第7話 一つ目のチートとSSC

「初めまして、ゴウと言います」


 異世界から来ましたとか言った方がいいんだろうか?

 俺がちらっとティナさんに視線をやると、どうやら察してくれたようで説明をしてくれる。


「ゴウは実は異世界から召喚されたんだが、戦闘職ではないとしてこの地に送られたんだ。私は王国騎士団所属のティナ、こっちはセシリアだ」


「そうですか、異世界から……それは大変でしたね」


 特に驚きの表情を見せないメアさんに、俺は違和感を感じる。


「もしかして異世界から来る人って珍しくないですか?」


「ええ、それなりにおられますよ。まあこんな辺境の地に来る人は珍しいですけどね、ふふ」


 どういうこと?なんで俺はこんな辺境の地に?

 俺が腕を組んでうんうん唸っていると、ティナさんが疑問に答えてくれる。


「その、言いにくいんだが……ゴウの職業があまりに役立たずだと思われたみたいでな……」


 そんなにトレーナーってダメなの?


「ゴウさんの職業はトレーナーですか……何ですかそれ?」


 俺はお城で説明したことをもう一度メアさんに説明する。


「ふむふむ、つまりゴウさんは指導者志望ということでいいですか?」


「まあ体作り専門ですけど、そういうことですね」


「じゃあうちで働いてみませんか?ギルマスに相談してからということになりますけど」


 ギルドの指導員か……仕事が見つかれば有り難い話だけど、何をしたらいいのかよく分からない。


「お仕事を頂けるんなら是非と言いたいところですが、具体的には何をすればいいんですか?」


 メアさんがメガネをくいっと上げると、顔を俺に近づけて手を握ってくる。


「冒険者の指導員になってほしいんです!」


「し、指導員ですか……」


 果たして手を握る必要があったんだろうか。ちょっと期待してしまったじゃないか。


「ゴウ、なんでがっかりしているんだ?」


「お兄ちゃん……いま変なこと考えてたでしょ?」


 妹が鋭い……見た目が幼女だからと油断してはダメだ。とりあえず呼吸を整えて、可能な限り爽やかな笑顔を作ろう。


「そんなことあるわけないだろ?考えすぎさ、ははは」


 元の世界で鍛えられた飛びきりの営業スマイルも空しく、二人から白い目を向けられた。こういうときは話を進めるに限る。


「ええっと、ちなみに今はどなたが指導されているんですか?」


「ギルマスが直々にしているんですが……あれは脳筋過ぎて、無茶苦茶やるのでどんどん冒険者が減っているんです……」


 仮にもここのトップをあれ呼ばわり……メアさんはなかなかの毒舌のようだ。


「分かりました、とりあえず訓練の様子を見てみたいですね」


「おい、ゴウ。大丈夫なのか?」


「まあまあ、俺にも考えがあるのさ!」


 心配そうなティナさんに向けて、俺はおどけてサムズアップしてみせる。


「お兄ちゃんの自信、不安だなぁ」


 妹からの怪訝な目は少々ダメージが大きい。


「セシリア、大丈夫だって。メアさん、訓練はいつからあるんですか?」


「今日は十四時からなので、あと一時間ほどですね。よろしければその間に、魔法のお話をさせていただいてもよろしいですか?」


 メアさんから言われて、完全に忘れていたことを思い出す。


「ええ、もちろん」


「ありがとうございます。それではご説明させていただきますね。まず無属性魔法と呼ばれる物ですが、代表的なものとして身体強化魔法、創造魔法、空間収納魔法がございます」


「身体強化魔法と空間収納魔法は何となく分かりますが、創造魔法とは?」


「はい、創造魔法と巷では錬金術とも呼ばれておりますね。何もないところから作り出すようなことは出来ませんが、構造と材料さえあれば、好きなものが作れますよ」


 錬金術、使えたら便利だろうな。使えたら外れどころかかなりチートな気がするけれど。とりあえず使えたら○○の錬金術師とかいう二つ名を考えよう。


「ゴウ、何を考えている?」


 またティナさんとセシリアがジト目で見てくる。


「いや、便利そうだなぁって」


「確かにな。もっとも錬金術師なんて、嘘っぱちだと言うのが専らの噂ではあるがな」


 そうか、こっちの世界でもやっぱり錬金術は眉唾物なんだな。賢者の石とかエリクサーを作るのは無理でも、日用品くらい作れればいいんだけど。


「話を戻しますが、おそらくいずれかの魔法に適正があるはずです。まずは身体強化魔法からいきましょう」


 そう言うとメアさんはギルドの奥に俺たちを連れていく。


「うわ、広い!」


「こちらが訓練場になります」


 四方を建物に囲まれた中庭のような作りの訓練場が、俺たちの眼前に姿を表す。その広さはざっと五十メートル四方はあるだろうか。地面は倒れたときでも怪我をしにくいように砂地になっている。


「それではゴウさん、先程の魔力水の時の要領で、身体中に魔力を巡らせてみてください」


「はい、えっと……出来ました!」


 やっぱり体がポカポカしてくるな。


「それではそのまま思いっきりジャンプしてください」


 ジャ、ジャンプ?それで適正が分かるの?まあとりあえず言われたようにするしかないか。


 俺はグッと沈み込み、ストレッチショートニングサイクル(SSC)を存分に使ってジャンプする。


「うわわわっ!」


 あろうことか俺の体はギルドの建物を遥かに上回るところまで跳ね上がっている。

 おそらく五十メートル以上は跳んでいるのだろう。建物がかなり下に見える。


「な、なんだこれ?これが身体強化魔法の恩恵なのか?って着地はー!?」


 俺はもはやこれまでと目を閉じて、胸の前で先立つ不幸をお許しくださいと謝罪する。自由落下しながら走馬灯を見ているとティナさんの声が聞こえる。


「身体強化魔法を解くな!死ぬぞ!」


 そうか。身体強化してれば衝撃にも強いのか。


 俺は慌てて身体強化魔法を再発動させ、なんとか着地を試みる。


 ズドォーン


 地面が大きく凹み、轟音と砂煙が巻き起こるが、なんとか生きているみたいだ。というよりも怪我一つない。


「し、死ぬかと思った……」


 俺が冷や汗を拭いていると、駆け寄るティナさんとセシリアを吹っ飛ばして、メアさんが感激した様子で手を握ってくる。


「す、素晴らしいです!間違いなく適正がありますよ!他属性の適正がある人では、身体強化をしてもせいぜい五メートルほどしか飛べませんから!」


 メアさんの称賛は嬉しいんだけど、ティナさんとセシリアが睨んでいる。なぜこの人は手を握るのだろうか?

 それにしても他属性の人だとここまで使えないのか……これは便利だ、使うだけでかなり強くなれるチート能力だ。


 俺がそんなことを考えていると、ティナさんとセシリアが眉間にシワを寄せながら近づいてくる。もしかして怒られる?

 

「メア、ちょっと離れろ。ゴウ、大丈夫か?どこか怪我はないか?」


 ティナさんがメアさんを引き離して、俺の体をまじまじと見てくる。

 なんだ、心配してくれただけか。でもそれならあんな怖い顔しなくてもいいのに。


「お兄ちゃん、大丈夫?見えなくなっちゃったからビックリしたよ!」


「うん、大丈夫、ありがとう。ねえティナさん、これってすごい強いと思うんだけど」


「ああ、ゴウの体術と合わせれば相当強いだろうな」


 やっぱりそうみたいだ。じゃあこれで晴れてチート持ちってことだ。楽しい異世界生活になりそうだ。



※補足

今回、ストレッチショートニングサイクル(SSC)という言葉が出てきましたが難しいものではないです

ちょっと流れ的に説明を入れる隙間がなかったのでここで簡単に説明をしておきます

早い話が筋や腱が伸びた(伸長された)後は、蓄えられた弾性エネルギーの反動で強く縮む(短縮される)機能

これは脳を介して行うものではなく、脊髄反射です

作中のように、ジャンプするとき(特に垂直跳び)にする沈み込みなんかが代表格ですね

特にスポーツをしている方は知っていて損はないかと

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る