世界の敵

『シャアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 三度の咆哮。八つの首全てが、カバラの聖者達を獲物ではなく敵だと認識見たする。


 そう見たのだ。


 宝石の目を持つ蛇と、冠を頂く蛇の王が。


 メドゥーサとバジリスクの蛇が。


 見たものを殺す石にする恐るべき蛇が。


『目を見るなよ!あいつにはそれだけでいい!』


 流石は大天使長ミカエルの権能を宿す者。仰る通り。詰め込んだがゆえに、見られたら死ぬのではなく、見たら死ぬに能力が劣化してしまっている。


『俺はサタンの首を抑える!』


 まあそうでしょうね。サンダルフォンがいない現状、赤き蛇の首を、サタン神の敵対者の首を抑えるのは、ミカエルたるあなたの役目でしょう。なにせ一度地獄に叩き落として、絵画じゃしょっちゅうサタンを踏んづけてますし。


 サタンの首もミカエル以外目もくれない。お互い不倶戴天。絡みつこうとする蛇を、ミカエルの聖者はどこからか呼び出した炎の剣と盾でいなし、隙あらばその首を切り落とそうとする。


『シャアアアアアアアアアアアアアアア!』


 それぞれの首も敵を定めた様だ。


『牙で食いつこうとしている蛇の目を見るなとは!』


『うえーん! お化粧用の鏡を持ってくればよかったー!』


 メドゥーサとバジリスクの眼を決して見るまいと、2人の聖人が押さえつける。


『■■■■■■■■■■』


『呪文!? こいつまさかアジ・ダハーカなのか!?』


 人には理解不能な言語で唱えられた魔法。それによって引き起こされた、雷を、炎を、そして何より毒を回避しながら、一人の聖人が叫ぶ。御名答。

 その首こそ悪の根源にして千の魔法、アジ・ダハーカ。


『いざ我が軍よ!』


 おおっと、カマエルの権能だな? 流石にオリジナルの14万4千とはいかないが、おおよそ千の顔のない天使達の軍勢が聖者達に加勢し始めた。一体一体が普鬼程度だろうか。だが千もの数になると馬鹿にならない。


『ジャララララララアアア!』


 しかしそれは世界の敵もできる。首の一つが叫ぶと、そこからボトボトと翼の生えた蛇達が産み落とされる。だがこの蛇達弱い。下手をすれば最下級の小鬼程度の強さしかないだろう。


『なんだこの数は!?』


 その代わりに多い。ただただ数が多い。雲霞の如き、まさに雲も天も埋め尽くす蛇達。アバドンが蝗を召喚したらこうなるだろうか? どちらにせよ、世界の終わりを連想させるには十分だろう。


 そんな蛇達が、天使達、聖者達に襲い掛かる。彼等にとっては雑魚も雑魚。少し自身の圧を高めるだけで、蛇達は吹き飛んでいく。だがもう一度述べるが数が多すぎる。一瞬だけ空白地帯が出来ても、すぐに蛇がまた埋まり、視界を遮り、隙あらばその身の毒を流し込もうとする。この毒だけは雑魚とは言えない。


 なにせあれから生まれ出でた蛇達なのだ。ほんの一滴でもその身に浴びれば、たちまち蝕まれ失墜するだろう。


 世界樹の根を蝕む毒蛇なのだ。生命の樹の根すら蝕むだろう。


 そう、その毒蛇こそ、怒りて臥す者、ニーズホッグ。


『尾を食う!? ウロボロスか!』


 八つの首の内、最も特異な行動をしているのは、後ろに反り返って自らの尾を食べている蛇だ。しかも攻撃だってしていない。ただそれしかしていない。単に攻撃に耐えている。


『分かったぞ! 体全体の再生を司っているんだ! こいつを先に倒さねば黙示録の獣は不死身だ!』


 初見でそこまで見抜くかよ。見事と言うしかない。流石は知恵たるコクマーの守護天使ラツィエル。その通り、その蛇こそ永遠不滅。死と再生。ウロボロスだ。その首を落とさない限り、世界の敵は何度でも蘇る。だが八つの首の中で、最も頑強で最も打たれ強いその首を切り落とすのは、果たして一人で足りるかな?


『こいつは資料で見たぞ! ヒュドラだ!』


 そして更に一つの首。正真正銘最初の世界の敵。ギリシャを蹂躙し、NATOを叩きのめし、世界中の異能者を尽く殺戮したヒュドラ。その首は特に特別な内の一つだ。なにせこの存在を作り上げるのに使った思念が、記憶が形となって現れたのがこの世界の敵なのだ。血の一滴、牙から滴る毒の一滴は、これが訓練でなければただ死しかもたらさない。しかもである。


『こいつもだ!』


 またしてもラツィエルの聖者が気づいたらしい。この聖者、ひょっとしたら最も厄介な存在なのかもしれない。なにせいるだけで能力が丸裸になってしまう。


『こいつも不死身を司ってる! ウロボロスとヒュドラは同時に殺さないとだめだ!』


 まあそれも当然。なにせヒュドラなのだ。首を落とされてそれで終わりだなんてなる筈がない。しかもウロボロスとは全く別の存在なのだ。片方を殺しても、もう片方が即座に蘇生する。


 まさに再生の象徴、蛇たる権能。


『こ、この首、強すぎる!』


 そして最後の首。もう片方の特別。素戔嗚尊ですら搦手を用いるしかなかった日ノ本最強の怪物。そして八つの首の内、最も力強く、最も早い蛇である。今だって聖者の1人をその咢で捉え、何とか剣を挟んで耐えているその身を噛み砕かんとしているのだ。


『傷一つ付かない!?』


 しかもである。呼び出された土地が不味かった。日ノ本最強の怪物が日本に降臨しているのだ。今この蛇は、日本由来の神々の系譜の者以外には殆ど無敵となっている。現にウロボロスにはなんとか傷を付けていた聖者達の攻撃が、この首にだけは全く効いていない。サタンの首すら焦げ付かせているミカエルの攻撃でもだ。


 サタン

 メドゥーサ

 バジリスク

 アジ・ダハーカ

 ニーズヘッグ

 ウロボロス

 ヒュドラ


 そして八岐大蛇


 かつてギリシャで散った者達。その様々な国籍の者の思念が混ざり合って生み出された怪物。


 世界の敵のそのモノこそが、この蛇なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る