強き強き強き猿1

『ヒュドラ事件から今日で30年』


全校集会があると学園長に言われ外の大広場、これ広場って言えるのか? 1000人余裕越えのマンモス校の全校生徒が集合できるとかヤバいだろ。思考が逸れた。学園長が話している内容はやはりヒュドラ事件だった。


『我が国からも多数の死傷者が』


戦死者が出たのはお姉さまの実家だけでないのだろう。名家の皆さんの多くが目を瞑っている。

広場の日の丸と、アメリカの皆さんが来てから掲げられてる星条旗も今日は半旗だ。


『我々異能者はあの時の悲劇を二度と起こさない様』


やっぱりいるかもな。世鬼の式符。方法も……たぶんいけると思う。

問題はそれをどう世に出すかだな。学園長よろしく! ってやると次の日から別の学園長になるだろうし……先生だから生徒の疑問に答えてもらうか!


『黙祷』


目を閉じてギリシャの辺りに集中する…………。



「先生、前回世鬼の式符は過剰だって話をしましたけど、ヒュドラの事を考えると訓練符が一枚だけあった方がいいんじゃないかなあって思ったんです」


「ううむ……」


ブラックタール帝国宰相の部屋で、秘密の悪だくみを宰相に相談する。唸りながら腕を組みすぐに反対しないところを見ると、学園長も前にちょっと考えたのかもしれんな。


「一度起こった事ですから二度目が無いとは言い切れません。訓練で全てが解決するとまでは言いませんけど、した方がぐっと犠牲の数を抑えられると思うんです。僕達は妖異、怪異から日本と市民を守る異能者ですから、備えられるだけ備えないと」


あと細工して、親父と俺が動かない場合は直接そいつが戦います。それも備えです。


「本当に素晴らしい志だ。私もそれに応えたい。応えたいのだが……」


「やっぱり色々手が伸びてきますかね?」


「ああ間違いない。特鬼なら我慢できるだろうが、世鬼となると例え訓練符でも世界中から手が伸びて来る。恐らく私が腹を切っても同じだろう」


やっぱりな。だがこの主席四葉貴明には策があるのだ。

というかかっこいいけどあんたの腹って切れるの? そこらの鉄より硬いでしょ?


「自分なりに考えたんですけど、日本の異能研究所ってかなり影響力ありますよね?」


「ああ、ある。陰陽寮直系の組織と言われているくらい古いし、それ故妖異との戦いでは世界的にも見ても最古参で、異能者が増えた4,50年前には各地に対妖異のノウハウの伝授や、人員の派遣を行っていたからな」


日本に存在している異能研究所、通称、異の剣は、陰陽寮解散後に作られたと言われるくらい古い組織で、というか人員はそのままで、名前だけ変わった陰陽寮とも言えるらしいが。


とにかくこの組織、やたらと強かったり面倒だったりする日本の妖異とガチンコし合って来ただけあって、非常に対妖異に関する記録やノウハウが豊富であったのだ。そして40年ほど前から異能者とともに、爆発的に増え始めた妖異への対抗手段に世界が困っているところ、最高のタイミングで恩を売りつけた、げふんげふん。隣人愛の精神で各地に情報を提供し、バチカンの次くらいに確固たる地位を築き上げたのが日本異能研究所であるのだ。


「異の剣を頼るのか? 確かにあそこなら余所からちょっかいを出されないだろうが、その分根掘り穴掘り聞かれるぞ」


まあそりゃ世鬼の式符なのだ。脳みそバラシてでも作り方を知ろうとするだろう。だがこっちにはそんな奴等に対する悪霊退散の札があるのだ。


「異の剣ってぇ、親父と仲がいいらしいっすねえぇ」


「そ、それは」


向うが悪霊ならこっちは邪神だ。


引き攣った顔の学園長が全ての答えだ。

親父と異の剣はそりゃあ仲良しなのだ。なにせ一時は自分の家だったくらいに。だから親父から式符を渡して貰ったら、そりゃあ喜んでくれるだろう。


嘘だ。


それなり知識があったせいで、親父がどんな存在かある程度把握してしまった異の剣は、何とか無力化しようと色々試して全部失敗した後、どうにもならんと匙をぶん投げた経緯があるのだ。そんな親父から急に連絡が来たら、異の剣どころか、胃に剣がぶっ刺さるより酷い事になるだろう。そんな胃に剣が追及してくるはずが無く、誰が作ったかも聞けずに大人しく世のため平和のために使うしかないのだ。だから大人しく胃に穴を開けてくれたまえ。


「は、話は変わるが、特鬼の方はどうなってる?」


「え? 猿君ですか? 準備万端ですよ」


憐れな胃に剣が憐れ過ぎて話を変えたいのだろう。猿君の事を聞いて来るが猿君はいつでも準備万端だ。ついでに言うと、学園長が昨日の夕方デートを何故かすっぽかしたから猿君は肩透かし状態だ。


「む、そうか。なら今から行こう」


「はあ分かりました」


目が急にギラリと光りやがった。あくまで学園長として先に試したりの行動に嘘は無いんだが、若干バトルジャンキーだよな。


だがなんか忘れてるような……。



思い出した……。


本日は1,2年生が参加する戦闘会初日。いろんな人が火の玉ぶつけあったり、キャッキャうふふしてる会場に、僕はいませんでした。どうして……。


普通そこは、なんだあの技は!? とか、あれが学園最強……! とか慄いたり決意を新たにするところじゃないですかね? なのにどうして……。


「ぬおおおおおお! 阿修羅六腕壊斬!」


『キキッ!』


どうして僕は地下訓練場で、半裸の学園長と猿君がキャッキャうふふしてるところを見せられてるんでしょうか……どうして……。

おかしいこんなことは許されない。昨日の予定では橘お姉さまと佐伯お姉さまを応援している筈なのに……。


だが俺の隣にはお姉さまが居るのだ! それだけで世界中に勝ち組だと宣言できる!


「かつての日本最強、思ったよりやるじゃない。いえ、会った最初は本当にそうでも無かったけど、今は随分マシになってるわ」


「そうですねお姉さま!」


「阿修羅三印闘!」


これはお姉さまへの追従じゃなくて俺もそう思う。霊力で編まれた四つの腕と自前の腕を時に束ね、時にそれぞれに武器を持ち、時にそれぞれ印を結んで猿君とガチンコバトルしてる。暑苦しい上に衝撃波が半端じゃないが、特鬼とタイマン張るなんてあのおっさんやるな。今度親父によくやってるなって言って貰うか? そうすりゃもっとやる気出すかもしれん。やはりブラックタール帝国宰相は強さも必要だからな。


『!』


あ、猿君が次の形態に。ありゃきついっしょ。


『!?』


うっひょおお! あの状態で構わず殴り掛かりやがった! これには猿君もびっくりだ。いやあ、最盛期はマジで日本最強だったんだろうなあ。あ、流石にぶっ飛ばされた。


猿君の勝ち!


いやあ流石猿君だ。これはどこに出しても恥ずかしくないトップアイドル。まさにワールドアイドルだ。

あれお姉さま? いつもの素敵な笑顔でどうしました? なんだか霊力上がってますよ?


さ、猿くーん!?


頑張れ猿君! お姉さまの遊び相手という名誉な仕事なんだぞ! そうだ頑張れ猿君! 弱い自分とサヨナラするんだろ!? 猿君頑張えー!


さ、猿くーん!?


お姉さまの勝ち! 流石ですお姉さま! やっぱ猿君なんて相手になりませんよね!


え? なんだい猿君? どっちの味方だって? そりゃお姉さまさ。ワールドアイドルプロデューサーは二の次三の次。それはそれ、これはこれ。オーケー? じゃあ放課後頑張ってくれたまえ。いいね? とっても頑張るんだよ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る