これこそが、凄まじき、恐ろしき、黒き呪蜘蛛

 はわ、はわわわわ。


 訓練場中の我が校生徒は、なんだちゃんと準備してるじゃんとほっとした感じで、ロシアの皆さんもそんなの当り前だろうが的な雰囲気を醸し出している。


 でもこれ間違いない。ロシア校、アメリカ校が空港で戦った、ムカデ擬きの延長上で蜘蛛君の事考えてる……!


「ぷぷ、ぷふう」


「貴明マネ、小夜子はどうしたんだい?」


 お腹を抱えて必死に笑うのを我慢しているお姉様を、不審に思った佐伯お姉様が俺に問いかけてくるけれど、お姉様が笑われている理由は間違いなくあのダイヤだ!


「それがですね……あのダイヤモンドの指輪、呪詛特化に対する対抗としてはいいんですけど、大鬼までしか通用しないんですよ……」


「え? それは……マズくないかい?」


「大分……」


 そう、とんでもない問題は、あのダイヤモンドの装備が蜘蛛君相手に全く意味をなさない事だ。呪詛特化妖異の中の呪詛特化、全体的な戦闘力では特鬼の猿君に劣り、かつ教官状態の蜘蛛君はその全てを使わないとはいえ、それでも彼は呪う、その一点において怪物中の怪物なのだ。


「なら間違った装備を持ってきてしまったのか。いや、この学園に来てから非鬼だの特鬼だのを見て感覚が麻痺していた。大鬼に対抗できる装備など一級のものだ」


 だが藤宮君の言う通り、かつての天才鬼才が作り出したり、遺された神仏の遺物なんて言う再現性が全くない物を除いたら、宝石の質に左右されるとはいえ、現代の技術で量産できる装備としては一級の物だろう。


 うん。なんでかこの学園で非鬼だの特鬼だの出て来て感覚が麻痺していたが、大鬼に対抗できるのならちゃんとした一品だ。それを大体100人ほどの生徒全員に配るなど、流石は二大大国の片割れロシア連邦と言うべきだろう。


 いや、ほんと感覚がちょっと麻痺してたな。そもそも擬きとか言われないマジモンの特危なんて化け物は、数年に一回世界で見るか見ないか、非鬼は国で数年に一回と考えるならば、まさに特別なカテゴリー。学園長も前に、非鬼を一人で倒せる、我々単独者でも常に命を落とす可能性がある。というだけはある化け物たちなのだ。最近のゴリラはその危険については無いっぽい気がするけど。


「そうだな。学園長のマッスルがあの猿のマッスルと互角だったから感性がおかしくなっていた」

「せやな」

「特鬼とかやべえよな」

「うーん、あっちのダイヤが……いやいや、あっちもよさそうね」


 馬鹿共の言う通り、マジで猿君ってその化け物たちより上の特鬼、阿修羅状態はその更に上で、蛇君なんて例外を除けばまさに頂点。万が一やる気満々状態の猿君レベルがどっかで出てきたら、国家戦力が総動員されるレベルなのに、そんな猿君相手にタイマンで勝負になってるゴリラまじゴリラ。ちょっと聞いてみようか。


 もしもし猿君聞こえますか? そうです大主席四葉貴明です。ゴリラとの戦績はどうなってますか?そりゃ勿論勝ち越してる? 流石だね猿君。ちなみに差はどれくらい? あれ、もしもし猿君? 猿君? おかしいな、最近やっぱり邪神通信の電波状態が悪い。


 蜘蛛君に繋いでみるか。


 もしもし蜘蛛君聞こえますか? そうです主席公四葉貴明です。なんだ繋がるじゃん。あ、ごめんこっちの話。実はロシアの皆さん、浄力者が大体5人くらいしかいなくてですね……どうするのって言われても……いや、ほんとどうしようね。え、それなら逆に考えよう? 実戦で非鬼クラスの呪詛特化型に会う前に訓練出来てよかった、と。ははあなるほどねえ。流石は名教官蜘蛛君だ。確かにこれは実戦じゃないんだ。問題点を洗い出すことも、立派な訓練の目的の一つ。


『それでは開始します!』


 おっと、通訳さんが訓練開始を宣言した。忙しい時にごめんね蜘蛛君。じゃあ頑張ってね!


 訓練場中の、俺とお姉様以外の全ての人間が身構える。勿論我が校生徒、ゾンビ共ですらだ。いや、このゾンビ共はどうも生存本能が刺激されるらしく、蜘蛛君が単なる訓練式符じゃないと勘付いている節がある。


 初めて学園長に連れられて、蜘蛛君対最上級生の戦いを見に行った時、こいつら真っ先に逃げたからな。あまりにも正しい判断過ぎる。あの時の蜘蛛君は、今まで自分をボコりまくってくれた連中に対して、そりゃもうプンスカしてたからな。


 まあ、民間人がいたら間違いなく踏みとどまる、いやそれなら担いで逃げるか。市街地で出くわしたら、間違いなく踏みとどまって戦うのがこいつらの素晴らしいところだ。


『起動!』


『キッキッキッキイイイイイイイイイイイイイイいいいいいいいいい!』


 式神符から現れてもいないに関わらず発せられる、精神を、心を、脳を、全てを蝕み狂わせ破滅させる、呪いの、呪詛の、呪怨の波動。


『お、おお、おおおおおおおお!』

『んんんんんんんんんん!』

『ぐううううう!』


 流石はロシアの異能者。極北の大地の者達。


 かつてアメリカ校が半分脱落した、現れる前の蜘蛛君の波動になんと全員が耐えた。戦うということが、覚悟が、骨の髄まで備わっている。


 だが序の口宵の口。


 本当の


『キッキャアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 泥泥泥

 黒黒黒

 怨怨怨

 呪呪呪


 現れたるは黒き泥。


 当然最初から蜘蛛ではない。


 が


 見た嗅いだ聞いた。


 それだけで訓練場の全ての者が叩き出された。


 つまりそれが意味するのは、ただ現れたそれを見ただけで


 死んだのだ


 誰も彼も


『キイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』


 金剛石の輝きなど無価値と黒に塗りつぶす


 これこそが


 凄まじき、恐ろしき、黒き呪蜘蛛

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