四葉小夜子の敗北

未だかつてあれほど無駄な時間を過ごした事があっただろうか。いや無い。なにせ半裸のおっさんが戦っているのを見てただけなのだ。一刻も早く戦闘会をしている、橘お姉さまと佐伯お姉さまの応援に行かねば。確か第一屋外訓練場だった筈。


「私はあなたと手を繋げて満足だけど、そうじゃなかったら面倒で堪らなかったでしょうね」


「僕もですお姉様! 一人でこの広いとこ歩くなんてうんざりします!」


だがこの学園広すぎるのだ! はっきり言って自転車がいる! これは内政する必要がありますね。最低でも学内自転車の設置だ。


あ、あそこだあそこだ。


見えてきたのはローマの闘技場の様な建物、というか作りはほぼ一緒で階段のある観客席と、中央に複数のタイマンエエリアがある。やっぱり剣闘士じゃねえか! 


ま、まあいい。お姉さまと一緒に観客席の方の最前列……は一杯だな。おんやあ君達ぃ、どうして女性しか写真のレンズに収めてないんだい? しかも複数のだ。上手く隠してるつもりだろうけど、頭から出てるピンクの煙は隠せてないぞ。という訳で食らえ! カメラのレンズ越しに女性を見ると、ととんでもなく腹を下す呪い!


「うっ!? ちょっとトイレに!」

「お、俺も!」

「いたたたたた!?」


悪は去った。後でその写真は俺に渡す事。


あれ!? どうして最前列のここだけ席が空いてるんだ!? お姉さまここ座れますよ!


「ふふ。いい席が取れたわね」


「ですね!」


いやあ、まさに日頃の行いがいいからだろう。

さて試合場はっと。6つも戦闘場があるとか、やっぱりそれくらいじゃないと人数的に捌き切れないんだろうな。そんでもって今日は対人らしく、1対1で殺し合ってるみたいだ。


「前の私なら興味なかったけど、あなたと一緒ならいい見世物と思えるから人生って不思議ね」


「お、お姉さま! ぼ、僕はあああああああ!」


橘お姉さま達の応援に来たのに、ずっとお姉さまの事見てしまいそうだ!

こら隣の先輩、なんだこいつら余所でやれとか思うんじゃない!


『おーっと! 一年の伊集院和弘と京極道隆が、お互い力を使い果たして単なる殴り合いになったぞ!』


え!? うちの名家の人達じゃないっすか!? 確か初日にメンチ斬り合ってた2人だ!


「うひょおストリートファイトだ」


見ると確かにウチのイケメン2人がぶん殴り合ってた。あれが名家ファイトか。どことなく気品を感じは、しないな。これには観戦してる生徒達も苦笑い。


「いいぞやれええええ!」

「蹴るんだ!」

「足笑ってるぞおおお!」

「そこだ一年坊主!」


してないな。うん。馬券でも買ってそうな雰囲気だ。やはりここはローマの闘技場に違いない。待てよ? 古代ローマという事は、全ての道はローマに通じているのだ。つまりローマ帝国はブラックタール帝国という事になる。国名もブラックタールローマ帝国にした方がいいか? 名乗っちゃうか? 正統ローマ名乗っちゃうか?


「あれが殿方の友情なのね」


ああ! お姉さまがいつもの素敵なニタニタ笑いで殴り合いを観戦している! いいぞ2人とももっとやれ!


『隣では同じクラスの東雲沙織と氷室美奈が取っ組み合いになってるぞ!』


この2人も同じクラスのメンチ斬り合ってた2人じゃねえか! ウチの組どうなってんだよ、単なるキャットファイトになってるぞ! 相続制で先祖の恨みも相続してても、遡るのめんどくさいから俺はノータッチだからな!


「麗しい友情だこと」


2人とも頑張えー。流石に野郎共程頑張らなくていいけど頑張えー。


いやあ、しかし戦闘会というのはこういうものなのかあ。思ったより地に足付いた戦いなんだなあ。人類最古の武器は手ってはっきり分かるなあ。


『ダ、ダブルノックダウンだーーーー!』


ダ、ダブルノックダウンーーーーー!? すげえよイケメン2人! そんなの狙って出来ないよ! 流石名家だ!


『おおっと隣は引き分けの裁定だ』


一方キャットファイトは見かねた審判役の先生が止めに入った。まあ一生決着付きそうになかったから仕方ない。


『えー次は1年生橘栞と2年生風間良太、1年生佐伯飛鳥と2年生飯沼亮一です!』


きたあああああああああ! って両方とも2年じゃねえかどうなっとんじゃ運営ゴラァ!


「橘も佐伯も、同年は相手にならないから丁度いいかもしれないわね」


「そうですよねお姉さま! 同級生はけちょんけちょんでしょうし!」


確かにお姉さまの言う通り、何度か授業であった対人訓練ではお二人とも無敵だ。ちなみにお姉さまとは俺以外誰もやりたがらない。それがどれ程光栄な事か全く分かって無い奴等だ。


「と、思ったんだけど楽勝かもね」


「いやあ本当ですね」


そんなお二人でも流石に上級生相手はどうなるかと思ったんだけど、なんと言うか対戦相手が小物なのだ。今もニヤニヤしながら、この美人な姉ちゃんを今から俺がぐふふって言いだしそうだ。つまり完全に舐め切ってる。これは俺が呪わなくても大丈夫そうだ。


「橘お姉様も佐伯お姉様も頑張えー!」


『試合開始!』


「おおおおおおお! 超爆撃魔法三式裏れっ」


「凍れ」


「あ」


『勝負ありいいいいいい! 風間が凍ってしまったあああああああ! 橘の勝利!』


橘お姉さまが短く呟いたと同時に、冷気を纏った浄力が何とかに襲い掛かって何とかは凍ってしまった。

笑えばいいのだろうか。い、いや、魔力の高まり的にかなりの威力の魔法が飛び出しそうだったけど、お姉さまが選んだのは早撃ちの決闘なんだわ。迫撃砲組み立ててる間にやられちゃ世話ない。


「食らえ鎌鼬飛ばし!」


「薪よ燻ぶれ枝よ燃えろ木々よ大火となれ」 


『おおっと! 飯沼が飛ばした風の刃が熱に負けて霧散していく!』


「火が世界を照らし出す 最初の炎!」


「そ、そんな馬鹿な!? ぎゃああああああ!?」


『飯沼戦闘不能! 佐伯の勝ち!』


こっちは真逆になってしまった。早撃ちで佐伯お姉さまの魔法が完成する前に潰そうとした何とかだったが、完全に弾を間違えたとしか言いようがない。佐伯お姉さまの呪文とともに一気に立ち上った熱気に風の刃が負けてしまい、完成した魔法の火炎放射に巻き込まれて何とかは場外に叩き出されてしまった。


パチパチパチ


「いいぞー!」

「今年の1年はすごいな」

「キャー佐伯お姉さまー!」


1年生ながら勝利したお姉さま方に拍手が巻き起こる。


「ぷ、ぷふ。ぷふふふ。あって、ぎゃあって。ぷふふ。だめあなた。ここにいたら死んじゃいそう。ぷふふ」


一方お姉さまは敗者に称賛を送っていた。

どうやら何とか達の断末魔がツボに嵌まったらしく、長い髪を垂らしながら俯いて肩を震わせているのだ。可愛い。


「じゃあ式符の訓練場の方に行ってみましょうか!」


「そ、そうね。ぷぷっ」


あのカメラ小僧達からカメラ奪っとけばよかった。今のお姉さまの写真を撮れたら家宝にしたのに。

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