情報

 ロシアの人たちが朝昼夜関係なしに蜘蛛君と戦っても、俺たちの方はそうはいかない。なにせ年間でやる授業はある程度決まっているため、午後からは普通の授業を受けないといけないのだ。


 だがあくまで、ある程度。である。特に担任が学園最高権力者の学園長であった場合、そりゃもう好き放題出来るのだ。いや、最高権力者はお姉様で次に皇帝の俺だった。


「授業中に幾度か情報の重要性を教えたが、貴明が前回の戦闘会で早速実践してくれた。そこで今回は、どう考え、どのように情報を収集したか彼に説明して貰う」


「はい!」


 そんでもってこのコマは、前回の戦闘会で主席たる俺様が行った情報戦について、クラスの皆さんに説明することになったのだ。


 でも皆さん、どうしてお前また何かやったんかって雰囲気なんですかね?


「予め情報を収集された側の二年生には、この授業で能力の解説をしていいとの許可を取っている。では貴明、まずどうして情報を集めようと思った?」


「はい!二年生の主席の方は、他人の異能を借りられる特異な技術を持っていますし、忍術というかなり珍しい技を使えられる先輩もいるため、今回の対戦相手の方も、何かの初見殺しや隠し玉を持っているのではないかと危惧していました」


 何人かのクラスメイトが頷いている。ひょっとしたら変わった攻撃で痛い目を見たのかもしれない。


 正直に言うと、藤宮君の結界を抜ける可能性がある技を、相手が持っていないかの確認だったのだが、それは藤宮君のプライバシーの侵害になってしまうので嘘をつこう。皆さんこれも情報戦って奴ですよ。


「うむ。当然であるが、初めて戦う相手の事は何も分かっていないのだ。少しでも事前に情報を収集し、対策を考えなければならない。ではどう考えて情報を収集した?」


「はい! この場合最も対戦相手の情報を知っているのは同じ二年生ですが、先輩方は同級生の勝ちを望み、一年生が下剋上を成し遂げるのは見たくないでしょう。そのため二年生に聞き込みを行っても、最悪偽情報を掴まされた上、対戦相手に僕が情報収集をしていると知られると、警戒されてしまう恐れがありました。ですので取れる手段は、秘密裏かつ直接的な物となりました」


「そうだ。調べると全ての答えが分かるのは教科書までだ。情報というのは嘘、欺瞞、遮蔽。それらを選別、精査し、正しいものを掴まねばならない。これは妖異も同じだ。鈍重そうな見た目から想像もできない素早さを持つものもいる」


 上級生に一族がいたらもう少し楽できたんだが、俺は一人っ子だしチームの皆も縦の繋がりは全くない。佐伯お姉様だけ女の子の繋がりは無限に伸びてるけど。


 その点で、学年を飛び越して一族のチームに加わっている南條君は有利だな。尤も彼はクラスメイトに情報を共有するなんて全く考えていないだろう。なにせそれの価値はタダではないのだ。


「ではどう実行した?」


「はい! 対戦相手の名前を事前に調べた上で訓練場の使用申請所の前で待機し、名前から使用する予定の訓練場を割り出しました。その後先輩方のコマ割りなどを確認して事前に下見をした際、天井の照明に人が潜り込める隙間を見つけたので、先輩方が来る前に潜伏して上からビデオカメラで訓練の様子を撮影しました」


「うむ。来る場所、時を敵に知られたなら最早死に体だ。今からプロジェクターにその動画を映すが、こうやって待ち伏せを受ける事になる。」


 ゴリラが準備したプロジェクターに映し出されたのは、俺と藤宮君が上から盗撮した動画だ。


「なんだ、佐伯がおっさん臭いことを言うから、てっきりとんでもないのかと……」

「せやせや」

「まだ分からないわよ。男のヌードが……」


 この大馬鹿野郎共! てめえら、如月、北大路、木村で五十音順のか行なのに、さ行の佐伯お姉様とそんな近くの席で言う奴があるか! 唯一離れてる狭間君もうんうん頷いてるんじゃねえ! ああ、俺っち一番後ろの席だけど、佐伯お姉様の額に青筋が浮かぶのがありありと分かる!


『【不動】!明王!』

『んぎぎぎぎ!』

『やっぱ動けねええええ!』


「ここだ、ここが最も大事な場面だ」


 じゅ、授業に集中しようそうしよう……何と言ってもプロジェクターに映し出されているのは、ゴリラの言う通り一番大事なところ、つまり不動明王の言葉で動きを封じられている先輩達が映っている。


「二年生以上は知っているが、この新田は変わった才能を持っていてな。今も不動明王の不動、揺るぎ無いという意味を、相手が動けないと無理矢理変えて動きを阻害している」


 ざわざわするクラスメイトの皆さん。そうでしょう。俺も初めて見たときは、世の中変わった奴がいるもんだなあって思いました。


「初見では殆ど対処できないだろう。が、それも相手に知られてしまった。では戦闘会での対処は?」


「はい! 動画中にとりわけ目と喉に力を込めていることから、発動条件が見る事、そして不動の言葉を相手に聞かせることだと判断して、橘お姉様にそれを全て跳ね返して貰いました!」


「うむ。実際に見た者もいると思うが、橘が浄力で作り出した音を跳ね返せる鏡でその能力を逆手に取り、新田たちのチームは完全に身動きを封じられてしまった。戦いの場で身動きが取れない。それは最早死んだも当然だが、本来なら佐伯たちがそうなる筈だった。しかし情報。新田たちは自分達の隠し玉が知られていることを知らなかった。ただこの一点が勝敗に大きく影響したのだ」


 それと藤宮君の能力を相手が全く知らなかったこともですね。


「新田たちに授業でこの事を使っていいか聞いた時、この事を知った新田たちは大きく反省していた。諸君、知る、知らないはそのまま命に関わるのだ。情報を集める。これを決して疎かにしないように。貴明、素晴らしい情報収集だった」


 皆さんどうですか!? これが主席ですよ! しゅ!せ!き!

 ああ、なんかクラスメイトからの主席ゲージが溜まっていく気がする! はーっはっはっは!


 ◆


 その後、色々過去に起こった妖異の戦いなどを参考にしていると授業が終わったが、そろそろテスト期間も近いから主席として聞いておかなければならない。


「学園長質問があります!」


「どうした?」


「問題用紙をテスト前に盗み出すのは許可されていますか?」


「ぶふっ」


 清楚美人の東郷さん、乙女が出しちゃいけない音が口から出ましたよ? それとクラスの皆さん、何言ってんだお前って感じですけど、相手は超実戦派のゴリラですよ?


 あれ、なんかさっきまで溜まっていた主席ゲージが減ったような……。


「しまった、やはり歳は取りたくない。確かにそれは考えておかなければならない事だった」


 ほらね?


「ええ……」


 武闘派名家の西岡君、そんな声出してどうしたんだい? そりゃ情報の授業なんだからこういうことも聞いておかないと。本当は内緒で自分だけこっそり見るのが一番いいんだけど。


「うーむ………………この情報の科目において推奨する……だが……むうう…………………いや、やはり複数の生徒が教員室に忍び込もうとするのは、普段の業務に支障をきたす可能性が高い。それに色々と書類があるから、問題用紙を探すためにそれの場所を変えられても困る。以上の理由で無しだ」


 ゴリラは腕を組んでうんうん唸りながら、かなり長い事考えこんでいたが、結論は教員室で生徒があれこれしては業務に支障をきたすから駄目と結論づける。


 皆さんもそりゃ無理だろう、って言うか学園長悩むんですかって感じだ。


「分かりました!」














 ◆


 つまり情報の科目限定で問題用紙を盗み出すのはあり。そんでもって教員室に忍び込まないで、荒らさなければいいんだろ?


「うふふ、悪いことをしてるわね」


「そうですねお姉様!」


 お姉様とやって来ました真夜中の学園デート。


 あのゴリラも人がいいな。問題集が保管されてるのは教員室じゃなくて事務室だ。


 ここで我がチートを使わずして何処で使う! 第一形態変身! 境界を弄って俺の姿は誰からも見られず、そして鍵の掛かった事務室に侵入する!


「あら、ご丁寧ね」


「持ってけと言わんばかりですね」


 ほらやっぱり、事務長の机にこれ見よがしに置かれた茶色の封筒。ご丁寧に情報テスト問題用紙とでっかっく書かれている。どうもその日のうちに急いで準備してくれたみたいだな。ありがとよゴリラ。


 邪神アイ発動、周囲にトラップ無し! 荒らすなと言って条件を付けた以上、これが偽物ということはないだろう。その場合本物を探すために色々漁らなきゃならなくなる。


「えーっと、実際にあった妖異との戦いの記録を基に、必要であった対処、構成、戦いの方法を考察せよ。とかが多いですね」


「正面から叩き潰せばいいじゃない」


「流石ですお姉様!」


 実際お姉様にはそんなチマチマしたのなんて必要ないだろう。


 ん? 待てよ……2002年、長野で発見された、大鬼相当の猪型妖異一体の事例を基に必要な対処方を記載せよ……ずらずら情報が掛かれているが、2002年に起こった猪型の妖異は、同じ外見の個体が二体いたのを誤認して一体と思い込み、第一次討伐隊は戦力不足でほぼ全滅したはず。ゴリラめ、誤認情報を掴ませようとしやがったな?


 正解は第二次討伐隊の編成内容と、当時の組織、指揮系統の在り方そのものに欠陥あり、だ。官民が両方投入された当時、それぞれ官と民が一体ずつ発見したが、上に情報が上がるにつれて同じ個体だと誤認したのだ。正しい情報を正しく報告しても、それが頭脳に反映されるとは言えない、異能者にとってはそこそこ有名な事例だ。


 多分第一討伐隊の内容に近ければ普通に〇。第二次討伐隊まで書いたら、100点満点中に+5点加算とかだろうな。


 こりゃクラスメイトに周知しておかないと。偽情報、誤認が混ざっているから問題そのものを精査しないといけないな。


 明らかに誰かが問題集を持ち出す前提の奴がいくつかある……昼の授業で俺が盗み見していいかと言った後に修正したな。通常通りの答えでも100点満点だけど、追加点欲しけりゃ頑張れとは、ゴリラめやるな。


 それとこういう形式にしてたら、もう点数の方はあまり重視してないだろうな。世の中にはこういう事があると教えられたらゴリラ的には十分なんだろう。


「それじゃあコピーして、深夜の校内デートをしましょうか」


「はいお姉様!」


 でへ、でへへ。お姉様と深夜デート。でへへ。

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