出動 夜3
「アラドメレク? アララメレク? アララララ? ごめんなさいもう一度言って欲しいの」
「死ね!」
フードの下から怒りに満ちた目が覗いている。これだけで怒るだなんて随分と短気だこと。夫が相手だったら戦う前に頭の血管が切れてしまうだろう。それはそうと、本当に知らないのよね。
「"牡牛"よ!」
『ブオオオオオオオオオオオオオ!』
熱気が溢れる。真っ赤に焼けて融けながら、何かが地面に降り立った。
あれは……
猿ちゃんほどではないけれど、それでも巨大な青銅で出来たミノタウロスだ。
本当によく分からないわね。夫なら多分知っていると思うのだけれど。なにせ、一神教圏で邪神に認定されたら、悪魔側に季節の贈り物を送って、そこそこのポジションに収まろうと考えているのだ。そのためある程度送る先はサーチ済みらしい。
さて、相手が牛ならこっちもだ。
「オンハラレイキヤ・ゴズデイバ・セイガン・ズイキ・エンメイ・ソワカ。お願いね牛ちゃん」
『雄雄おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
こちらもミノタウロスと言っていい頭部が牛の人型。大きさは猿ちゃんにも劣らず、手には斧を持ち、体からは紫電を発している。
「あ、いい忘れてたけれどこの子かなり強いわよ。って言ってる傍から」
『ガアアアアアアア!?』
『おおおおおおおお!』
青銅のミノタウロスが牛ちゃんの持っている斧で両断された。本当にあっという間だ。そもそも速度が全く違う。向こうはゆっくりゆっくり牛歩なのに、牛ちゃんは雷光の様な速さなのだ。
「そんな馬鹿な!? 最上位の特鬼に匹敵するんだぞ!」
「滑稽極まる」
本当に滑稽。まさか私を相手に特鬼なんか出すとは、せめて蛇ちゃん位のを出して欲しい。これが底なら見込み違いも甚だしかったわね。さっさと終わらせてしまおう。
「ぐううっ!?」
「あら、身体能力はそこそこなのね」
霊力で身体能力を強化して童子切りで切り掛かるが、あと少しの所で回避されてしまった。どうやら正真正銘の雑魚という訳では無いらしい。
「でもそれだけ。ほら、このままじゃ死んじゃうわよ。アララさん」
「舐めるなああああああ! "太陽よあれ"!」
あら、アララさん変身できるのね。ここが封鎖空間じゃなかったら、住宅がいくつも倒壊していたであろう大きさ。ひょっとしたら猿ちゃんよりも大きいかもしれない。
「この"太陽"のアドラメレクを侮ったツケを払わせてやるぞ!」
ラマ人間がクジャクの羽で飾ったらああなるのかしら。ただ、クジャクの羽の目は血走った人間の目だ。全くよく分からない美的感覚としか言いようがない。
「【太陽の孔雀】!」
全ての羽の目から熱線が放たれた。
「ふははは! やった!」
一体何をやったのかしら。確かに先程までいた一帯は地面まで融解していたけれど、道路工事にしては雑としか言いようがない。
しかも自分の頭上にいる私に気が付いていないと来た。
「雷光よ」
牛ちゃんを雷に変えて童子切りに纏わせる。
「それじゃあさようなら」
「なあああああ!?」
常人では直視できない程の雷が、自分の頭上で発生してようやく私に気が付いたらしい。これが逆カバラの悪徳と言われて、世界に恐れられているなんてそれこそ滑稽だ。
なにせ両断されてから悲鳴を上げる始末なのだから。
「三世三界三千大千世界に絶てぬものなし」
なんてね。
「あああああ!?」
あらしぶとい。両断された駄馬が、鳥の様な姿になって空に飛び立った。でも私が主の封鎖世界から、どうやって逃げるつもりなのかしら。まああの程度、殺すのも追うのも本当に労力の無駄だから、放っておいてもいいんだけど。
『みたぞ きいたぞ しっているぞ』
でも夫に逃がすつもりは無いようだ。しかも既に邪神状態のようで、この封鎖世界にずんと重くのしかかる様な低い声が聞こえてくる。
『アドラメレク。サタンの服飾仕立て人。邪悪の樹の貪欲。地獄の上院議長。そしてかつての太陽神』
そんな奴だったのね。正確には、そんな奴の力を持っている人間と言うべきか。
『見えるぞ。アドラメレクとその契約者よ。貴様達が要求した生贄の顔が。聞こえるぞ。火に炙られた、蒸し焼きにされた子らの悲鳴が』
「ぎゃああああああ!?」
少し遠くから荒縄が天に伸びて、逃げていた鳥を捕まえた。
『子の悲鳴だ! 分かるか!? 子らの悲鳴と嘆きが、死への苦痛が! あああああああああ! クソクソクソ! 報いは受けなければならない! ええそうだろう!? どうして罪なき者が傷付く!? 善行には善行が! 善人には善きことが! 子には幸福が! そして悪には苦痛と死が! それが正しい報いだろう!』
かなり怒っている。どうやら直接私の所に転移してこなかったのは、怒っている状態で私の隣に来たくなかったかららしい。でもこの怒り様、恐らく第三形態以上になっている……さっきまで事故死した子の霊とはいえ、一緒にいたのは無関係ではないだろう。
『知るがいい! これから貴様たちが向かうのは大灼熱地獄! 500と200由旬の炎に、43京6551兆6800億年燃やされ続けるのだ!』
大灼熱地獄の更に下、無間地獄ではないのは、彼に残っている最後の優しさなのだろう。
「あ」
最後はあっけなかった。縄に囚われていた悪徳が急に消え去ったのだ。
「お姉様ああああああああお怪我はあああああ!?」
夫が遠くから駆け寄って来た。
「無いようですね! 流石ですお姉様!」
「雑魚も雑魚だったもの」
碌な戦闘経験もないような奴だった。どうせ自分より格下を圧倒していただけだったのだろう。
「それじゃあデートの続きと行きましょうか。適当に妖異を間引かないといけないけど」
「はいお姉様!」
閉鎖空間で少し遊んでいたけど、外ではまだ妖異がうろちょろしているだろう。そういえば、さっきのアラ……何とかが原因だったのかしら? まあどうでもいいわね。
「デートデート。でへへ」
それにしても、夫の事どうしたものかしら……。
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