第5話 帰っちゃうの?
俺たちはあの後、三人を縛り上げて巡回中の憲兵につきだす。
騎士団と憲兵の違いをティナさんに聞いてみたら、基本的に国内の治安維持は憲兵が中心に行うらしい。騎士団は他国との戦争やモンスターの討伐に駆り出されるとのことだ。警察と軍隊みたいなもんだろうと納得しておく。
無事に馬車に戻った俺たちは、会話を楽しみながら先へと進んでいる。
「ところであの憲兵さんたち、ティナさんを見て何か言いかけてたよね?確かブルーなんとかって……」
「……気にしなくていい」
顔を逸らし、あからさまに触れてくれるなという空気を出すティナさん。そう言われては触れたくなるのが人情というものですよ。
どうしたものかと一考した後、俺は隣に座るセシリアに耳打ちすると、彼女はティナさんの隣に移動して手を握る。
「お姉ちゃん、私も気になるの。教えて?」
俺には無理でもセシリアの可愛さならこれで行けるはずだ。ポイントはボディータッチをしながら、上目使いで目を潤ませること。
効果は覿面だったようで、ティナさんは逡巡した後、ため息を吐いて小声で教えてくれる。
「
おっと、中二病全開の二つ名が来ましたよ?しかしこれはどういう反応を示したらいいんだ?正直、あの戦いぶりを見れば似合っているとは思う。だけどティナさんの反応を見るに、まず間違いなく気に入っていないだろうし。
「お姉ちゃん!格好いいね!」
セシリアが胸の前で両拳を握って、目を輝かせている。紛れもなく本心なんだって分かる。
「そ、そうだろうか?」
思わぬ反応にティナさんがたじろぐ。よし、怒られるかもしれないが、ここは乗るしかないな。
「俺もそう思うよ!ティナさんにピッタリじゃん!」
精一杯心を込めて言ったつもりが、逆に胡散臭くなっていることに気付いて焦る。
「……ほ、本当か?」
あれ?思ったのと違う反応……てっきり睨まれて怒られるのかと思ったけど……
「も、もちろんだって。ところでそんな二つ名が付くほどの騎士なのに、なんでまた俺についてくることになったの?」
「ああ、それは……」
よし、話を逸らすことに成功した!
「ちょっと模擬戦でやり過ぎてしまってな……女だからとバカにする騎士を十人ほど半殺しにしたら、頭を冷やしてこいと言われたんだ」
「そ、そっかぁ」
……怖っ!てっきりあのクソ王に失望したからだと思ってたけど、そうじゃないんだな。まあ現体制の在り方を変えるなら、功績上げて中から変えた方が早いもんね。
俺が一人で納得してうんうんと頷いていると、ティナさんからは怪訝な目を向けられてしまった。
「ねえねえ、お姉ちゃんも私たちと一緒に住むの?」
セシリアの一言に俺たちはハッとする。
「確かに……ティナさんは俺を監視したいならそれが自然……なんですかね?」
「し、しかし妙齢の男女が一つ屋根の下という訳には……」
「お姉ちゃんって何歳なの?」
お、ナイスな質問。俺もちょっと気になったんだけど、さすがに女性に年齢を聞くのはね。
「……二十七……」
「「ええっ!?」」
やばっ、驚きすぎて大声出しちゃったよ!でもセシリアも同じ感想みたいだ。しかし年上かぁ、若そうに見えるんだけどな?
でもこっちの世界ってたぶん適齢期はもっと早いよね……まあティナさんは男嫌いだし、おかしくはないのかな。
「やはりこの歳になって結婚もせずに、剣を振っているのはおかしいだろうか?」
ティナさんが弱気な顔を見せる。平気なのかと思ったら、結構気にしてるんだな……
「こっちの世界のことはよく分からないけど、ティナさんみたいにバリバリ働いているんなら、いいんじゃないのかな?少なくとも俺のいたところでは珍しくないよ?」
我ながら気の利かない下手くそなフォローだとは思うが、仕方あるまい。女性の扱いなんて慣れていないし、なんとなくティナさんには上辺だけのフォローは通じなさそうだしね。
「そうなのか?」
「うん、三十を越えてから結婚する人も普通にいたから」
「そ、そうか!ちなみにゴウは何歳なんだ?」
「俺は二十三」
「はうっ……」
あれ?何かティナさんがダメージ受けてる。俺の方が年上だと思ったんだろうか?更け顔ってことはないと思うんだけど。
「……ゴウは年上の女性はどう思う?」
これはなんか気の利いたこと言わないといけないよね……
「大人の女性と言う感じで、大変素敵かと思います」
「……ならば恋愛対象としては?」
「まあ……好きになれば歳は関係ないかな?」
ティナさんがそうかとホッと胸を撫で下ろす。でもこれはあくまで俺の意見ですよ?男性の総意ではございませんが、宜しいので?
俺が首を傾げていると、ティナさんの横で静かになっていたセシリアが神妙な顔つきになっている。
「どうしたんだ?セシリア」
「……お兄ちゃん、もしかして異世界から来た人なの?」
そういえば言ってなかったな。まあ別に隠している訳じゃないからいいんだけど。
「ああ、そうだよ」
「じゃ、じゃあ元の世界に帰っちゃうの?」
心配そうな表情を浮かべるセシリアを見ると、返答に窮してしまう。
そりゃあそうだよね、ずっと一人で生きていかないといけないって思ってたところに、俺が深く考えずについてきたらいいとか言っちゃったんだ。
もしあの三人がさっさと魔王を倒しちゃったら、またセシリアは家族を失うようなものだ。罪悪感がすごい……
「ゴウはやはり帰りたいか?」
ティナさんまで同じ質問を聞いてくる。どう答えるのがいいんだ……
「お兄ちゃん、ごめんね。やっぱり帰りたいよね、はは、何聞いてるんだろ?」
悲しそうな笑顔を見せて、セシリアが俯いてしまう。
「ごめん、今はちょっと答えられない。でも……ちゃんと考えてみるよ」
今はこれが精一杯だ。いくらなんでも今日異世界に飛んできて、セシリアが心配だから残りますなんて、軽々しく決められるわけがない。
「……うん、ありがとう。お兄ちゃん」
「ゴウはやはり優しいな……」
セシリアが顔を上げて笑顔を見せてくれるけど、その目は少し潤んでいる。ティナさんは優しいって言ってくれるけど、この場を取り繕うために期待を持たせて……卑怯なだけだと思う。
でも……そうだよね。二人と一緒に暮らすことになるんなら、こっちにもう一つ家族が出来るようなものなんだ。
その時が来たら、俺はどんな決断をするんだろう?全く後悔しない選択肢なんてものは存在するんだろうか?
異世界に来て一日目。お兄ちゃんと呼んでくれる娘に出会ったことで、俺は出るはずのない答えを考えずにはいられなかった。
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