第8話 無限収納

「えいっ!続いて空間収納魔法、俗に言うアイテムボックスの魔法をやってみましょうか!」


 メアさんがティナさんを突き飛ばして俺の前に立つ。なんだろうこの二人。

 しかしティナさんを盛大に突き飛ばすなんて、もしかしてメアさんは強いのだろうか?


「確か異世界から来た人はアイテムボックスは使えるんですよね?」


「ええ、そのはずですよ。ではまずこれを手に乗せてください」


 メアさんがメガネを外して渡してくる。うん、メガネを外しても美人さんです。

 ティナさん、ちょっと睨まないで欲しいんですけど……


「それでは収納(ストレージ)と唱えてください」


「『収納(ストレージ)』」


 手の上に乗せていたメガネが消える。まるで手品みたいだ。


「収納空間から出す場合には、出したいものを思い浮かべるだけです。つまり私のメガネを思い浮かべて下さい」


 俺はさっき収納したメガネを思い浮かべると、今度は手の上にメガネが現れる。うーん、これは超便利!


「あとは容量なんですが、ちょっとこの訓練場の砂を収納してもらってもいいですか?どれくらい収納できるかで、大体の容量が分かると思いますので」


「分かりました!『収納(ストレージ)』」


 一瞬にして全ての砂が消えて、石が剥き出しになる。へぇーこういう風になってたんだ……


 またもやメアさんが俺の手を握って目を輝かせる。美人さんがそういうことをするもんじゃないと思う、普通に勘違いしそうです。


「ゴウさん!これはおそらく空間収納(アイテムボックス)ではなく無限収納(インベントリ)ですよ!」


「インベントリ?」


 俺がメアさんに聞き返すと、今度はティナさんがメアさんを突き飛ばして説明を始める。

 メアさんがプルプルしながら四つん這いになっている。とりあえず石の地面だから痛そうだ。


「ふぅ、インベントリは空間収納と違って容量に制限がないんだ。収納したものは時間が止まるため、食べ物をいれても腐ることはない。ただし生き物は入れられないから気を付けるんだ」


「つまり空間収納(アイテムボックス)の完全上位互換ってこと?」


「ああ、そういうこと、ふぐっ……」


 まさかフルプレートのティナさんの横腹にタックルに行くなんて、メアさん恐るべし。

 セシリアは呆れて二人を見ている。一番大人かもしれない。


「で、では砂を戻していただいていいですか?」


 ずれたメガネを直しながらメアさんが言う。タイトなスカートから覗く膝が擦りむけてますけど……

 そんなメアさんを見て、セシリアがとことこ歩いてくる。


「『回復(ヒール)』」


 メアさんの擦り傷がみるみるうちに治り、すっかりつるつるすべすべなきれいな膝に早変わり。回復魔法ってやつだろう、これも便利だな。

 俺はメアさんの膝から顔を上げると、メアさんとティナさんが目を白黒させている。


「セシリアちゃん、回復魔法使えるの?」


「初耳だぞ!セシリア」


「う、うん。そんなに珍しいかな?」


 どうやら回復魔法を使えると言うのは珍しいみたいだな。しかしやっぱり亜人だからって差別するのは悪手だろう。珍しい回復魔法の使い手を、こうしてみすみす逃してしまうんだから。


「セシリアちゃん、是非うちで働いてちょうだい!冒険者の怪我を直してくれたらすごく助かるの!」


 メアさんの圧にセシリアが怯えている。まあでも悪い話じゃない。


「セシリア、いい話なんじゃないか?」


「そうだな、受けたらどうだ?」


「じゃ、じゃあお兄ちゃんもここで働くし、やってみようかな?」


 とりあえずセシリアも働く場所が見つかって良かった。でもちょっと疑問が残る。


「なあセシリア、なんで回復魔法が使えることを黙ってたんだ?」


「う、うん。実はお父さんとお母さんから、人前で使っちゃダメだって言われてたから……でも今はお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるから大丈夫かなって」


 つまり回復魔法の使い手なんて稀少だから、拐われたりするかもしれないって考えたという訳か。


「そうか、でもここにいる間は大丈夫だぞ。俺とティナさんがちゃんと守ってやるからな」


 ティナさんを見て同意を求めると、しっかりと頷いてくれている。


「うん、ありがとう!」


「ではゴウさん、セシリアちゃん、お願いしますね。そこの変な髪の色の方はどうでもいいですが」


「はっ、その性格も胸と同じように慎ましければ良かったのにな」


 そうやって容姿をバカにするのは良くないと思うけど。なんか二人の間に火花が見えるような……あれも魔法?


 とても付き合いきれないので、俺はとりあえず砂を元に戻す。


「おう、メア。こんなとこで何やってんだ?」


 声をかけてきたのは俺より少し高い身長に、上半身裸でオレンジ色の短髪をした男。三十代だろうか?確かにそれなりにいい筋肉だが、俺の方があるね。

 おそらくあの男がギルマスなんだろう、いかにも脳筋って感じだ。その後ろからは絶望にまみれた表情の冒険者見習い?が五人ついてくる。


「ああ、ギルマス。もう訓練が始まる時間ですか。こちらは異世界から来たゴウさん、適正は無属性。身体強化魔法がすごくて、無限収納(インベントリ)持ちです。それでこちらのお嬢さんがセシリアちゃん、回復魔法持ちです。あの行き遅れはティナさん」


 ティナさんの説明が雑だ。しかしなんでティナさんが行き遅れだって知ってるんだろうか。もちろん俺は思ってないよ?断じてね。

 もしかして元々知り合いなのだろうか?ちらっとティナさんを盗み見ると、こめかみがピクピク動いている。


「それでゴウさんは体作りの指導員として、セシリアちゃんには怪我をした人たちの回復要員として雇いたいと思っているんですけど」


 ギルマスが俺の顔を値踏みするようにじろじろ見てくる。


「まあそっちの嬢ちゃんは構わんよ、回復魔法持ちは助かるからな。だが指導員は俺がいるじゃねえか」


「ギルマスはちゃんとギルマスの仕事をしてください!私がどれだけ肩代わりしてると思っているんですか?それにギルマスが指導員になってから、冒険者の数が右肩下がりなんですよ!そのせいでこなせる依頼も少なくなって、今やこのギルドは落ちこぼれギルドなんて言われる始末ですよ!」


 メアさん、大分鬱憤が溜まっているんだな……


「ちっ、小言ばっか言いやがって……」


 子供みたいなことをいう人だな。


「聞こえてますからね!ゴウさんは体作りの専門家なんです、とりあえずギルマスの指導を見てもらいますからね!」


「へいへい、分かりましたよ」

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