殺伐とした青春

出動

 草木も眠る丑三つ時。しかも明日、いやもう今日だが、新月ときて、外は街灯以外真っ暗も真っ暗。そんな日に邪神がする事なんて決まっている。それは当然。


『キャアアアアアア!』


「ぎゃあああああああああああああ!?」


 びっくりした!びっくりした!超びっくりした!


 ふう、ホラー映画の鑑賞である。


 お姉様は胃に剣で色々スッキリしたらしく、それはもう穏やかに眠られているのだが、俺は新月の日の前後は邪神的に寝つきが悪くなるのだ。まあ満月の日もだが。

 そんな訳で第一形態となってリビングを閉鎖空間にして音を遮断し、気になっていたホラー映画を鑑賞していた。勿論第一形態そのままで。真っ暗闇の中でテレビを見ている人型の注連縄もホラーだな……。


 ところでこの新月や満月の日の前後は妖異も活発化するため、一年の推薦組は学園長をツアーガイドとして伊能市内をぐるりと回る事になっている。

 と言うのもこの伊能市、元々妖異の出現が頻発していたようで、その対処の為に異能学園が建てられた経緯があったのだ。決してそれが原因で地価が安かったから建てたわけではない。決して。


 その為今日は朝昼と学外授業なのだ。めんどい。今まで新兵、じゃなかった、新入生だから様子見だったけど、妖異が出る出ないに関わらず現場の空気を感じさせる頃だと、例年暑くなり始める時期に開始されるみたいだ。なお一番不味い逢魔が時と丑三つ時は、最上級生と単独者、教員達が担当しているらしい。今もひょっとしたら巡回中かもしれん。


 ん!? 邪神センサーに感あり! ちょっと遠くに強力な妖異の反応だ! 邪神いきまーす!


 ◆


 ちょっと簡素な住宅街の点滅している街灯の下、後ろ姿しか見えないがこの暑くなってきた時期にコートを着ている女性。間違いなくあれが妖異だ。さて、一応お悩み相談係として、最初はお話から始めなければ。


「もし、そこのお姉様」


「私?」


「そうですお姉様。何かお困りでは無いですか?」


「そうね……困っている事と言えば……」


 お、これはいい感触なのではないか? 妖異が話していきなり攻撃してこない時点で素晴らしい取っ掛かりだ。尤もそういうタイプは非常に強力な事が多いのだが……。


「口が裂けてるのぎゃああああああああああああ!?」


「ぎゃあああああああああああああああああああ!?」


 急に振り返った女性だが、こ、こいつはまさかああ?


「口裂け女だあああああああああああああああああ!?」


「注連縄が喋ってるうううううううううううううう!?」


 怖えええええええええ!?


 え!? 注連縄!? やっちまったあああ! つい第一形態のままだった! は、恥ずかしいいいいい!


「きゅうっ」


 ってビビり過ぎて成仏しやがった! 嘘だろ!? ただ目の部分が真っ赤なだけの邪神系人型注連縄が、夜中の点滅してる電灯の下で喋っただけじゃねえか! むしろボンレスハム体形を見られた俺が恥ずかしくて死にそうだわ!

 

 はっ!? 俺と口裂け女の叫び声がデカすぎて、周りの家の明かりが点き始めた!? 睡眠妨害ごめんなさい! すぐ帰るんで許して! ワープ!


 ◆


 ふう、何とか我が家に逃げ帰れた。いやしかし、なんて強敵だったんだ。あと少しでパンツを替える羽目になるところだった。俺って日本原産だから、洋物みたいにドカンと来る怖さは苦手なのだ。それを考えるとあの口裂け女は異端だね異端。もっとじわじわ来いよ。


 いや、真面目な話、かつて非常に強力だった妖異と言うべきか。というのも口裂け女の都市伝説がピークだった最盛期、ある意味日本中から信仰された奴はマジで手に負えなかったようで、身体的に最も優れた高位の霊力使いを容易く凌ぐ身体能力に、手に持っていた包丁やハサミはそこらの霊刀を逆に切り落とし、浄力で張られた結界もぶち破るほどの怪物っぷりだったらしい。今で言うと特鬼は硬いだろうな。


 だが盛者必衰。胃に剣が被害に耐えかねてなりふり構わず、ある意味ブチ切れた結果、メディアに圧力をかけまくり、口裂け女をいなかったかのように扱うと、次第に噂も収まりどんどんと弱体化。今では夜中に喋る注連縄に出くわしただけで昇天する有様だ。


 しかしまさか、噂や信仰心が妖異に与える影響についての項目で、教科書に載っているだけのような存在が現れるとは……犯罪の臭いがする!


 ◆


 ◆


「おはようあなた」


「おはようございますお姉様!」


 別になんも起きんかったわ。ロートルが思い出で出て来ただけかよ。ぺっ。


「今日は面倒ね。いえ、あなたとの市内デートと考えたらむしろいいわね」


「ぼぼ僕もそう思いますお姉様!」


 そうだ。面倒だと思ってた市中引き回しの刑だが、お姉様と一緒だと市中デートに早変わりだ。ゴリラも一緒だから、妖異の運命は打ち首獄門に変わりはないけど。こう、阿修羅の剣でズバッと。


 って待てよ? 学園長、胃に剣から帰って来れたのか? カバラの聖者達がいつまでいるか知らんけど、その抑止力とアピールの為に、胃に剣の所長が学園長を離さないんじゃないのか? という事はお姉様のコピー式神でこっそり抜け出して、本当に市内デートが出来るんじゃ。でへ。でへへ。


 ◆


 ◆


 ◆


「諸君おはよう。今日は校外授業だから、しっかりと気を引き締めて臨んで欲しい」


 やっぱりね。知ってましたよ学園長。

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