訳なんてなかった

 やべえよやべえよ……皆がなんか俺の事チラチラ見てる気がするよ……。


 ひょ、ひょっとして俺が呪術の専門家どころか、邪神ってことまでバレたんじゃ……。消すか? みんなの記憶消しちゃうか? 誰にも恨まれてない奴の記憶消すの、くっそ面倒くさい上にしんどいけどやっちゃうか?


 大体あのゴリラが悪いんだ。教育とかが関わると一気にポンコツ化するからな。普通生徒に言われて、ほいほい非鬼の式符なんて起動するか普通? 常識ってものがねえんだよ。こりゃ親父との飲み会のセッティングは無しだな。


「あなたお疲れ様」


「お、お姉様!」


「かっこよかったわよ」


「いやあ、そうですかね? でへ」


 ゴリラのおバカ具合に呆れていると、お姉様から労わられてしまった。でへ、でへへ。


「バカップルだ。バカップルがいる」

「さて、帰ってジムに行くか」

「解散やな」

「かーっぺっ!」


 てめえら馬鹿共なんだその反応は! いや、所詮は独り身の醜い嫉妬。メンタル100でも人間の業から逃れることは出来ないようだなあ! はっはっは!


「お疲れ貴明マネ。彼ら、上手くいくかな?」


「えっ? おっほん。そうですねえ、多分ですけど本体の蜘蛛状態より、今の泥状態の方が彼らにとっては厳しいでしょうね」


 ありがとうございます佐伯お姉様。無かった事にしてくれるんですね。


『攻撃開始!』


『キイイイイイイイイイイイイイイイ!』


『【超力砲】!』


『キキキキキャアアアアアア!』


『き、効いていないぞ!?』


「やはりそうなるか。あの泥の鎧を超力だけで突破するのは至難だ」


「そうなんだよね」


 藤宮君も無かった事にって違う。藤宮君の言う通り、いくら浄力で強化されているとはいえ、超力の十八番は速攻と安定性だ。火力は魔法と霊力の分野であり、非鬼以上を倒すには火力が足りない。現に、超力によって放たれた念弾は泥に当たっても、蜘蛛君の足を全く止めれていない。


『散開しろ!』


「でも個人個人の動きは早いわね。超力者なのに、霊力者並みの身体能力」


「そうだね栞。やっぱり鍛え方かな。ねえ北大路君」


「ふ、舐めるなよ佐伯。あの程度のマッスル、まだまだと言わざるを得ない」


 張り合うんじゃねえよマッスル。というかほぼ軍人なロシアの人たちに劣っていない筋肉とか何目指してんの?


 いやしかし、橘お姉様の言う通り動きがいい。絶対に味方と射線が被らないようにしつつ、十字砲火で常に蜘蛛君を中心に捉えている。


「画一的で個性がないわね。聞いてた通りあっちの養成校は面白くなさそう。きっとライン工場よ」


「そんな感じでしょうねえ」


 お姉様が彼らロシア養成校の核心を突いた。国土が広く、それに合わせて各地に対妖異の備えとして異能者を配置しないといけないロシアにとって、能力にバラつきがあるのは困るのだ。そうでなければ損失時の補充と配置転換が上手くいかなくなる。だからロシアにおける異能者の運用思想は、ある程度の水準で纏まった者達でムラなく大量展開するという、軍の基本的な思想が元になっている。


「でも最近上手く行ってないみたいだけどね」


「そうなのかい小夜子?」


「ええ。実家にいた時小耳に挟んだわ」


 しかし、近年この思想は行き詰まりの兆候を見せていた。群を、そして軍を超越した個体、特鬼の存在である。とうに、飛び道具の発展と共に消え去った筈の止められない個。現代における絶対の真理、数による圧殺を単なる埃と貶めたこの怪物たちは、能力が程よく纏まった程度の異能者もまた同じように塵として扱った。


 そうか、アメリカ校への対抗意識も多分にあるだろうが、まずは非鬼を倒せる異能者を育てたい意識もあって、随分早くこの学園に来たんだな。ロシアでは今まで、極稀に発生した天才たちが特鬼に対処していたが、それも限界に近いのかもしれない。


『全員で合わせろ!』

『応!』


『【超力砲】!』


『キイ!?』


「おお! 吹き飛んだ!」

「いいことを思いついた。今度の戦闘会、狭間が出した超力の壁を俺のマッスルで押して、相手のリングアウトを狙うというのはどうだ?」

「固定されてる空間が動くわけないだろ」

「ほら小百合出番よ! 今あの泥に浄力掛けたら! 蜘蛛が出て来るわね」

「死地へ放り込もうとしないでよ!」


 ぬお! 流石に20人ちょいが息を合わせた超力砲なら蜘蛛君も後ろに吹き飛ばされるか! しかもロシアの皆さん、全員がすばっしっこくて、泥状態でも結構早い蜘蛛君が捉え切れていない。いや、マジで速いな。浄力者の人が超力者に抱えられているのはちょっとシュールだけど。


『よし全員で合わせてこのまま!』


 あ、それはアメリカ校もやりましたよ!


『カッカカカカカカカ火火火火火火!』


『も、燃えた!?』

『ガスを吸うな!』

『どうなってる!?』


 そうだよね蜘蛛君。線で捉え切れないなら面で制圧するよね。蜘蛛君が生み出した炎によって泥に火が付き、真っ黒なガスが訓練場に立ち込める。


 邪神アイ発動! 黒いガスの中を透視する! 針を飛ばすのかな、ん? 何その牙の動き? 俺知ら


『キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』


 ぎゃああああああああああああああああああああああああ!?


「ぐえええええええええ!?」

「黒板を引っ掻く音があああああ!」

「鳥肌っ立ったああああ!」

「ぞわっとした!」


 け、結界に阻まれて単なる音になっていたけど、蜘蛛君が口の牙を擦り合わせて発した音は、よりにもよって黒板を爪で引っ掻いた音だった! 鳥肌があああああ!


「こ、今度から耳栓して来よう」


「そ、そうね……」


「黒板でよかった。発泡スチロールを擦る音だったらやばかったな……」


 ああ、佐伯お姉様と橘お姉様にもダメージが!? それと藤宮君は発泡スチロール派なんだね!?


 お姉様は!?


「綺麗な音色ね」


 流石ですお姉様!


『ぐああああああああああ!?』

『うぐうううううううう!?』


 ってロシアの皆さんは音だけじゃなくて、それに合わせて呪い付きだ! しかも平常心を大きく乱された後に食らったせいで、殆ど防御出来ずに全員蹲っている!


『キキキャアアアアアアアアア!』


『がああああああああああ!』


 そしてそんな獲物を蜘蛛君が逃すはずがない。敵を目の前にして、戦闘出来ない状態になるとどうなるかをきっちり教えて上げるとは流石名教官蜘蛛君だ。


「そこまで。訓練終了」


 この場合正解は……あのゴリラマジでやばいな。平気な面して訓練終了を宣言してやがる。明鏡止水と表現する状態でいる事なのだが、あんた今審判なんだぞ? 常在戦場なの? 野生のゴリラなの?


 それにしても蜘蛛君やるなあ。いつの間にあんな呪い方を編み出したんだ。やっぱり経験を積めば誰もが成長するんだなあ。それはロシアの皆さんしかり蜘蛛君しかり。だから皆で経験を積みましょう! そうだよね蜘蛛君! あれ、蜘蛛君? もしもーし? おかしいな……今度親父に邪神電波の調子を見て貰うか……。

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