死の森2
『ルカ、無事だったか』
『いや待て! 敵は人間に姿を変えられるんだ。確認する必要がある』
先程猫君が化けていた人間のように、木にもたれ掛かっているルカさん。猫君に拉致された彼を発見した仲間はホッとしたようだが、そのうちの一人が懸念を口にした。そう、目の前のルカさんが本物とは限らないのだ。
『確かにそうだ。ルカ、俺がもう二度と行かないと決めてる国は?』
『三年前の旅行で食い物でひどい目を見たイギリスだ。そもそも俺と行っただろうが』
『あれはどっちのせいだ?』
『強いて言うなら物は試しだと食い物屋に誘ったお前だろ。いや、確かに俺も帰って話のネタにはなるとは言ったが、まさかあそこまでとは……。だから観光に来たとはいえ、食事だけは祖国のにしようと言ったんだ』
『間違いない。ルカだ』
仲がいいのだろう。彼らだけが知っている話で真偽を確認している。
「貴明、符丁を話しているとは思うがどうだ?」
「その通りです。そして納得しました」
ゴリラに聞かれたので答えてやる。語学チート、なんて便利なんだ。
「うむ。通常のドッペルゲンガーに対して実に適切な行動だ。通常のと言ったのは、極々稀にだが、記憶までコピーしてしまう最上位のドッペルゲンガーが現われることがある。ましてや覚妖怪の力まで持つとなると尚更だ」
うーむ。徹底的に嫌らしさを追求した猫君の本領発揮だ。恐らくこの戦法は、相手チームの心を読んでいけると思ったから実行したんだろう。
『戦えるか?』
『ああ勿論だ』
『よし行こ!?』
そう、ミイラ取りがミイラ戦法を。
木にもたれ掛かっているルカさんを、少し引き起こすつもりで手を伸ばしたんだろう。その手をガッシリと
『おおおおおおおおおおお!?』
『馬鹿な!?』
『ルカじゃない敵だあああああ!』
『追ええええええ!』
そして後はまるで焼き回しの様な光景だ。猫君は一瞬で首を締めあげて緑の奥へと消えていく……。
『くそ! ここはジャングルじゃない! 単なる森なのにどうしてこうも見失う!?』
そしてまたしても見失ってしまうロシアチーム。仰ることは尤も。だが猫君がいるならもうそこは単なる森ではない。欺瞞と奸計に満ちたそこはまさに、死の森なのだ。
『……現有戦力での妖異排除は困難。撤退する。情報を持ち帰ることを最優先に定める』
『了解……』
『ちょっと待てキールはどこだ!?』
『キール!? 何処へ行った!?』
五人が森に侵入し、最初に連れ去られたルカさんで一人、その彼に化けた猫君に先程連れ去られた一人。
つまり一人足りない。
猫君を追うのに夢中になり、見失った後も連携がグチャグチャになった隙を突かれ、木の陰に連れ去られた人がいたのだ。それを観戦している俺達だけが見た。
『背を合わせろ!』
『ああ!』
『フロル逃げろおおお!』
『なに!?』
『どういう事だ!?』
ぐっへ。猫君やることが嫌らしすぎる。
「今、背中合わせで警戒しているうちの片方の声で、何処からか逃げろと聞こえました」
「うむ。実に狡猾だ。まさに覚妖怪、まさにドッペルゲンガー」
そうそう。実際の覚妖怪だのドッペルゲンガーだのはこうでなくっちゃなと頷いてるゴリラだが、あまりにも嫌すぎる。
これでもう片方、つまり残った唯一の仲間は本物だというのに、猫君がたった一言囁いただけで信用出来なくなってしまったのだ。
『……後で奢る』
『まあ、仕方ないな……』
だがしかし、現時点での最善手を彼らは選んだ。それ即ち。
『森の外で会おう!』
『すまん!』
疑われた片方が全く正反対の方へ走り出し、それを見届けたもう一人もまた反対側へ走り出したのだ。最早チームとしての動きが出来ないのならば、お互い単独行動を取って森を抜け出すしかない。
少しでも生存率を上げるため、残された最後の最善手にして、やってはいけない最悪の選択。それはつまり、猫君相手に、心を読めるドッペルゲンガーに一対一で挑むという事なのだ。
『はっはっは!』
必死に駆けるロシア生徒の息遣い。クラス全員が固唾を飲んで見守る。
『仲間を置いてなんと無様。と思っているな?』
『っ何処だ!? 何処にいる!?』
それもそのはず。なにせ彼は残された最後の独りなのだ。疑われた方は別れてすぐ猫君にやられてしまった。
そして彼は何処からともなく聞こえてきた声に足を止めてしまう。そう、追いつかれてしまったのだ。
『ふー!ふー!』
もう彼には死角だらけだ。最初は助け合っていた仲間たちはもう誰一人としていない。左右を見るのに首を動かさねばならない。上を見ると下は見えない。
そして当然、後ろなんか見えるはずがない。
ゆらりと現れる彼と全く同じ姿。
『行動に誤りはない。全員為すべきことをした。こちらも森に入って来たお前たちの隙の無さに、一人ずつ仕留めるのは無理だと思ったから要救助者に化けた。そして全員が強い絆で結ばれているのに、全体のために自分を殺せる素晴らしいチームだ。だが次は浄力者を連れて来い。人の傷を癒せるだけではない。我々にとってあれは毒なのだ。忽ち焼け爛れて判別は容易になる』
『舐めるなあああああああああああ!【超力砲】!』
『【超力砲】!』
『がっはっ!?』
全く同じ威力で放たれた超力砲はそれぞれの胸に着弾するが、妖異と人間では素の耐久力に大きな違いがある。ロシアの人は、付けている特殊な腕輪に戦闘続行不可能と判断されて、森の入り口まで転移で引き戻された。
死の森に静寂が訪れた。
『総評。実動班の練度に問題ないものの、全員を超能力者で固めるのは問題あり。以上状況終了。にゃあ』
そう言いながら透明になって森へ消えていく猫君。
か、カッコいいぞ猫君! 良い所と悪い所を指摘してクールに去るなんて! 君もまたプロフェッショナルだ!
いやあ、これなら嫌らしすぎる目にあったロシアの皆さんも、猫君ブードキャンプに参加した甲斐があっただろう。
だよねクラスの皆!
…………やっぱダメですかね?
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