過去に起こった歴史の転換点
「あなた起きて」
むにゃむにゃ。お姉さまだめですよぉ。
「起きてってば」
でへ。でへへへ。
「起きないと」
起きないと?
「中身を食べるわよ」
「おはようございますお姉さま!」
中身を食べるって何を食べるんですか!? モツですか!?
「おはようあなた。今日も艶がいいわね」
「え!?」
まさかまた第一形態に!? いや落ち着け、前もやっちゃったから今更恥ずかしがることなんて……!?
きゃああああああああああああ!?
第二形態になってたああああああ!?
恥ずかしいいいいいいいいいいいい!
◆
「いやあ、やっぱりお姉さまの朝ごはんは美味しいです!」
「うふふ」
朝っぱらから粗末なものを見せてしまったが、お姉さまは気にせずニコニコ笑っている。なんて愛らしいんだ……。
『ヒュドラ事件から今日で30年を迎えました。ギリシャでは各国首脳が集まり追悼式に……』
「あら、そういえば今日だったわね」
「ですね」
テレビからヒュドラ事件という単語を耳にしてお姉さまと一緒にテレビに向く。
『犠牲者は確認されているだけでも5万人を超え』
俺が生まれる前に起こった、人類の、そして異能者にとっても忌まわしき大事件。
発端は古い地層から発掘された、岩に押しつぶされた蛇の干物、の近くにあった大きな卵だ。
この卵、当然だが最初は化石だと思われていた。だが違った。発掘されて一晩テントの中に置いていたら孵ってしまったのだ。
最初は世紀の大発見だと騒がれた。人類が今まで見た事のないサイズの蛇の干物と、古代の地層から発掘された卵が孵ったのだ。そりゃもう騒がれたみたいだ。次の日には悪夢そのものとなったが。
「聞いた話だけど一族の中からも戦死者が出たみたいね」
「ああやっぱり」
脱走したのだ。
そして近くにあった村と森の生物を食って食って食いまくった。
そしてそして、ようやく発見できたのは、発見できた理由がもう隠れられないほど巨体になったからだ。
全長100メートル。7つの首。
土地と合わさり誰もが思った。ヒュドラだと。
当然だが退治という事になった。不謹慎だが笑えて来るのは、当初は殺処分という扱いだったようだ。そんな生易しい存在ではなかったのに。
軍が最初から投入されたようだが、妖異としての類似点を持っていたこいつはとにかく現代兵器が効きにくかったらしい。戦車やミサイルを何のその。軍を蹴散らしながら暴れ回った。
「唯一の世界の危険、世鬼認定。不謹慎だけど見てみたかったわね」
「お姉さまをそんな危ないところに行かせられません!ふんすふんす!」
「もう。照れちゃうじゃない」
「でへへ」
当然ギリシャどころかヨーロッパと周辺各国はパニックになったが、同じようにパニックになった存在があった。当時はまだ秘匿されていた異能者達の裏のコミュニティだ。そりゃそうだろう。今まで日の当たらない所で妖異を始末していたのに、よりにもよって神話の大物怪物が現れて大々的なニュースになってしまったのだ。これはもう本当に世界中の異能者がパニックになった。
そしてギリシャが泣き付いたNATOが敗北してまさに人類全体がパニックになった。しかも救えない事に、NATO軍には日本は勿論各国の異能者達が秘密裏に従軍していたのだ。対妖異のスペシャリストたちがである。その上で負けたのだ。しかもこいつ、子供のくせに親の特性をちゃんと受け継いでいたのだ。つまり必死こいて首を落としても生えやがったらしい。だからロシアが戦略ミサイル部隊を動かして、アメリカのデフコンがキューバ危機と同じに上がったと言えばどれほどパニックだったか分かるだろう。マジで核攻撃一歩手前だったのだ。
『ヒュドラが何故生命活動を停止したのか今もって分かっておらず、調査は非常に難航しています』
そう。結局ヒュドラは死んだ。死んだのだが……。
「結局何で死んだのかしらね」
「えっと、そのう」
「ひょっとして……義父様?」
「まあ……」
人類全体がパニックになっている時、もう一つの存在がパニくっていた。親父だ。その頃は既に田舎に隠遁していた親父だったが、村には当時テレビが繋がらなかったらしく、NATO軍の敗北でいきなり万単位の恨みが発生した事を感知した親父は飲んでた茶を噴き出したらしい。
そして悩んだ。ほぼ人間専門の親父がヒュドラを殺そうと思ったら、普段の邪神状態でなく完全純粋な負、混じりっけなし、正真正銘の神である大邪神状態になる必要がある。だが親父はもう神なんて存在は必要ないというスタンスだったのだ。これは、そうあるべきではない、自分が必要とされていること自体間違ってるとか今でも言ってるから変わって無いが。
ま、とにかく悩んだ。世界からしてみれば何とか出来るならしてくれと言いたいだろうが、人と同じように思うのはそもそも間違ってる。人間と思考回路が違う神には神の悩みがあるのだ。特に根本が負の邪神となるとなおさらだ。復讐の代行だって親父がやりたいからやってるに過ぎず、別に縛られてるとか役目という訳でないのだ。
だが結局は腰を上げた。これはどうやら復讐代行者としてでなく、神話と共に消え去らなければならない筈の怪物を殺すのは、恐らく地上に唯一存在している神としての仕事だと思ったらしい。だかあくまで方法は復讐代行でだった。漂っていた万単位の恨みを束ねて増幅し、ヒュドラの魂そのものにぶつけ間接的に呪殺したのだ。それでも親父的には許されるギリギリのラインだったらしいが。
そして世界は変わり始めた。世界的に異能者が増え始めていた事も合わさり、世界危険基準や国連の組織、養成校や法整備など、異能者の社会的進出が急速に進み始めたのだ。だから歴史の転換点でもあった。
「それじゃあ学園に行きましょうか」
「はいお姉さま!」
そしてそういう歴史の上で俺はお姉さまと出会ったのだ。
しっかしどうすっかなあ。世界の危機、世鬼がまた出ても神話時代の生物じゃなかったら、親父が腰を上げるかどうかかなり不透明だ。それに俺は変身を段階的にしていくに従って、最終形態手前には思考も神にかなり近づくときた……。
まず出ないと思うんだが……作るか? 世鬼の式符。普段は国家規模の仮想的にしといたらいろんなとこのノウハウも溜まるし、親父と俺が万が一動かない時の最終兵器……表向き訓練符としてならギリギリのギリ許されるはずだ。
ま、とんでもない恨みを抱えた式符が無いと無理だから捕らぬ狸の皮算用か。
「ほらいきましょう」
「はいお姉さま!」
人に歴史あり。世界に歴史あり。神に歴史あり。
世の中そんなもんさ。
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