仮想敵
学園長に促されるままホイホイ訓練場に足を運んでしまった。しかし主席として頼むと言われたら断れない。ここはいっちょ呪いの専門家として一肌脱いてやるか。だが呪いの専門家って言うと一気にヤバい奴に変貌するな。呪いそのものって自称するか? もっとヤバい奴になるな。これは追放不可避だ。ちょっとだけ自重しよう。
『マックス陽動してくれ!』
『おお!』
訓練場では新兵さん達が最後の追い込みをしていた。もう泥ではなく、その下の蜘蛛状態とずっとやり合ってるようで、初日に比べて明らかに練度が上がっている。それゆえだろう、初日から見学している先輩達の手も止まらずノートに何やら書き込んでおり、隅の方にはホワイトボードを持ち込んで、連携やら動き方を確認している人達までいた。前から思ってたけど向上心ありすぎだろ。いや、部活の学生だって真剣に取り組んでるんだ。将来自分や他の人の命に係わるなら猶更か。
『四葉貴明参りました!』
『よく来てくれた。ただでさえ学園の厚意に甘えているため心苦しいのだが、是非今日もその知識を我々に授けて貰いたい』
『喜んで!』
教官殿達に挨拶したら、ハ、ハンドシェイクされた! これが本場の挨拶なのか!?
『聖なる鎖よ!』
『キッキイイイイ!?』
お、新兵君達が出した鎖が蜘蛛君の足全部に絡まった。流石はアメリカ校の選ばれた精鋭達だ。防戦一方だった頃に比べたら格段に成長している。
『ですがあれだけ上手く非常に危険に対処出来ているなら、自分の出番はそう無いかもしれませんね』
『いや、まだまだひよっこ供だ』
またまたー。非鬼の対処はベテランが原則だと考えたら、新兵さん達はかなりよくやってる。現に教官殿達も嬉しそうじゃないっすか。顔は鬼軍曹を崩してないけど。
『それにあの蜘蛛が非常に素晴らしい。ひよっこ共が課題をクリアする度に、次のステップを準備してくれるのだ。他国のを含めて色々と仮想敵を見てきたが、奴は間違いなく世界で一番優秀な仮想敵だ。しかも明らかに失策をしたウチの生徒を態々我々のところまで吹き飛ばしてくるんだぞ? どこが悪かったか指摘しろとな。もう一度言うが奴は間違いなく世界一だ。この学園は素晴らしいものを得ている』
蜘蛛君べた褒めされてますよ。よもや猿君に先駆けてワールドデビューを成功させるとは。しかしそっかー。一番最初に強化された式符だけあって面倒見のいい兄貴分なんだなあ。
『猿の方はどうでした? あまりそういう感じには見えませんでしたが』
猿君はそんなサービスするタイプじゃないからなあ。何と言っても弱い自分が嫌だから相手を粉砕するという思考なのだ。ぶっちゃけマジの戦闘相手にしかならない。
『いや、むしろ特鬼はそうでなければならん。海外への派遣も含めて何度か相対したが、奴らはそれこそ特に無慈悲なモンスターなのだ。だからそんな物の相手をするならば、訓練といえあれくらいの方が丁度いい。別の意味で世界一だな。まあ、特に危険の仮想敵という希少性もだが』
ワールドアイドルというより、バトルモンスター呼ばわりされそうだった猿君だったが、猿君の方も評価されている様だ。よかったなあ。
『ウチの学園長は蜘蛛と猿も使って人材交流を図ろうとしてますけど、特に危険を相手にするような人が簡単に国を離れられますかね?』
『ふうむ、少し難しい質問だな。恐らく蜘蛛の方はひっきりなしに客が来るはずだ。現に即食いついた我々がいるからな。一部の選抜されるような学生の最終相手として最も相応しいのだ。だから我々の様に、学校単位で大勢来るのはまず間違いない。まあ、ひよっこ共の手前大きな声で言えないが、目標に打倒は含まれていないだろうが』
よかったな蜘蛛君。君は集客率抜群の様だぞ。これからも頑張ってくれたまえ。
『そして君の言う通り、特に危険を相手取れる者達。この国では単独者と呼ばれているそうだが、確かに所属している国が許可を出さない可能性はある。我々は現役を退いているから許可が出たが、そうでなければかなり難しかっただろう』
うーむ、ワールドデビューを目指して強化された猿君の方が、むしろ世界的存在から遠いのか。
『だが……』
『だが?』
『その本人が来日を強く希望する可能性はかなり高い。というかほぼするだろう。特に危険となれば強制的に招集されるからな。それならば命を落とす危険がない仮想敵と戦い、本番で少しでも生存率を上げたいと思うはずだ。そして当然国家の方も少しでも損耗率は下げたい。だが万一の時にいないのも困る。だから最初に言った通り、少し難しい質問になる。現実的にはローテーションで1人か2人と言ったところだろうが、世界中それを行うとなれば学園長の思う通り交流も活発になる筈だ』
ははあ。実際やるまで不透明だけどかなり可能性は高いな。そしてそうなれば異能関連で最も賑やかな場所となるだろう。つまり全ての道は異能学園に通ず。つまりブラックタール帝国はローマ。証明完了。Q.E.D。
ん? 蜘蛛君が俺がいるのを確認したな。何する気だ? あ、毛穴全部からガス噴いた。ははあ、俺に教えろって事か。
『近寄るな!』
『ガスは初めてだ!』
『ぐっ、うううううううう! ぬうおおおおおお! と、止めてくれえええええ!』
『ケビン!?』
『神よこの者の心に平穏をもたらせたまえ!』
『ケビンしっかりしろ!』
『ぐううううう! 皆逃げてくれええええ! 体が止まらないんだああああ!』
『ダメだ効果がない!』
『教官殿、ケビンが錯乱しています!』
蜘蛛君の至近距離にいたせいでもろにガスを浴びてしまった新兵君が、目を真っ黒にして味方であるはずの他の新兵君達に襲い掛かっている。
これは名教官蜘蛛君だ。俺が呪詛に対するレクチャーをしたから、蜘蛛君も呪詛をより高度なものにしたのだろう。手あたり次第攻撃をするのはこの系統では初歩だが、呪詛全体としてみるなら若干上だ。まあ酷いのになると、全く自覚無しに利敵行為をするから質が悪い系統なんだよなあ。だがこの系統、よっぽど高度でなければ簡単な対応手段がある。
『全く未知の呪詛だ……これに対する方法はあるのかね?』
『どうやらお役に立てそうです。彼、スタンガン程度の電流なら平気ですかね?』
『もちろんだ。そんな柔な鍛え方はしていない』
流石だ本場アメリカだ。桁が違う鍛え方をしているのだろう。あ、蜘蛛君も止まってくれている。では主席として頑張ろう。
『皆さん聞いて下さい。人の意思に反して行動させるのは若干高度な呪詛ですが、これには弱点があります。外部からの電気刺激に非常に弱いのです。という事で一発スタンガンくらいのをお願いします』
『サーイエッサー! 雷よ!』
『ぐわっ!? と、止まった!? 止まったぞ!』
この系統、よっぽどのよっぽどじゃなければ、電流で脳をリフレッシュさせると一発なのだ。だがそのよっぽどを食らった場合そいつは諦めた方がいい。それほどの呪詛の場合、食らった奴の戦闘力が落ちる事はなく、非鬼とかつての仲間を同時に相手しながら、仲間だけ無力化するなんてまず無理だ。まあその偉業を成し遂げても、正気に戻すためにバチカンの聖域まで何とか連れていく苦行が待っているが。しかも精神系統の派生だから気絶しないおまけ付きの。全く、そんなの使える奴とは知り合いにもなりたくねえな。
それも伝えると会場全体がおおーっとなった。皆さんこれが主席ですよ! しゅ!せ!き! どうですかクラスの皆さん!? 見直しましたか!? ってお姉さま以外誰もいねえじゃねえか! あ、一年の戦闘会の結果と次の課題が発表されてるんだった!
『素晴らしい知識だ。まさに主席だな。ところでアメリカに興味はないかね?』
『いえ日本が好きでして』
正体がバレたら追放されますけど。
『残念だ。この学園と学園長が羨ましいよ』
そうだろうそうだろう。この学園の生徒と学園長は世界で一番恵まれてると断言できるね。なにせ偉大なるブラックタール帝国の恩恵を受けているのだから。
『ぐわっ!?』
おっと蜘蛛君がまた別の呪詛を使ったようだ。かーっ仕方ないな! 主席としてレクチャーしてやらないとな! かーっ主席ってつらいわー!
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