桔梗小夜子

ねえあなた、聞いて下さる? ふふ。


◇◆◇


「桔梗の者として他の者に後れを取る事は許さん。分かっているな?」


「ええお父様」


下らない。我が家こそ一番。何処も同じ。目の前の父もだ。普段は私を忌み嫌っている癖に、私が他の有象無象を圧倒している事は喜んでいる。しかしそれは親としてでなく、あくまで桔梗の家が一番と証明できるからだ。現に今だって早くこの部屋を出て行けと目が訴えている。妄念に囚われた濁った目が。


「おはようございます小夜子様」


「おはようございます」


他の一族の者達は違う。はっきりとした恐れの目だ。父は"単独者"という事もあり、いざとなれば自分が勝てると思い込んでいるが、他の者達は私の霊力を恐れている。まあこれは自分が物心付く前から恐れていた彼等に意趣返しするため、わざと妖異を派手に殺している自分のせいもあるが。


「お車は前に止まっております」


「ええ」


異能養成所、これも下らない。自分が行く意味を見出せないのだ。確かに名家の年頃の強い能力者は強制であるが、そんな中途半端な強さな者達と比べて、私の方は完成していると言っていい。一体何を学べと言うのか。だが家の連中が乗り気なのは、私がこの家にいる時間が減り、かつ他の家の者達に桔梗家に敵わないと思わせられるからだ。本当に下らない。



「小夜子様、到着いたしました」


「ええ」


伊能学園に到着し車を降りると、そこにはすでに大勢の人間が集まっていた。天涯孤独で落ちぶれつつある橘、急速に力を伸ばした大企業の佐伯もいる。でもここの目もいつもと同じ。忌避、怯え、打算、それに欲情。自分の容姿が整っている事は理解している。小柄ながら、いや、だからこそ蹂躙したいのだろう。己の家の目の上のたん瘤と言っていい私を。それと最近では全く見ない、熱に浮かされた様にただボーっと私を見ている視線が一つ。久しぶりに見た澄んだ目だけれど、それもすぐに変わるだろう。なんと言っても私は化け物なのだから。


◇◆◇


ほら暴れないの。恥ずかしがらずに大人しく膝枕されてなさいな。


◇◆◇


訓練場の様な所に来ても視線は変わらない。いや、試験で私の実力を測ってやろうと言う不遜な目が増えた。こっそり隠れているつもりのここの教員だろう。それじゃあ私の試験は落第ね。


「霊力29!」

「超力31!」

「魔力33!」


自分の測られた数値に一喜一憂する他の家の者達。自分で高いと思っている数値の者は、勝ち誇った顔でふんぞり返っている。


「橘栞様、浄力58!?」


「佐伯飛鳥様、魔力55!?」


しかしそれも橘と佐伯がそこそこの数値を出した事で吹っ飛んだ。それは周りも同じだった。わたしだけに集中していた視線が彼女達2人に向かいざわめきが起きる。


◇◆◇


そう言えばあなた? 橘と佐伯もボーっと見てたわよね? ふふ、そんな怯えた顔しなくていいわよ。能力者の名家じゃ一夫多妻なんて当り前だしね。それにもう一番目は私の物なんだから。二番目、三番目さんはどんないい声で鳴くのかしらね? あらどうしたの? また怯えた顔になってるわよ? ふふ。


◇◆◇


「次、桔梗小夜子様!」


自分の番になった。ダイスを握るが霊力以外の適性が無い事は分かっている。さっさと終わらせよう。でも不便な事に、これでは力を込めすぎると壊れてしまう。何度もやり直すのは御免だから手を抜こう。いや、橘、佐伯に目移りしてしまった皆様に、もっと私のことを見て貰えるよう、ダイスが耐えられるギリギリの力でやろう。それと隠れている恥ずかしがり屋さん達に、ちょっと私の力も飛ばして測定しやすくしてあげましょう。


「桔梗小夜子様、ひ!? れ、れ、霊力92!?」


霊力の数値に訓練場が静まり返る。そして強まる嫌悪と恐怖の視線、そして隠れている連中からの警戒感。ひっそりと話しているつもりだろうけれど、なるほどね。私が手に負えないと判断したら、単独者が複数で始末しに来るのね。あら? この強い視線は一体何? あのボーっと私を見ていた男。


ッ触手!? 私を縛って!? いえこれは守っている? あの男から伸びてきた触手が、まるで私を守るように包み込んでいく。他は気づいていない。でも暖かな優しい気配。それに綺麗な澄んだ目。でもどうして? 私を守るため? 数値を聞いたでしょう? 私は化け物なのよ? ふふ。後でまた会いましょう。


◇◆◇


あなたは一目惚れって言ってたけど、なら私は二目惚れかしら、それとも三目惚れ? ふふ。照れちゃって可愛いわ。食べてしまいたいくらい。え? あれは縄? そう言う趣味だったのね。ふふふふ。言ってた怪物形態のかしら? 見せて頂戴な。こら逃げちゃだめよ。さあ見せて。見せなさい。見せろ。



ふふ。流石旦那様ね。カッコよかったわよ。お婿にいけない? 私の婿だからいいのよ。そうでしょ? 化け物だからお嫁にいけない筈だった私を、私の力を知った上で娶った旦那様? 守ってくれて、知った上で好きって言って貰えて本当に嬉しかったんだから。もう、おいたはだめよ。あらごめんなさい、指に歯形が残ってるわね。だって私よりも義父様と一族の有象無象に気を向けてたんですもの。私のことをちゃんと見て欲しくって。それと指を舐めた時のあなたの顔はとってもそそられたわよ。


ふふ。さあおいでなさいな。ね? あ、な、た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る