出動 夜4

「私の結界から出たはいいけど、まだちょっと騒がしいわね」


「ですねえ。アー、アド……なんでしたっけ?」


「アララだったような」


「そうでした! アララのせいじゃなかったっぽいですね」


 お姉様の閉鎖空間を出たけれど、街中は相変わらずあちこちでドンパチ賑やかにやっている様だ。どうもアララのせいじゃないかもしれない。


 それにしても全くふざけた奴だった。今頃大灼熱地獄でたっぷり反省しているだろう。どうでもいいけど、地獄の刑期長すぎじゃね? 一番短い等活地獄でも、1兆6653億1250万年なんだけど。しかも蚊を殺して反省してなきゃそこ送りとか、ちょっと厳しすぎやしませんかね?


 そのせいで、全世界の蚊に対する人類の怨念をぶつける計画が凍結されてるんだけど。いや、これから夏本番になってくるしやるか? やっちゃうか? 殺虫剤しゅーされた症状が出る呪いをばら撒いちゃうか? あいつら知能が無さすぎるから、邪神の俺にも平気で吸い付いて来ようとして、安眠妨害も甚だしいんだよな。やっぱりやる?


「あら、ほんの少しだけ大きいのが急に」


「普鬼程度ですかね?」


 そんな蚊に対してどうするか悩んでいると、近くで普通の危険、普鬼くらいの気配が膨れ上がった。


「まあでも、最上級生の皆さんの敵じゃないですよね」


 普段蜘蛛君にしごかれている最上級生が、今更普鬼程度に後れを取るとは思えない。すぐに始末されて終わりだろう。


「あら? 携帯見てなかったのね。妖異の数が多すぎるから、橘と佐伯まで駆り出されてるわよ?」


「なんですと!?」


 ちょっと田んぼ、じゃなかった。川を見に行ってたらそんな大事に!? まさか普鬼の近くにお二人がいないよな!?


 邪神センサー発動!


 いたあああああああああ!? この気配佐伯お姉様と橘お姉様だ!


 不味いいいいい! お二人は授業の模擬戦で、普鬼にまだ勝ててない! 俺もだけど!


「お姉様ちょっと行ってきますうううう!」


「はいいってらっしゃい」


 走れ俺! 邪神ダーーーッシュッ! 今なら100メートル走の世界新記録間違いなし!


「逃げるよ栞!」


「ダメ飛鳥! 早い!?」


 相手は……かなりの高速でお二人に近づいている! これはマズいぞ! 人間状態では呪う暇がない!


 一体何の妖異だ!?


 あってめえジェット婆かよ! 大人しく特に用のない病院の待合室で、世間話に花咲かせてやがれ!


 って婆、その振りかぶった杖でどうするつもりだこら! 佐伯お姉様が危なーい!


「ぶべっ!?」


 聖なる邪神バリアー発動! 佐伯お姉様と婆の間に俺が挟まり代わりに吹っ飛ぶ! っていったああああ!?


「っ!? 凍てつけ!」


「凍りなさい!」


 だが俺の肉盾は無駄ではなかった。婆の気が逸れた一瞬の隙に、お二人が冷気を放射して婆をカチンコチンにしたのだ。あ、砕けた。それにしても佐伯お姉様、街中での戦闘の為に氷属性の魔法を使えるようになったんですね。全く正反対の属性を扱えるなんて、魔法使いでは一握りなのに。


 それに橘お姉様の浄力の威力よ。普通浄力は攻撃には向いていないけど、多分一族の奥義かなにかで、攻撃力に変換しているんだろう。


 流石ですお姉さま方!


 それはそうと痛ええええ! あの婆俺じゃなかったら頭蓋骨陥没してたぞ!


「貴明君!」


「傷を見せなさい!」


 お二人がそんな俺を心配して駆け寄って来てくれた。でへ。でへへ。


 あっやべ!


「大丈夫であります! 意外と大したことなかったみたいです!」


 もう治りました。ですから橘お姉様、浄力で傷を癒そうとするのは勘弁してください。治るどころかもがき苦しむことになるんで。


「嘘つけ! ほら傷を見せて!」


「佐伯お姉様ホントに大丈夫です! ほら!」


 佐伯お姉様が俺の頭皮を覗いているけど、邪神の俺にはオートヒーリングが標準装備されているのだ。つまり傷はなし!


 それより頭皮を見られたことに大ダメージを受けている。


「外見だけじゃ判断できないだろ! すぐに病院だ!」


「それじゃあ夫は私が連れて行くわね。実はテレポートの真似事が出来るから、私ならあっという間よ。でも一人しか連れていけないから、あなた達は学園長に報告しておいて」


 お姉様助かりました! これでCTとかMRIとか撮られた日には、医者にこいつ本当に生物かって疑われるところでした!


「頼んだよ小夜子! それと、危ないところを庇って貰って本当にありがとう! でも金輪際さっきの身代わりなんて事は止めて欲しい! 異能者の戦闘は自己責任なんだから!」


「私からもお礼を言わせて。ありがとう」


 お姉様お二人にお礼を言われてしまった。でへ。でへへ。


「い!い!ね!」


「はい!」


 ちょっとにやついたら、佐伯お姉様に叱られてしまった。反省。


「それじゃあ行くわよ」


「はいお姉様!」


 お姉様の声と共に一瞬の暗転が起こる。


 着いた先は、当然我が家!


 いやあ、お姉様ってやっぱり天才だ。設置した御札を座標にして転移出来るなんて、世の陰陽師が聞いたら卒倒するだろう。


「私からも言っておくけど、危ない真似はほどほどにね」


「はい!」


「それじゃあ運動もしたことだし、夜食を作りましょうか」


「お願いしますお姉様!」


 夜食。なんて甘美な響きなんだ。早寝早起きが基本の実家では、ついぞ経験する事が無かった。これは悪い子ですよ。まさに邪神。ふっふっふ。

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