欲を照らすネオン

草薙 至

欲を照らすネオン

右側の人を避けると、左側の人に肩がぶつかる。そんな人波をなんとか抜けて改札を出た。

 快速電車に乗り県を跨いで、初めて降りたこの駅の周辺は「眠らない街」などと呼ばれ、目に悪そうなほどのネオンが光っている。

 ここなら俺を知る人物に偶然会うようなこともないだろう。


 約束の時間よりも早めに着いた為、手にスマホを持ったまま駅前のベンチに腰掛けた。大勢の人が目の前を交差して行くが、誰も他人を気にしない、ただの雑踏がそこにある。

 行きかう人を眺めていると、こちらに真っ直ぐ向かってくる人と視線がぶつかった。

ほしさんだよね? りくです」

 自身のハンドルネームを現実の世界で呼ばれたのは初めてで、少し不思議な感じがする。

「結構早めに着いたのに目印通りの人が座ってるから驚いた」

「楽しみだったからついね」

 現れたのは想像していたよりもはるかに爽やかな人物だった。

「ネットで知り合った人と会うの初めて?」

 当たり前のことのように隣に座った彼は、細身の黒いデニムに

流行りのスニーカーを履いていて、人懐こい笑顔を俺に向けた。

「初めてだよ。陸さんは?」

「星さんで三人目くらいかな?」

 明るい茶色に染めた頭髪が似合っていて、子どもの頃に飼っていたゴールデンレトリバーをぼんやりと思い出した。


「あ、もしかして慣れてるって引いた?」

「大丈夫だよ。掲示板であれだけ盛り上がった仲でしょ?」

「良かった」

 ころころと表情を変えたあと、あからさまに安堵する姿に思わず笑ってしまう。


「そろそろ行く?」

 彼は弾むように立ち上がると俺を見つめ、次の行動を促した。

 つい、この後のことを想像してしまい、口元が緩みそうになる。

「気持ち良かろうが、苦しかろうが良いんでしょ?」

「好きなやり方で良いよ」

 今からテーマパークにでも行くような調子の彼に、好きなやり方でと言ったのは本心だ。俺は俺の目的が果たせれば、それで良い。

「了解っ! そっちもよろしくね。楽しみにしてて」

 事前に約束していた、いくつかの道具が入っている紙袋を交換すると、彼は敬礼の真似事をして、そのまま雑踏に紛れていった。


 彼と知り合ったのは犯罪小説のマニアが集まるサイト。その中には管理者からパスコードを貰った常連しか出入りできない掲示板があり、よりディープなスレッドが立っている。

 意気投合したのは交換殺人について。

 同族経営で役職の椅子にふんぞり返り、パワハラを繰り返す男がどうなるのか。

 数日後に知る事になるであろう上司の最後が、俺は楽しみでならない。

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欲を照らすネオン 草薙 至 @88snotra

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