出動 夜

『本日夕方、国が所有する建物に乗用車が激突。乗っていた三名全員が死亡しました。また、この全員の血液から高いアルコール成分が検出され、飲酒運転が原因で操作を誤った可能性もあるとして警察は捜査を続けています』


 お姉様と一緒に夕飯を食べていると、テレビのニュースが今日起こった事故を伝えていた。


 しかし飲酒運転で事故死かー。やっぱりお酒は怖いなー。


「それで今日はどうするの?」


「何がですかお姉様?」


「とぼけちゃって。夜こっそり散歩しに行くつもりでしょ?」


「え!?」


 どどどうしてそれを!? 確かに今日は新月の日だからテンション上がっちゃって、丑三つ時辺りにスキップしながらお散歩するつもりでしたけど!


「丑三つ時辺りに、スキップしながら散歩するつもりだったんじゃない? 私を置いて一人で」


 やべえよやべえよ。お姉様にもろバレだよ。あ、その笑顔素敵です。


「でででも、夜中も夜中ですから、お姉様にご迷惑かけられないなーって」


「あら、明日は休みだから偶にはお昼まで寝ましょう。あなたと、いっ、しょ、に」


「ほああああああ!」


 お姉様わざわざ僕の所までやって来て、耳元でそう囁かれたらあああああ!


「という訳で深夜のデートね」


「ふぁい」


 でへ。でへへ。お姉様との深夜デート。でへへ。


 プルルルルルルル


「あら、珍しいわね」


「ですね」


 珍しい。一応電話は置いてあるけど、今まで鳴ったことはなかったのに。いやあ、スマホで片付く現代社会ってすごいね。おっと、とにかく出ないと。


「はいもしもし」


『私メリーさん。今』


「人違いです」


 ガシャン


「誰から?」


「人違いだったみたいです」


「あらそう」


 受話器から女の子の声が聞こえてきたが、今時メリーさんなんて流行らんよ。化石は大人しく土に埋もれてろってんだ。しかし出たのが俺でよかったな。これがお袋ならあらあら言いながら一時間は親父との惚気を聞かされるところだったぞ。田舎なせいで新しく惚気る相手はもういないもんだから、新しい獲物に飢えてるんだ。既に村人は全員犠牲となっている。


 プルルルルル


 また掛かって来たよ。心底うぜえ。


「はいもしもし」


『私メ』


 ガシャン


「しつこい悪戯ね」


「ですね」


 全く。お食事中というのにこのしつこさよ。俺の気が長くて助かったな。これが野球観戦中の親父だったら、毎日全力で球場へ応援に行く呪いを掛けられてたところだぞ。なにせあそこを応援しているのは村では親父一人なんだ。つまり事野球においてのみ、親父は村八分。村のコミュニティから追放されているのだ。仲間を沼に引きずり込むチャンスを逃すとは思えん。暗黒時代? うっ頭が……。


 まあとにかく、訳の分からん反撃をするお袋や、優勝を逃すたびにあの呪いは自分は関係ないとぶつくさ言っている親父に比べて、俺はマリアナ海溝よりも深い慈悲の心で対応しているのだ。


 プルルルルル


「もしもし」


『私メリーさん』


 ぶちっ


 ◆


 四葉小夜子


 受話器を持った彼が第一形態の姿になって忽然と消えた。どうやら仏の顔も三度までは邪神にも通じるらしい。


『僕邪神。今お前の後ろにいるんだ』


『は? ぎゃああああああああああ!?』


 コードにぶら下がっている受話器から、聞き覚えのない悲鳴が聞こえてきたけれど、夫との楽しい食事を邪魔した罰ね。


 それにしても月のない日のデート、か。ふふ、胸が高鳴るわね。


『ああああああああああああ……………』


 ◆


 ◆


 いええええええいお姉様と丑三つ時デートだああああああ!


 ロウソクも五寸釘も藁人形も無いけど、お姉様が居てくれたらそれで良し!


「静かないい夜、とはいかない様ね」


「ですね!」


 問題なのは草木も眠る丑三つ時なのに、街の何か所かで異能者と妖異がやり合ってることだろう。あ、向こうで光った。浄力の光ぃ!?


「昼間といい変ね」


「ちょっと妖異が多いですね」


 いくら妖異達が新月の日でテンションが上がったにしても、ちょっと数が多い。いや、特段多いという程でもないが、異能学園の生徒達が普段から街の浄化をしている事を考えると、やはり今日は多い気がする。


「という訳で僕、今ちょっとここら辺危なくなってるんだ」


「でもパパとママが来るまで待ってないと」


 そんなちょっとデンジャラスになってる夜の街に、8歳くらいの男の子がいたらどう考えても危険が危ない。迷子は早く送り届けてあげないと。


「じゃあお兄ちゃんがパパとママの所まで連れてってあげるよ」


「ほんと!?」


「任せておきたまえ。という訳でちょっと行ってきますお姉様!」


「じゃあ私はちょっと暇つぶししてるわね。幸い見物先には困りそうにないし」


 お姉様は俺がこの子を届けている間、街中でドンパチ賑やかにしている学園関係者を見に行く様だ。

 さて行くか。全く。こんな時間に子供を放っておくなんて、びしっと一言言っておかねば。


「それじゃあ行くか!」


「うん!」


 男の子を肩車して歩き出す。やっぱ軽いな……。


 んげっ。あの婆こっちを凝視してやがる。誘拐かって疑うんじゃねえよ。ちっ。わーってるよ。この前河原で石遊びしてたガキ共を追い散らしたのが悪かったんだろ。どーもすいませんね。あ、河原の管理人さんいらっしゃらないんですけどどうしました? ってその時踏んづけちゃいましたね。まだ完治してないんですか。ははわろす。おおっと近づくんじゃねえぞ変態婆。俺は露出趣味無いんだわ。


「お兄ちゃん、あのお婆ちゃんどうしたの?」


「はっはっは。ちょっと前来た時に揉めちゃってね。今は大丈夫さ! あ、子供二人でお願いします」


 近くにいた運ちゃんに子供二人分の運賃で出発してもらう。


「僕お舟乗ったの初めて!」


「実はお兄ちゃんもなんだ!」


 普段は乗る必要ないからなあ。なんだよ運ちゃん。言いたいことあるならはっきり言え。おっと早くも到着。てめえ俺と一緒にいたくないから速度上げたんじゃないだろうな?


「このお花なんて言うの?」


「リコリスって言うんだ。綺麗でしょ」


「うん!」


 そうだろうそうだろう。俺が四葉のクローバーの次に好きな花なのだ。


「ここにパパとママがいるの?」


「そうさ!」


 ここの社長はいなくなって久しく、いるのは下っ端の従業員ばっかりだ。それでも何とか維持している辺り彼等のブラック環境を察してしまう。我が帝国はそんな労働環境にならない様気を付けないと。あ、お勤めご苦労様です。そんな目ん玉飛び出た様な顔しなくてもいいじゃないですか。


「パパとママに会ったらどうする?」


「んーすぐ寝たいー。僕眠たいんだ」


「そっかそっか。でもお風呂と歯磨き忘れちゃだめだよ」


「えー。歯磨きめんどうー」


「虫歯を甘く見てはいけないぞ。お兄ちゃん昔それで痛い目を見たから」


「どんなー?」


「ドリルがギュイイイイイインさ。ギュイイイイイイイン。だから朝昼夜歯磨き。これ大事。ん?」


 ……………………


 いったか。お休み。

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