アーサー

『馬鹿な! なぜこんなことをしたんだ親父!』


『これが俺の望みなんだ貴明。これで人類全体が救われる』


『それは極一部だけだよ!どうして……どうして!』


『ふふ』


『どうして………



 どうして!



 むちゅこたんとむちゅめたんが最初に呼んだ名前がじーじなんだ!』


『じーじ』


『じー』


『でへ。でへへへへへ。毎日毎日こっそり囁いてたパパの勝利だ! でへへへへへ』


『親父いいいいいいいいい!』


 ◆


 やろおおおおおおおおおぶっころっしゃあああああああああ!


 …………


 ………


 ふう夢か……とんでもない悪夢を見てしまった。いや、正夢と言う言葉もある。今のうちに親父をぶっ殺しに行こう。むちゅこたんとむちゅめたんが最初に言うのは、お姉様をママ、その次にぱぱぱぱぱぱパパと決まっているのだ。大邪神の恐ろしい企みは阻止せねばなるまい。大体それで人類全体が救済される訳ねえだろ。救われるのは爺だけだ。


「あなたご飯よー」


「はいお姉様!」


 おっとお姉様が呼んでいる。命拾いしたな親父。


 ◆


 ◆


 もぐもぐごっくん


 今日は休日。いやあ、昨日の騒動に明け方まで駆り出されてたから、俺もお姉様も起きたら昼過ぎちゃってた。


 ん?


 今ピキンときたぞ! やべえ連中が我が帝国領にやって来た! 門番の金剛力士君達出番……んん? なんか覚えがある様な気配だ。力士君達が起動していない事を考えると、邪な者ではないと思うんだが、はて誰の気配だ?


「あら、朱雀からの報告を聞いたけれど、ひょっとして異能研究所に来ていたお年寄り達かしら?」


「ああ多分そうです!」


 お姉様も、力士君達と同じく青龍君の同僚で、南の学園正門から大通りを守護する朱雀君からの報告を受けたようだ。なおこの力士君達と朱雀君だが、勤務場所が被っているためお互いの距離感を掴もうと模索中のようだ。初デートのカップルかな?


 おっと今はその事じゃない。お姉様の言う通り、力士君達から送られてくる情報と感じる気配から察するに、胃に剣で蛇君対カバラの聖者達の戦いを観戦武官をしていたロートル、じゃなかった、古強者達のようだ。一体我が帝国に何の用だ?


「見に行きましょうか」


「はいお姉様!」


 この事にお姉様の好奇心が疼いたようだ。しかし、本当に何の……あっ!


 ◆


 ◆


 やって来ました第ほにゃらら訓練場。いったい何番目だよ。多すぎて分かんねえ。だがここは、ひと際強力な訓練結界がある場所で、そんな場所で使われる式符は当然……。


「国に帰る前に、特鬼の猿ちゃんを見に来たみたいね」


「そうみたいですね」


 最近ここの主の様になっている猿君に用なのだろう。多分、カバラと世鬼は見たから、その少し前から噂されている特鬼の方も見ておこうと考えたんだろう。ひょっとしたら、彼等を案内している学園長が誘った可能性もある。なにせ学園長は、異能学園での人材交流を活発化させようと企んでいるからだ。こっちの方が正解かな?


「猿ちゃんと古強者。見世物としてはいい感じね」


「そうですねお姉様!」


 話は変わって俺とお姉様は上の階の観客席にいる。だが誰も気にしてはいない。というか気づいていない。俺の第一形態で発動した遮蔽空間は、いかに古強者達でも感知できないのだ。唯一の欠点があるとすれば、俺のボンレスハム体形をお姉様に見られている事だが……恥ずかしいいい!


「あれは……先代の"アーサー"が最初に戦うっぽいですね」


 訓練場に上がったのは、歳の割にふさふさな白髪の髪の毛のお爺ちゃん。イギリスが誇る最強戦力"円卓"、その中でも最も騎士道精神を持ち、かつ最も強い者が代々襲名する、まさにイギリス異能者の最強の代名詞。それが"アーサー"なのだ。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 そして訓練場に現れた、巨大、強力、俊敏。それらを兼ね揃えた猿君。


 いつ見ても思うんだけど、デカくしすぎたかな……。


『むう……』

『確かに特鬼だ……』

『あの蛇のせいで感覚が麻痺してたが、これが我々異能者最大の仮想敵』


 そんな猿君の威圧感に、古強者達も呻き声を上げている。


『オオオオオオ!』


『っ!』


 だが流石は先代アーサー。何処からか取り出した剣を片手に持ちながら、猿君が振り下ろした破壊の拳をひらりと避ける。


『名も譲り衰えたりとはいえ、アーサーはアーサーか』


 アーサーがなんぼのもんじゃい! 猿君頑張えー。


『オオオオオオオ!』


『なにっ!?』


 猿君の振り下ろした拳が、残像を残すほどの速さでアーサーに肉薄する。猿君の身体能力を舐めるんじゃねえ!


『徹底的な肉弾系か』


 おおっとアーサーが猿君の拳を避けた上に、その腕に飛び乗って猿君の顔に迫っていく。牛若丸ってあんな感じだったのかね。あ、猿君宙返りした。


『この巨体でか!』


 これにはアーサーもびっくりして、猿君の腕から落ちてしまう。そして猿君は、そんな空中の獲物を捕らえている。


『オオ!』


『舐めるな!』


 うっひょお。空中なのに猿君の拳を剣でいなしたよあの爺さん。やっぱやべえな。


 ね、お爺ちゃん。


『あの若造がな』


 俺の隣でしみじみと呟きながら、先代アーサーを眺めているお爺ちゃん。なんかアーサーの隣でふよふよ浮いてた殆ど自我のない未練を引っこ抜いて、仮初の肉をちょっとだけプレゼントしてあげたんだけど……この爺さん先々代のアーサーだわ。


「確かお弟子さんでしたよね?」


『ああ。私が死んだときはまだ小僧と言っていい歳だった』


 この先々代、歴代最強とまで謳われ、中々の逸話を持っている。時は第二次世界大戦、ナチスドイツがイギリス本土上陸作戦の実行間際、その前段階の陽動として、ブリテンの宿敵である白き竜を復活させたのだ。


 異能が世に出た近年再研究が行われたが、この白き竜、特鬼の中でも最上位も最上位、ヒュドラには及ばないも、一時期こいつこそが世鬼と言うに相応しかったのではないかと思われていた。そして仮にこの竜が大暴れした場合、ナチスドイツとの二正面作戦を強いられるイギリスは、本土上陸を許していた可能性が非常に高いと判断されている。


 そんな危険な存在に立ち向かったのが、ナチスドイツの暗躍を察知して、白き竜が眠っていた付近に派遣されていた先々代アーサーである。彼は白き竜が完全に復活すれば勝機は無いとして、殆ど単身でこの竜に挑み何とか再封印に成功したのだ。


 己の命と引き換えに。


「実際の所、また白き竜が復活したら対処出来そうですか?」


『分からん。君が私の意識を覚醒させたからこうやって話せるが、ついさっきまで殆ど意識が無かったのだ。だから今の祖国の戦力が分からん』


「えーとですね。今代のアーサーは歴代最弱なんじゃって陰口叩かれてます」


『なに? あいつめ、弟子の教育を怠ったな』


 しかめっ面で猿君と戦ってる先代を見る先々代。だが言わせて貰えば、この爺さんを筆頭に歴代のアーサーはどいつもこいつも化け物ばっかりなのだ。その中で最弱と言っても、世間一般からしたら十分化け物である。


「いえ、歴代で最も高潔で腕も悪くないらしいんですけど、どうもしっくりくる剣が無いらしくて」


『うーむ剣か……うーむ……私も若い頃はそうだったから強くは言えんが、それでも"アーサー"を名乗っている以上な……』


 どうやらこのお爺ちゃんにも剣が合う合わないは覚えがあるらしい。剣か。


「ところで、白き竜を僕がちょちょっとやっておきましょうか?」


『心配無用。"アーサー"が竜に負ける事などない。人の世は人が解決する』


 うはははは。親父が好きなタイプだわこの爺さん。


『オオオオオオオオ!』


『せいやあああ!』


 先代と猿君の戦いも佳境だな。


 でも、俺は親父じゃないからな。


 それに


 天邪鬼なのだ。


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆
























 第二形態変身。


 我が身こそ人の想い。人の願い。その依り代。その化身。


 それを束ねて今ここに奇跡を。






 いだだだだあああああああああああああああ!


 痛あああああああああああああああああい!


 相性最悪ううううううう!


 ぬおおおおおおおおお根性だ俺えええええ!


 突き破ってる突き破ってる!


 で、出来たああああ!


 もうやんねええええええ!

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