僕達私達結婚します
「小夜子様!?」
「一体どういう御積りですか!?」
突然決まった俺達の結婚に、運転席と助手席のあんちゃん達が勢いよく振り向いて問いただしてくる。そりゃそうだ。俺もよく分かって無いんだから。でも運ちゃんは前向いて欲しい。事故っても守るのは小夜子お姉さまだけだぞ。
「あら、聞いてたでしょ? 私、彼と結婚するの。祝福して頂戴な」
おめでとうございます! おめでとうございます! ありがとうございます!
「そのような事勝手に決められて、御当主様達がお許しになると御思いですか!?」
「逆に聞くけど、私がどうせ嫁にいけないから、一族から優秀な種馬を宛がって血だけ残したらいいって連中の考えに頷くと思う?」
「それは」
なにいいい!?
「助けてあなた。もしそんなこと受け入れると、普段は私を化け物と思っている連中が、私が逆らえないからってあんなことやこんなことを……」
絶対に許さああああああん! もう小夜子は俺のもんだ! これは決定事項! ハイ終了!
「あん。もう、激しいのね」
「え!? いやこれは!」
「逃げちゃダメ」
思わずお姉さまを抱きしめてしまい、慌てて距離を取ろうとするがむしろお姉さまは詰めて来る。
「私のこと怖くないんでしょ?」
「勿論です! 超カワです! プリティです!」
「じゃあ抱きしめて。あ、な、た」
「はいいいいいい!」
耳元でお姉さまにそんな事囁かれるともうだめだ。恐る恐るだが、ついしっかりと抱きしめてしまう。
「それじゃあ家に向かってくれる?」
「で、ですが!?」
「もういいでしょ? 車を出しなさい」
「は、はっ!」
「お姉さま落ち着いて落ち着いて。というか何処に?」
車を出発させろというお姉さまを、あんちゃん達は何とか説得しようとしていたが、小首を傾げながら霊力を急上昇させるお姉さまに屈して、2人とも冷や汗を掻きながら前を向く。
「ふふ。やっぱり何とも思っていないのね。私の実家よ。ちゃんと結婚報告をしないと。本当は娘さんを下さいって言って欲しいのだけれど、色々柵とか面倒なのがあるから私が話をつけるわ」
「実家、ご両親にご挨拶、結婚報告……あ、でもちょっと待って欲しいです!」
「……何? やっぱり嫌だなんて言うんじゃないでしょうね?」
「絶対に言いません! でもそのう、服が……」
結婚報告と言う言葉の衝撃に頭をくらくらさせながらちょっとだけ待って欲しいと言うと、お姉さまは
やっぱり嘘だったのね? あなたを殺して私も死んでやると言わんばかりの目で睨んでくるが、服が、服があまりにも適してないのだ。一体どこにジャージ姿でご両親に挨拶する男がいると言うのだ。
「あら? ふふ、そうね。夫を立てるのも妻の役目よね。行先変更よ」
だから一旦家に帰って、あれ?
◆
「お帰りなさいませ!」
「お帰りなさいませ小夜子様!」
「はえー。すっごいですね」
「ただ私が怖いから謙ってるだけよ。こちらへどうぞ旦那様。ふふ」
ちゃんとした服を着てからと提案した俺だが、お姉さまの行動力は凄かった。当人的には馴染みが殆ど無いようだが、スーツの専門店でレンタルできることを知っていたらしく、俺の体に合うスーツを見つけるとそのまま借りて、お姉さまの実家へ直行する事となったのだ。
今度ちゃんとしたのを買って、ネクタイも締めてあげると言われて、俺はテンション爆上がりだったが、実際にお姉さまの実家に来ると、本当に俺なんかでいいのか? とビビってしまうくらい凄まじいお家だった。純和風の巨大建築で、門から入ると10人位の体格がいいあんちゃん達が深々と出迎えをしている時点でウチとは大違い。いや、ウチも負けてない。なんつったって、オレが帰ると邪神が必ず玄関の前で待ってくれているのだ。あ、いけね。連絡するの忘れてた。まあいっか、事後承諾で。
「小夜子様、奥の間で皆様がお待ちです」
「ええ」
玄関の前に着くと、これまたマッチョな男がお姉さまにご親族がいる場所を伝えていた。ひょっとして桔梗家ってマッチョじゃないとダメな感じ? 今から鍛えて間に合う?
「さあ上がって下さいな」
「はい!」
お姉さまに促されて玄関から上がらさせてもらったが、床の木がピカピカしてるんですけどこれ歩いてもいいんか?
「車でも話したけれど、どうせまともな話にならないから聞き流してて」
「いやあ、ちゃんとご挨拶しないと」
「今日会ったばっかりでこういうのはあれだけど、あなたのそう言うところ好きよ。でも本当にまともな話にはならないわ」
「そりゃいきなり結婚ですし」
「困ったことにそれはあまり関係ないのよね」
お姉さまに連れられて屋敷の奥へと向かうが、当然俺が歓迎されるはずもなく、突き刺さる様な視線を幾つも感じる。すいません! 皆様のお嬢様を連れて行こうとして本当にすいません! でも悪びれません!
「小夜子です。夫も一緒に入りますね」
「失礼し」
「小夜子! 一体何を考えている!」
結構人の気配がある部屋の襖をお姉さまが開け、ここが勝負所と気合を入れて挨拶しようとしたが、一番奥の上座にいる男の大声にかき消されてしまう。
「はてお父様、何をとは?」
「名前は」
「お前が勝手に結婚するなど戯けた事を言い出したと護衛が連絡をして来たぞ!」
「一体何を考えているのです!」
渾身の自己紹介だったが、今度はこれまた奥にいる女性とご老人の声にかき消される。なんてことだ。
「お爺様もお母様もどうか落ち着きくださいな。ただ見初めた人と結婚するだけですわ」
「桔梗家の名に泥を塗るのですか!」
「何を仰っているのか分かっているのですか!」
「どういうつもりですか!」
脇に控えていた長老集と呼ぶにぴったりなお年寄り達もやんやと言い出す。これは手強い。非常に手強い。
「お前の嫁ぎ先は一族の優秀な者と決まっているのだ! 勝手な事をするな!」
「例えば?」
「雄一郎殿と決まった!」
「いやですわ」
多分お姉さまのお父様なのだろう、一番奥の上座にいる男が視線を送った先には、でっぷり太ったカエルの様な中年がニヤニヤと笑ってお姉さまを見ている。
はておかしいな? お姉さまの話では結構家の中で恐れられている感じだったけど。
「素直に受け入れればそのままにしてやったが最早容認できん! お前の霊力に封を施し幽閉する! 子を産み血さえ残せばそれでいいのだ!」
「出来ると御思いで?」
「お話をさせて下さい!」
ニヤニヤしてたのこれが原因か! させんわ! お姉さまと他の一族の方の間でどんどん霊力の圧が高まり、今にも爆発しそうな空気を土下座を敢行する事によって阻止!
「自分は」
「喧しい! どこの馬の骨ともしれん下賤な輩に話す事などない!」
阻止失敗! 話もさせてくれねえ! それと邪神の骨です!
「よくも私の旦那を……!」
「お姉さま、怒ってくれるのはすごく嬉しいですけどここは逃げましょう! 自分、お姉さまのご家族にどうこうする気はないっす!」
もう一触即発! 無理やりお姉さまを抱えて逃げる! 大丈夫、邪神間ワープポータルを使えば親父のとこまでひとっと?
「酷いなあ、俺の子供ってちゃんとした素性があるのに馬の骨って」
「ひ、ひいいいいいいいい!?」
野郎ぶっ殺してやる状態のお姉さまを後ろから羽交い絞めにして、普段全く使わない邪神間ワープポータル、通称、俺の影から親父の影、に飛び込む直前、俺の影から逆にこの場にぬらりと現れる一人の男。
中肉中背。黒髪黒目。どう見ても単なる中年、そうとしか見えない男を見た途端、部屋にいた大人たちは腰を抜かしながら金切り声を上げて後ずさる。まるで目を離したら死ぬと言わんばかりに視線を逸らすことなく。
「な、な、何故忌神がここに!?」
「いやあどうも皆さんお久しぶりです。それがですね、若い二人が駆け落ちなんかする前に、親同士で一旦話し合いをと思いましてね」
将来の義父様の怯え切った声にそう返事する今親父。のほほんとし過ぎだろ! あ、お姉さま、後で紹介するんでそのまま俺の指噛んでてください。
「お、お、親!?」
「あれ? 言ってないの?」
「言ったけど聞こえてないみたいですね! あっし生まれはど田舎育ちもど田舎、親は邪神の四葉貴明と申します! 娘さんを僕にください!」
お姉さまを後ろから抱きしめたままに行った、娘さんを僕にください宣言だったためか効果はいま一つ。ご親族一同様は完全にフリーズしてらっしゃる。
「いやあ、昔俺をどうにかしようとしてた皆様方と親戚になるとは、なんとも奇縁ですなあ!」
「知り合いだったんかい!」
「そりゃあ名家中の名家は俺の事知ってるさ。昔、俺をどうにか倒せないかいろんなとこが考えてたから」
ははあ、そりゃ現世に存在している邪神なんだ。どうにかしようと考えるのは当然だろう。
「まあ結局匙投げたみたいだし、これから親戚付き合いもあるから過去のことは忘れましょう」
見てろよ親父め。もしお姉さまとの間に、こ、子、子供が出来たらパパ&じいじ嫌い攻撃を食らわせてやる。その時がてめえの命日だ。
「皆さん御納得頂けた様で嬉しい限りです。いやあ目出度いですなあ!」
そうだね。もう半分以上が泡吹いてるけど、きっと嬉しくてそうなってるんだろうね。
「それじゃあ私達はこの辺りで。私の妻がお赤飯炊いて待ってるもので」
ええ……親父に筒抜けだったことも恥ずかしいけど、お袋の準備も恥ずかしい……。そうだこの親父! いくら俺の頭が桃色だっていっても、何があったか確認しに来るんじゃねえ! 今回は助かったけどな! ありがとよ!
「義父様、義母様! またご挨拶にお伺いさせて頂きます!」
すいません急に! 顔が真っ白通り越して真っ青ですが許してください!
お姉さま何か言いますか? あ、ちょっと指をそんなに舐められたら!?
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