入試3
「次は少鬼相当の模擬戦となります。皆様には余計なお世話でしょうが、大怪我を負わないようにしてますのでご安心ください」
ダメだ。絶対落ちた。周りの方達から何でこいつここに居るんだって目線が痛い。教師陣らしき人達のみならず、お姉さま方からもそう見られてる。っていうかその言い方、普通の怪我はするのね。
「では開始します」
「火符!」
「念力捻じり!」
「一刀両断!」
「はらいたまいきよめたもう」
ひょえええ。皆様すげえ。戦車とドンパチしてたやつ相当なのに、ぴょんぴょん跳んで切ったり、お札から出て来た火に巻かれて燃え尽きたり、よく分からん消え方したりで余裕で倒してるわ。皆10分と掛かってねえ。おらどうしてこんな人達と一緒に試験受けてんだ?
「次、橘栞様!」
ぬお!? ついに橘お姉さまが! がんばえー!
出て来たのお姉さまの前に、先程までと同じように、よく分からん文字が全身に書かれている、真っ白い蜘蛛の様な怪異が現れる。車の1.5倍ほどの大きさの奴を、蜘蛛とカテゴライズしていいかは意見が分かれるだろうが。
「凍りなさい」
決着は一瞬だった。ただ一言お姉さまが呟いただけで、蜘蛛は白い体と同じ色の冷気の煙を漂わせ、全身にはびっしりと霜が付いていたのだ。そして徐々に起きたひび割れが大きくなり、ついには全身が粉々になって蜘蛛は消え失せる。
流石ですお姉さま! ちょっと気温が下がって、周りの方々の顔が青いですが流石です!
「つ、次、佐伯飛鳥様!」
「流石だね栞」
「これくらい……」
飛鳥お姉さま! 栞お姉さまとお親しいんですか!? それともお二人はまさか!? その仲に混じっていいですか!?
「それじゃあボクも。燃えよ!」
ボクっ子だあああああああああ! ちげえ! 違わなくないけど! 燃えたああああ! 火炎放射器よりもよっぽどやばそうな炎の奔流が終わると、蜘蛛の姿はどこにもなかった! そんなクールな外見しておいて、扱う魔法はお熱い! ボクとお熱い関係になりませんか!?
ん? どうしたんですか周りの皆様。顔がさらに青いんですが……。
「つ、次ぃ! き、き、桔梗小夜子様!」
前の測定の時にはいなかった、明らかにヤバそうな連中が上の通路から見ている。誰も彼もが小夜子お姉さまの事を見ているが、その目は決して友好的なモノではない。いや、はっきり言って警戒している。
あ!? 小夜子お姉さまと目が合った! どうか犬とお呼びください! そのニタアって笑い素敵です! 小っちゃい姿とのギャップで萌えます! すいませんナマ言いました! でも本心です!
「爆ぜなさいな」
風船が割れた時の音と形容するべきか。だがパアンっと割れたのは白蜘蛛の体であった。その体の一部は消滅するまでの間にあちこちに飛び散り、上で見ていた者達の視線は強く、名家達の視線は怯えと嫌悪の色を宿していた。が、
小夜子お姉さま! 態と周りをビビらせようとしましたね!? ドSなんですか!? そんな所も素敵ですお姉さま!
「最後、四葉貴明」
はい自分であります! ちょっと皆さん!? ハイ解散って雰囲気止めて貰えます!? そりゃあお姉さま方に比べたらあっしはちんけなもんで御座いますが、これでもやる時はやるんですよ!? 具体的には半球くらい!
「では開始」
この係員やる気ねーー! 今にもため息つきそうなんだけど! これが数値至上主義なんか!? ここは実力主義だろうが! 俺の実力見せたる!
やる気のない開始の合図とともに、目の前に大きな白蜘蛛が現れる。真正面で見るとでけえ……。
さて蜘蛛君聞き給え。今から君を恨んでいる人達の想いをぶつけさせてもらう。きっと内側からボンっとなるだろうが、これも実力主義者達に私の実力を示すためだ。恨んでくれるなよ。あと小夜子お姉さまとちょっとお揃いの結果を出そうかと。
さて君の恨まれ数値は、ゼロ? ……なんで?
………ちなみに恨み数値は? 100? ……なんで?
おめえ数々の受験生をどん底に叩き落して来たんじゃねえのかよ!? まさかこの推薦組にしか使われてないやられ役なのか!? 恨みを溜めてる側なのか!? そう考えるとなんかすっげえ可哀想に!? ってその振りかぶった足は何を!?
あいったあああああああああ!?
いってええええええ! ちょ!? たんま! 待って!?
ぐええええええ! またぶっ飛ばされた! いででででで! 噛まないで! 血が出てる! 痛い痛い!
てめえこの野郎よくもやりやがったな! ここまでコケにしやがって! 俺様の真の姿を見せてやる! 俺様は親父ほど甘くないからな! はああああああああ!
「試験終了! 医療班!」
え? ……え? ……俺また何も出来ませんでした?
◆
◆
◆
「橘、佐伯を筆頭に今年は豊作だな」
「はい学園長。ですが……」
「分かっている。桔梗だな」
「はい……」
伊能学園学園長、竹崎重吾は一応試験と銘打たれている測定結果を見て独り言ちるが、それを聞いていた秘書が言い淀んだ言葉に心当たりがある彼も渋面を作る。"呪われし子"、"鬼子"、"異端"、そのような様々な悪名と共に漏れ聞こえてくる異常な感性、単独者すらも凌駕している霊力。そんな存在が来年度からこの学園に入学してくるのだ。彼等が悩むのも無理はない。
「まあ滅多な事にはならんだろう。私も含めてここには単独者が6人もいるんだ」
「そうですね!」
日本第一号の能力者育成所なだけあって、人材も最高の者を揃える必要があり、日本に20人しかいない単独者のうち、なんと6人までもがここに在籍していた。その事が彼等の気を少し楽にする。
「しかしまあ、まさか異能を持たない者が、推薦組の試験に紛れ込んでいるとは思いませんでしたよ」
「なに? そんな奴がいたのか? 一般ならよく混じっているが」
「はい。測定値はオールゼロ。模擬戦でも負傷しています」
「なんとまあ。推薦状の偽造か? 態々よくやる」
創立数年目の伊能学園であったが、例年必ず試しに受けてみよう。ひょっとしたら何か自分に隠された能力があるかもしれないと、結構な割合で異能を持たない存在が紛れていた。
「俺も男だから分からんでも無いがな。しかしよりにもよって推薦組に混じるとは」
「全くです。本当に僅かな才能があっても、あそこに混ざったら心折れるでしょうに」
「違いない」
「あああった。彼です。名前は四葉貴明。しかしこの推薦状よく出来てますね。来年から検査をもっと厳しくしないと」
「……よつば? しばではなく?」
「え? はい。よつばです」
その僅かな可能性に賭けて試験を受けに来ても、周りにいるのは才能豊かな名家の出身達ばかりな訳で、態々心を折られに来なくてもと苦笑する竹崎であったが、その人物の名前を聞いてぴたりと止まり、恐る恐る苗字の読み方を尋ねる。
「馬鹿な…そんな筈は……いや、確かに冗談で推薦状は渡した……だがあり得るのか? ここに来る必要なんてないだろう……」
「学園長?」
pipipipipipipi
「っ!?」
急に手を顔に当てて考え込み始めた竹崎に、秘書は一体どうしたのかと問う。しかし竹崎は答える前に、自分の服から鳴った携帯電話にびくりと身を震わせて、表示されている発信先の名前を真っ青な顔で見つめてる。
「……もしもし」
意を決して通話ボタンを押した竹崎の反対の手は、ポケットの中に仕込んでいるとっておきの御札を握りしめていた。何の意味もない。
『いやあ竹崎君突然ごめん! もっと早く連絡しないといけなかったわ! 願書忘れてた息子の事笑えん笑えん!』
スピーカーから聞こえてきた声は明るかったが、決して竹崎は油断しなかった。相手は日本のありとあらゆる組織が対抗手段を模索しながら、結局は触らぬ神に祟りなしと結論付けた呪いそのものなのだ。ただ発する音が、吐息が、全てが致死の呪いを振りまく相手にどう油断しろと言うのか。
「……お久しぶりです。ご用件をお伺いします」
『いやあ、さっきも言ったけど息子が進学先の願書を出し忘れちゃったらしくてさ! どうしても都会に行きたいって言うもんだから、君んとこの推薦状に俺の名前書いて送り出したんだわ! 何年か前に使わないだろうなあって思ったけど、息子がどういう道を選んでもいいようにって竹崎君に推薦状貰っといてよかったよかった!』
相変わらず明るい声の相手に、竹崎は決死の覚悟で話の核心を問う。
「……四葉貴明君、息子さんですか?」
『そうそうかわいい一人息子! 反抗期っぽくしててもちゃんと俺らの事大切に思ってくれてる優しい子さ!』
「……そうですか」
こんなことになるなら、推薦状を渡すんじゃなかったと思う心を必死で制御する竹崎。万が一相手に知られると、最悪自分の人生は今日終わると大真面目に考えていた。
『それで貴明受かりそう? 受験勉強頑張ってたから問題はそう無いでしょって考えてたけど、よーく思い出したら竹崎君のとこって異能養成学園だったでしょ? なんか実技みたいなのあって、それに引っ掛かってたらちょこーっとお願いしたいなあって』
裏口入学させようとしてくる相手に、息子さんはゼロ点で入学することは出来ませんと言えたら、どんなにすっとするかと思ってしまいながらも竹崎が言えることは一つだった。
「……全く問題ありません。流石は息子さんです」
『やっぱり? あっはっはっは!』
これで貴明は満点入学が確定した。竹崎の胃を犠牲として。
「……一応お伺いしたいのですが、息子さんはどの程度、その……」
『俺の事知ってるか? それとも力? まあ流石に貴明が頑張らなきゃいけないくらい難しい試験じゃないだろうからちょっとしか知らないか』
「……出来れば両方とも」
そもそも合格してねえよと言えたら言いたい竹崎は、これで本当に普通の能力なしだったらどう扱えばいいのだと悩んでいた。
『俺のことは全部知ってるよ。洋子との出会いも。やっぱ家族に隠し事はあんまりしたくないよね』
竹崎にとってこちらはそれほど問題ない。敢えて言うなら大変だねと貴明に言いたいくらいだろう。
『力は、うーん。俺の半分有るか無いか位と思うんだけど、若いだけあって一瞬の最大出力ならかなり近づくね。いやあ、鳶が鷹ってやつだね! 才能なら俺より上だよ! ははは! そのうち息子に超えられる父ってやつを出来るかな?』
終わった。竹崎の心は心底その一言で埋められており、目の前が真っ暗になっていた。もうさっきまでの鬼子の事などどうでもいい、超危険物体の入学が決定したのだ。
気が付けばソファーに寝ていた竹崎の机には、入学決定のハンコを押されている貴明の書類が存在していた。
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