四葉貴明という男

「朝のホームルームを始める。今日でアメリカ校は母国に帰る事になる。もし交流を計画している者がいれば、この後すぐ私のところへ来てくれ。それと今日も第一訓練場は解放されているため、空いたコマの時間は特に許可なく見学に行っていい」


推薦組である一年A組の朝の最初は、学園長であり担任の竹崎重吾によるホームルームから始まる。

かつての最強、竹崎重吾の教えを受けている事は、クラスのほぼ全員が望外の境遇だと感じ、それと同時に自分の名を上げるためのチャンスだと考えていた。


これは勿論自分の実力を高めるという至極純粋な思いと、日本各地に伝手がある竹崎の目に留まればそれだけ家の家格を上げられるという、これまた名家の者として当然で純粋な思いがあった。


その上、どうしても外せない用がある時以外は、出来るだけ担任として授業を受け持つという竹崎の言葉に嘘は無く、むしろ今まで多忙であるのは間違いないのに、一度も臨時の教員が来た事ないこともあって、自分達がそれだけ期待されているという思い、そしてその期待に応える、応えなければならないという、いい意味での緊張感も感じていた。


だがそんな生徒達も、入学してそこそこ経つと竹崎が特に注意を向けている生徒達がいる事に気が付く。


1人は当然四葉小夜子。尤もクラスの生徒達にとっては未だに桔梗小夜子だが。鬼子、怪物、化け物。様々な異名を持つ、人を超えているのではないかと思わされる、いや確信出来る魔人だ。そして入学前は噂程度に聞いていた彼女の逸脱っぷりは、同じ授業を受けていて完全な事実として認識させられ、彼女に向けられている感情は、当初混じっていた嫉妬や侮りは完全に消え失せ、今では殆ど畏怖だけであった。例外は闘志といった感情だが、それは本当に極一部である。

その為竹崎が彼女に注意を向けているのはある意味当然だと彼等は理解している。問題なのは。


「ただ貴明」


「はい?」


「君は先方から直接依頼があって、出来れば空いている時間は来て欲しいそうだ。アメリカの生徒達の対応と連携が上達するにつれて、非鬼の方も多種多様な呪詛を使い始めたらしい。その対応のレクチャーを受けたいそうだ。主席としてやってくれるか?」


「分かりました! 四葉貴明、空き時間に第一訓練場に向かいます!」


「うむ礼を言う。私から伝えておこう」


(一体アイツは何なんだ?)


そしてもう1人。小夜子以外全員が、未だにどう扱ったらいいか掴み切れていないのが四葉貴明という男であった。


明らかに推薦組の異能者としては落第にも関わらず、何故か自分達どころか、橘、佐伯、更には桔梗まで差し置いて主席となったこの男。今でも裏口入学と思われている上、四葉なんて苗字は誰も聞いた事が無いため、名家サロンでもあるA組の中で完全に村八分。つまり事実上の追放状態であった。


これには訳があり、貴明の父を知っている名家中の名家の生徒の親はいるのだが、問題なのは父が四葉という姓を名乗り始めたのは、貴明がお腹に出来るちょっと前の時期であったため、それ以前に会っていた彼等には四葉と邪神が結びつかなかったのだ。しかもこの邪神、入学式では号泣してハンカチで顔を隠していたため、顔が確認できていなかったという事も重なり、貴明は本当に一般庶民扱いであった。つまりある意味初代がうん億年の歴史を持つ四葉家は、名家というカテゴリーからも追放されてしまっているのだ。


そんな貴明が一般クラスに物理的に追放されていないのは、その追放する権限を持った竹崎重吾が、彼ら視点からすると非常に気を使っている。あるいは親しそうなためであった。出来るだけクラス全員と話している竹崎だが、それでも一番話しているのは貴明で、しかも既に数度学園長室から一人で出てくる姿も目撃されており、ひょっとして竹崎の隠し子ではないかと思っている者すらいた。


「私の式神どうしましょうかね。同じなのはつまらないし」


「お姉さまが作る式神なら、何でもカッコよくて可愛くて強いに決まってます!」


その上扱いの難しさに拍車をかけているのが、彼等にとって畏怖の象徴である小夜子が、何故か貴明と結婚しているという事だ。彼等にしてみれば全く理解不能状態であったが、貴明が劣等生だと下に見て突っかかったり、焼きそばパンを買ってこさせようものなら小夜子が出て来るのは明白で、とてもでないが直接手を出せないのだ。


『失礼します教官殿! 学園長殿から連絡があり、本日はご参加いただけるという事なので、ご予定の方をお伺いに参りました!』


『あ、分かりました』


しかもしかもしかも、更に更に更に扱いに困るのは、貴明がたまにであるが妙に博識な事だ。今もやって来たアメリカ校の生徒と英語で話しているのは勿論だが、霊力に始まり浄力の方も非常に詳しく、特に呪的なモノに関しては彼等が全く知らない知識を持っているのだ。尤も超能力や魔法の方に関してはかなり怪しいが。


つまり四葉貴明という男に関して彼等のスタンスは


(よく分からないから関わらないでおこう)


というものに尽きる。


憐れ四葉貴明。


彼はクラスから事実上追放されているにも関わらず、今日も学園の為、生徒達の為にと、設備の充実に涙ぐましい努力で励むのであった。

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