第9話 現状把握
「おら、お前ら始めるぞ!シャキっとしやがれ」
「「「「「……はい」」」」」
ずいぶんと覇気がない。冒険者の訓練なんだから自分の命に直結するものだろうに、大丈夫なのだろうか?
「おし!いつも通りまずは訓練場を五十周からな」
「ご、五十周!?」
いやいや、周回数多すぎるだろう?五十メートル四方と考えたら、一周で約二百メートル。いきなり十キロ走るってことになる。
「ティナさん、騎士団の訓練でもああやってたくさん走るの?」
「ああ、そうだな。ひどいともっと走るときもあるぞ?」
「そっかぁ……」
思った以上にこっちの世界のトレーニング方法っていうのは遅れているのかもしれない。
案の定三十周を過ぎた頃からあからさまにペースが落ちて、走っているのか?という感じになる。ああなっては、もうやる意味を感じない。
「だらだら走ってるんじゃねえぞ!日が暮れちまうだろうが!」
まあ今日は見るだけだから文句を言うつもりはないけれど……効率が悪い。
やっとの思いで五十周を完走した五人。ここまでで一時間近くすでに経過しているし、疲労困憊に見えるけれど、今から戦闘訓練とかするのだろうか?
「ったく、おっせえなあ。三十分くらいで走れっての。次は筋トレ、まずは腕立て百回だ!」
「……メアさん、いつもあんな感じですか?」
「ええ、そうですね。ギルマスは自分はあれで強くなったって言って聞きませんから」
「そうですか」
察するにあの人もともと才能があったんだろう。だから間違ったトレーニング方法でも結果を出せた。というよりトレーニングの恩恵がなくとも、結果が出せたと言う方が正しいかな?
ありがちな話だ。自分の成功体験は誰にでも当てはまるって考え。それが本当なら世の中成功者だらけだ。
「お兄ちゃん、難しい顔してるよ?」
セシリアが心配そうに声をかけてくる。いかんいかん、顔に出てたか。
「そうだなぁ、ああいうのを見ていると、ちょっと気分が悪いかな」
「ゴウにはやはりもっといいやり方があるのか?」
「そうだね、少なくともあれよりはいいと思う」
「それは興味深いな、是非あとでご教授いただきたいものだ」
俺たちがお話ししている間も、トレーニングは続いていく。腕立て百回の後は、スクワット百回、腹筋百回、背筋百回、特注の重たい剣での素振り百回。最初のランニングが尾を引いているようで、本人たちは必死なんだろうけど、だらだらやっているのと遜色ない。
そこまでやって、やっと筋トレは終了。そんなの全部無駄だとは言わないけれども、やっぱり効率は悪い。
「次は戦闘訓練だ!」
次は戦闘訓練か……あそこまで疲労した状態でまともな訓練が出来るのだろうか?
戦闘訓練は模擬戦が中心。冒険者同士だったり、五人でギルマスに向かっていったり。どうやらギルマスの担当は前衛職のようで、全員が刃引きされた剣を持って戦闘準備をしている。
まあ結果は予想通りです。グダグダにも程がある。あんな疲労状態でまともな技術習得が出来るわけがない。疲労状態で動けるようにという意図でやるとしても、それはきちんと基礎を固めてからやるべきだ。
五人はまだ若そうだし、見習いか駆け出しといったところだろう。その段階でこんなことをさせられていたら、そりゃあ逃げるだろうよ。
「じゃあ最後二十周走って終わりだ!」
また多い……クールダウンのつもりなのかもしれないけど、多くて五周も走れば十分だよ。まあ現状がこれなら俺が出来ることもあるけど……問題はギルマスがそれを認めるかってとこだ。
そんなことを考えていると、今日もいい訓練が出来たと言わんばかりに、のっしのっしとギルマスがこちらに向かって歩いてくる。
「どうだ?俺の指導は完璧だろ?お前の出る幕はねえんだよ、戦えるんなら冒険者でもしたらいいじゃねえか」
これは正直に言っていいものだろうか?しかしそんなことを言ったら雇ってくれなさそうだし……角が立たない方法がないものだろうか…………あ、いいこと思い付いた。
「ええ、参考になりました。しかし私もここで働きたいので、テストをしていただきたいんです。あの五人を私に預けていただけましたら、三ヶ月でそれなりの結果を出しますので」
俺はメアさんに援護してもらえるように目で促すと、理解してくれたようで頷いてくれる。
「私もそれがいいと思いますよ。まあゴウさんなら冒険者としても十分にやっていけますけど、優秀な冒険者を育ててもらえる方が助かりますし」
「ちっ、しゃあねえなあ。三ヶ月後だな、まあそれまではここに住めばいい」
あら?意外とあっさりだ。メアさんには頭が上がらないってことだろうか?
「ありがとうございます」
訓練場を出ていくギルマスを見送って、俺は倒れ込んでいる五人のもとへと向かう。
「初めまして、明日から君たちの指導をするゴウです。あと戦闘訓練はこっちのティナさんがするので」
五人は呆気に取られたような顔で俺を見てくるが、それよりもティナさんが驚愕の表情でこちらを見ている。まあ言ってなかったしね。
「なっ!?聞いてないぞ?」
「まあまあ、そうすればみんなここで働けるじゃん。それにティナさん暇じゃん」
「暇って言うな!」
「まあ確かにあれは剣術は一流ですからね。協力しないならここに住まわせるわけにはいきませんし」
「……いいだろう、やってやる」
やっぱりこの二人って知り合いなのだろうか?腕を組んで睨みあう二人は、息ピッタリな気もするけど。
「二人は知り合いなんですか?」
「腐れ縁だ」
「王都の学園の同級生ですよ。私は卒業後に夢だった冒険者に、これは騎士団に入団したんです。女が騎士団なんて入ってもしょうがないって言ったのに。挙げ句の果てに未だに平の団員で行き遅れ。目も当てられませんよ」
成程、さすがに初対面の人に行き遅れはないよな。まあ初対面じゃなくても、よほど仲良くないと言えないことだ。多分本当は仲がいいんだろう。
「うちは代々騎士の家系だ!騎士団に入るのは当然のことだろう!」
「ほらほら、そうやってすぐムキになって意固地になるんだから。縁談だってあったのに、騎士団で身を立ててからなんて言って断って」
「お、お前には関係ない話だろう」
これはキリがないな……冒険者の方たちも呆然としてるし。
「すみません、ちょっと冒険者の方たちとお話ししますので、それくらいにしていただけると……」
「そ、そうでしたね。すみません」
「す、すまなかった」
ふう、やっと本題に入れる。
※あとがき
昭和どころか今でもこんなトレーニングを崇拝しているような人がいるかもしれません
疲れさせることが正義のような感じ、平たく言えば根性論ですね
これを声高に叫ぶ人というのは、学ぶことを放棄している人が多いです
大抵は自分がやって来たから正しい、そこから進めていません
学んだ結果それを選んだなら何も言いません。考え方が違うと思うだけですので
私も持論がすべて正しいなんて言うつもりはありませんし
今日、明日は昼と夜の2話更新にしますのでお願いします。
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