世界の危険2

「やあ四葉夫妻。おはよう」


「おはよう飛鳥」


「おおおはようございましゅ!」


 バスの席は俺が窓側でお姉様が通路側、そして通路を挟んだ向こうには佐伯お姉様が座っていた。

 いやあ、今日も凛々しくてかっこいいですね!


「小夜子の事だから、カバラの聖人が来るときに見学に行きたかったとか思ってたんじゃないかい?」


「あらよく分かってるわね」


「それで喧嘩を吹っ掛けると」


「そんな事しないわよ。少しお話するだけ」


 いやあ、佐伯お姉様よく分かってらっしゃいますね。お姉様はこう言ってますが、僕も間違いなくそうなってたと思います。なにせ面白い事に目が無いお姉様ですから、多分少しのお話が僕達の思っているよりもずっと別の事になるんじゃないかと……


「あなたも何か言ってあげて。彼女、私を愉快犯とか戦闘狂みたいに言ってるのよ」


「はひ! 姉様はとっても優しくて素晴らしい女性であります! そんな事は多分無いと思います!」


 お姉様に急に話を振られて心臓止まるかと思った!


「尻に敷かれてるねえ貴明君」


「お姉様のお尻ならバッチ来いであります!」


「お熱い事で」


 でへへ。やっぱり佐伯お姉様もそう思います? 僕達お熱いでしょ。


「ん?」


 おっとどうしました学園長? 携帯取り出して。今移動中ですけどこれも授業ですよ。先生がそれはマズいんじゃないですか?


「お久しぶりです。ええ、今そちらに向かっているところです。なんですって? いやそれは……」


 相手は誰だ? なんとなくだけど幸薄そうな気配してんな。こう、自分と全く関係ないのに、禄でもない事に振り回されてる奴のような感じがする。

 そんな気配の人物と電話している学園長は、チラリと俺と小夜子お姉様の方を振り返って、それはもう困った顔をしていた。主席たる俺とお姉様をそんな顔をして見るなんて一体何事だ?


「見学はそのまま行ってくれるのですね? ……分かりました。ええ、ええ。それでは。はあ……」


 本当にどうしたんだ学園長? 俺は知らないからなってため息ついて。


「すまないが予定が少し変更になる。少し異の剣の所長に呼ばれてな。諸君達の見学には同行できないようだ。係りの者の言う事をよく聞くように」


 ははあ、分かりましたよ学園長。主席として皆を纏めたらいいんですね? それにしてもどうして大人しくしててくれよって目で、僕とお姉様を見てるんです? いやだなあ、どんな問題児だと思ってるんですか。単なる見学に騒動を起こすわけないじゃないですか。


「何か面白そうなことが起こってるみたいね。ちょっと抜け出しちゃいましょうか」


「はいお姉様!」


 わりいな学園長! 主席の前にお姉さま第一主義者なんだわ!


 ◆


 ◆


 ◆


 やって来ました異能研究所。外見は……どっかの公民館みたいだなおい。って言うかなんだこの気配? ゲロゲロな気配が一杯いいるぞ。特にゲロゲロなのは……10ちょい? これ職員なわけないよな? だとしたらちょっと異の剣舐めてたな。世界有数の組織は伊達じゃない。


「それでは学生の方をお預かりさせてもらいます」


「よろしくお願いします。では諸君、貴重な機会なのだから学ばさせて頂きなさい」


 どうして俺とお姉様をそんなに見るんですか学園長? まあ言っても無駄だろうなって諦めの色が浮かんでますよ? よく分かってるじゃん。


「私ちょっとお手洗いに」


「あ、僕も!」


 学園長が行ったのを確認して、ちょっとだけ集団から抜け出す。クラスの皆さんどうして、あ、こいつら抜け出すなって目を向けてるんです? 言っておきますけど、そんなつもりはさらさらないですよ?


「さて、と。早速役に立つわね」


 通路を曲がって皆さんから隠れると、お姉様が懐から式神符を2枚取り出した。


「出て来なさい」


 これはある意味特別な式神符なのだ。お姉様が式神符を起動するとそこには


「ご命令を」


 俺とお姉様そっくりな人間が立っていた。そう、この2体の式神こそ猫君のドッペルゲンガーを参考にして作られた、題して、授業をばっくれて2人でデートする時用の身代わり君なのだ。尤も学園長には気付かれる程度なのだが、そのゴリラは現在不在だ。だからこの式神に見学に行ってもらって、俺とお姉様は2人で内緒の見学ツアーを行う。


「見学ツアーに付いて行って、適当に過ごしておいて」


「はい」


 お姉様の指示に従って、さも今トイレから出てきましたと、少し時間を置いてからクラスの皆さんに合流する式神達。皆さん、え? 普通に帰って来たとか思ってますね? まあ、実際返っては無いんですけど。


「それじゃあ私達も見学デートしましょうか」


「はいお姉様!」


「勿論まずはそれなりの気配が集まってるところね」


 デート。デート。お姉様と見学デート。


 ◆


 ◆


 ◆


「あらあらあら。まあまあまあ」


 お姉様が楽しそうで僕も何よりです!


 異の剣の大規模な訓練場と思わしき場所。そこは別世界でした。


 って何じゃあの面子! あれイギリスの先代"アーサー"に、アメリカの"一人一個師団"、ギリシャの"マーズ"じゃん! その他にもどいつもこいつもテレビで見た事のある、異能者としての最高峰、国家最強クラスばっかりじゃん!


 ままままましゃか、世鬼の訓練に!? やべえよやべえよ。大事だよ。この集団がすでに世界の危険だよ。気のせいか発する圧で景色がぐにゃぐにゃしてるよ。


「タイミング的に世鬼に用事よね」


「ですねお姉様。ただ……」


「そうね。ちょっと若いのがいないわね」


 そうなのだ。この面子、とんでもなくヤバい連中なのだが、先代"アーサー"を筆頭に、どちらかと言うと現役を退いている、もしくは退きかけている状態なのだ。つまりここにいるのは平均年齢がかなり高く、組織を率いているような立場の奴等だ。


「視察かしら?」


「いやそれが、かなりゲロゲロな気配がまだ外に出てないんですよ」


「あら、そんなのがいるの?」


「はい。うーんこの気配は……」


 多分この連中は視察だと思うんだけど、このゲロゲロな気配の連中はひょっとしたら世鬼に挑むかもなあ。


 おっと外に向かい始めたかな? しかもなぜか学園長の気配も一緒だ。ゲロゲロな気配の質とは違うけど、大きさは殆ど一緒だから気づかんかった。あのゴリラ、日に日に気配増してるんだよな。そのうち生涯現役とか言いだしそう。


 あ、出て来たあああああああああ!?


「うふ、うふふふふふふ」


 うっそだろなんでここに居んだよ! お宅ら来月来るはずだろ!?


「カバラの聖者。うふふ。酷いわね、来月来るだなんて嘘情報を流して」


 ああああ臭うううううう! 万が一負けてメディアにすっぱ抜かれるのまずいから、嘘情報流して秘密裏に訓練しようと企んだ臭いだあああああ!


「聖者に対抗するために学園長呼ばれたのね」


「そうみたいですね」


 やっぱ元日本最強のネームバリューはあるんだろう。この国やたらと妖異が強いからな……。海外でブイブイ言わせてた奴が、日本の妖異に全く通用しなかったって話は結構あるくらいなのだ。そんな日本で最強と呼ばれてた学園長は、ビッグネームがやって来る異の剣にとって、見栄を張るための格好の人物だったのだろう。だから呼ばれたんだな。


『あれが竹崎重吾。現役を退いて久しい筈なのに、なんだあの気配は……』

『むう……』


 そんなゴリラは、最近猿君とキャッキャうふふしてる甲斐もあって、お年寄り達の中でもひと際抜きんでた存在感を放っている。


 きゃー学園長すてきー!


 ところでどうしてキョロキョロ辺りを見回してるんです? 心配しなくてもお姉さま特製の御札のお陰で、僕達の姿は誰にも見られていませんよ。


『それでは今日はよろしくお願いします』


「ええ」


 え!? 本当にやるんですかカバラの皆さん!? なんか数足りないんですけど大丈夫ですか!?

 あ、また臭って来た! 世鬼って言っても異の剣が言ってるだけだから、君達なら大丈夫って送り出されたんですね!?


 ちょっと周りの人達も止めてあげて下さいよ! あんたら単なる観戦武官だったのかよ!


「それでは早速始めましょう」


『望むところです』


 てめえこの異の剣の爺! 胃が痛いからとっとと終わらせようなんて面してんじゃねえ! この人ら、2人足りないんだけどちゃんと


『ラツィエルよ』

『ザフキエル様。その御力を』

『ザドキエルの力をここに』

『カマエルよ!』

『ミカエルが邪を討つ!』

『ハニエルが調和する!』

『ラファエル様お守りください』

『ガブリエルよ告げたまえ』


 あああああああああああ!? いねえええええええええええ! よりにもよってサンダルフォンがいねえええ! いやまだだ! ミカエルがいるならまだ大丈夫! でも出来ればサンダルフォンとミカエル、メタトロンが全員いて欲しかった! なんたって相手は!


「起動!」


 あ


『あ、あ、あ』

『神よ……』

『地獄だ……』

『あ、あれこそが、も、黙示録の』

『神よ救い給え』


 カバラの聖人達だけではない。その恐るべき姿を見た全ての者が、口々に神に救いを求めた。


 あれなるは八頭八首八尾。かつて八つの谷を越え八つの峰を覆いし怪物。


『ギッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 天へと叫ぶ。

 空が赤く染まる。

 大地が燃える。

 滴る毒。


『シャアアアアアアアアあああああああああああああああaaaaaaaaaa!』


 再び叫ぶ。日ノ本で最も強きものは、鬼の小僧共でも、狐でも、蛙でも、烏でもない。と。


『サ、サタンンンンンンンンンンン!』


 その中でミカエルの権能を持つ聖者が憤怒の表情で叫ぶ。


 少し違う。黙示禄の獣ではない


 ただ、首の一つが赤く、そして王冠を頭に戴いてはいる。だからサタンの敵対者サンダルフォンがいて欲しかったのだ。


 だがもう一度言うが、それは首の一つでしかない。


 宝石の目が

 永遠が

 王が

 千の魔法が

 日ノ本最強が

 不死身が

 怒りて臥す者が

 神の敵が


 世界の敵が


 蛇がその姿を現した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る