スペシャル訳あり

◆藤宮雄一


「それじゃあダメだよロシアの人たち!」


「お、おい貴明?」


「あらあら、相変わらずね」


 二組目のロシア人たちが噴き飛ばされたのを見た貴明が、立ち上がってどこかへ走り去っていった。


「小夜子、貴明マネはどこへ行ったんだい?」


「さあ? まあでも人がいいから、何か手助けしに行ったんじゃないかしら」


 佐伯の疑問に小夜子がそう答えるが、確かに貴明は人がいい。そのお陰で母さんも俺も助かった。だが歯痒いな。貴明が何かしら訳ありの生徒ということは分かっているが、そのためにきちんとお礼を出来ていない。


『ぐあああ!』


「む、また吹き飛ばされたな。貴明はこれをどうにか出来るのか?」


「さて、呪力については分からない事が多すぎるからね。でも彼、呪力だけに限らず色々博識だからね」


 どうもロシア人たちの浄力の考え方は、我々の物と根本から異なるらしい。それは理由あっての事だろうが、今現在は全く役に立っていないようだ。


 しかし、佐伯の言う通り呪力に関しては分からないことが多すぎるが、貴明はそれを含めて妖異と戦うことに関して、ありとあらゆる事について詳しい。


 だが詮索は無しだ。日本中から異能者を集めた学園には、所為訳ありと言われる生徒もいる。そしてそういった場合、本人が言わない限り詮索しないことが、暗黙の了解として先輩達から代々定められているのだ。


 そこには生い立ちや人生、触れられたくない痛みに関わることが多いため、色々と経験してきた最終学年に行くに従ってその傾向は強くなる。だが俺達だってガキじゃないんだ、ちゃんと弁えてる。


 それは一族至上主義の南條達だって変わらない。いや、南條達は小夜子を恐れている事が多分に含まれているか。何と言っても貴明が主席として俺達のクラスの代表なら、小夜子は連中が手も足も出ない裏の番長、裏番だ。それもあって貴明に突っかかる奴はいない。


「学園長!」


「貴明マネ帰って来たね。あれは……紐?」


「だな」


 貴明が下の訓練場に走りながら戻って来た。その手には佐伯の言うように紐が握られている、って手をT字に組んでるが、それじゃあスポーツのタイムだぞ。


「おおっとここで貴明監督タイムを要求しました」

「ロシアチームは先制点を取られてますからねえ。解説の北大路さんどうですか?」

「紐……紐……そうか脳と心臓を最低限でも守ると見た。いや、貴明風に言うなら心か」

「ねえ小百合、ロシア国籍取ったらダイヤ貰えると思う?」

「おとなしく諦めなさい」


 ええい、馬鹿共のせいで考えが惑わされる。真面目にやるかおちゃらけるか統一しろ!


「指輪に紐を通して頭と首に巻いてるね。これは北大路君の言う通り、頭と心臓を守ってるのかな」


「遠い上にロシア語はさっぱりだから分からないけど、多分その筈ね」


 唯一参考になるのは筋肉が絡んでない時の北大路だけだ。佐伯と橘も感心しているが、彼女達も心の中で筋肉が絡まなければ、と但し書きを付け足しているだろう。


「いやしかし貴明マネ、ロシア語ぺらっぺらだね。小夜子も話せたりする?」


「日本語話せて算数が出来れば後は困らないわ」


「好きな事以外は本当に面倒くさがりだねえ」


「学園長公認ですもの」


「よく言う。学園長は諦めてるだけだ」


 小夜子が平然と宣っているが、机の学業に全く関心を払っていないのは周知の事実で、学園長もこれに関してはさじを投げている。机の授業で楽しんでいることがあるとすれば、学園長と貴明の実戦に対する容赦のない考えに、クラスの全員が引いている時などだろう。あまりにも似た考えのため、一時期は親子なのではないかと噂されていたほどだ。


「おお、ちゃんとした浄力の力場だ。貴明マネ、将来教師になるんじゃない?」


「私もそう思ったことがあるわ」


 ん、貴明の浄力者に対するレクチャーが終わったようだな。この短時間にちゃんとした浄力の力場の展開を教えるとは、俺も思っていたが佐伯たちの言う通り、将来卒業したら、教師として学園に戻ってくるかもしれないな。


「学園長!」


 なに!?


「うむ。起動!」


 おい貴明そこはまだ訓練場だ! 熱を入れ過ぎて実力を隠すことを忘れてるぞ!


『キキキキャアアアアアアアアアア!』


「ロシアの生徒も余裕を持ってるけど、貴明一人ダイヤも何もなしに平気な顔してるんですがそれは」

「遮断の甘い結界越しでも平気だったからそんな気はしていたが流石は主席だ」

「ええ……」

「あれ、貴明なんで訓練場にいるの?」

「……冗談よね?」


 案の定だ。貴明の助言が適切だったからロシア人たちも余裕を持って耐えているが、あいつは装備も何もなしに平然と立って周りの顔を確認している。


 いやだが次は蜘蛛の本体が現われるぞ!


『キヤアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 遅かったか……。


『ぐううううううううう!?』


「ロシアの生徒、死にそうな顔で耐えてるけど、貴明はケロってしてるんですがそれは」

「主席の力がこれほどであったとは、読めなかった、この筋肉をもってしても」

「節筋乙」

「ひょっとして貴明もダイヤを飲み込もうとして実行済み?」

「……も?」


 馬鹿共口を閉じてろ! 俺も馬鹿になってきそうだ!


「部長、そんな気はしてたんだ」

「何の部長してるんだ?」

「呪詛特化とか呪術やらをひっくるめた、一際面倒な連中の対処研究会。その部長。色々教えて貰ってる」

「は? なんで誘ってくれてねえの? あの後輩、アメリカ校が来てた時に色々話してたのだよな?」

「いや、かなりの訳ありみたいだから少人数がいいかなって、ちょっと遠慮というか配慮というかをしてた。でもなんか、教えることに熱血だから、うっかり忘れてあそこにいそう」


 会場中の先輩達もざわざわしているが、図書室での研究会で付き合いのある先輩は、多かれ少なかれ予想していたようだ。そしてうっかりあの場に残ってしまっているという意見に俺も同意する。貴明と付き合っていると、彼が完璧ではなく妙におっちょこちょいなところに気が付く。  


 少し遠くにいる西岡なども、貴明の訳に深く立ち入らない様に気を付けていたのだが、今は、あ、やっちゃったなという表情をしているくらいだ。


「貴明マネ、やっちゃったかな?」


「やっちゃったわね」


「やっちゃったな」


 佐伯も橘も、そしてクラスのほぼ全員そう思っているだろう。例外は面白がってニタニタ笑っている小夜子だけだ。


 人が不用意に詮索してはいけない訳を持つ生徒が、自分のうっかりでその一端を披露してしまった場合、一体どうすればいいんだと全員困り顔だ。


「見なかったことには?」


「これだけ大勢いて?」


「とりあえず称賛して、あとは貴明の反応次第だ。何か決心があってのことかもしれない」


「小夜子の見解は?」


「さあ? うふふ」


 これだけ大勢いて見なかったことにするのは無理だろう。とにかく貴明の反応次第だな。小夜子はくすくす笑うだけで全く役に立たない。


「四葉貴明ただいま帰りました!」


 貴明が帰って来た。しかしこれで本当にうっかりな場合、一体どうすれば……。


「流石だな貴明」


「はっはっは。照れちゃうよ藤宮君。ま、主席だしね!」


 気軽に笑う貴明だが……これはいかんかもしれん…… 


「ああ。最初に蜘蛛の見学に行った時も平然としていたが、この訓練場の上は圧を直に受ける事になるのに、変わらず平然としているとはな」


 貴明の反応は……ああ……。


 こういう時、どうすればいいか教えてくれ母さん……。

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