甘い一日
春風月葉
甘い一日
今日は彼女と付き合ってから始めてのバレンタインだ。少し打算的な期待もあったので私はあえて今日を選んで彼女とデートの約束をしていた。
最近は少し寒い日が続いているから少し暖かめな服装にしようとクローゼットを開け、上に着る服を選んでいるとき、ふと昔に見た映画のワンシーンを思い出した。寒がる恋人にそっとコートをかけるシーンだ。いやいや、しっかり者の彼女に限ってそんなことは起こらないだろう。そうは思いつつも頭に浮かんだ光景のためにコートを着る。
デートまではまだまだ時間があるが用意は済んでしまっていたし、これ以上は何回鏡の前に立とうと意味がないように感じてさっさと家を出た。
待ち合わせの場所に着く。するとすぐに彼女から到着を知らせるメールが届いた。彼女を待たせては悪いと思っていたので、早めに家を出た数十分前の自分を心の中で褒めた。
二人でのデートは楽しかった。彼女とは付き合い始めてまだ半年も経っていない仲ではあるが、彼女との関係は理想的なもののように感じていた。
楽しい時間はあっという間に終わる。そう思っていたのだが、一つ誤算があった。勿論、デートは楽しい。しかし、ここ数日に比べて今日は少し寒さが控えめだったため、コートでは少し暑いのだ。しかし、彼女の手前、格好の悪いところは見せたくなかったから私はコートを脱がずに過ごしていた。
少し冷え込んできたねと、突然に彼女が言った。私は今しかないと彼女に自分のコートをかけた。彼女はクスクスと笑いながら、ありがとうと言った。私はホッとした。
その後のデートは順調だった。夕食を終えると空は光を落とし始めていた。私は彼女を家まで送った。何かを忘れている気がしていたが、彼女にコートを返されてそのことを忘れていたのだと気が付くことができた。
自宅までの帰り道の途中、夜になるとやはりまだ寒いので彼女に貸していたコートを再び着た。ガサッ。左ポケットに違和感を感じて手を入れる。そこからは小さな袋に包まれたクッキーが入っていた。あっ。私はそれを見てようやく今日がバレンタインだったことを思い出した。体温が上がる。やはりコートは着なくてもよかったかもしれない。フゥッと白い吐息を夜の空に逃した。コートからは少し甘い匂いがした。
甘い一日 春風月葉 @HarukazeTsukiha
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